企画記事
ゲームブックブームの爛熟と終焉。短期連載「『ファイティング・ファンタジー』とその時代」第3回は,風向きが変わった90年代以降を辿る
32 “冬の時代”からリバイバルの動き
文庫TRPGを中心としたTRPGブームは,1990年代には「タクテクス」の後継誌たる「RPGマガジン」(ホビージャパン),「コンプRPG」(角川書店),「電撃アドベンチャーズ」(メディアワークス),「ログアウト」(アスキー),「RPGドラゴン」(富士見書房)の5誌体制で最高潮を迎えていた。
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作り込まれた世界観のエピックファンタジーはトレンドから外れるようになり,その一方で「マジック:ザ・ギャザリング」に代表されるTCGが登場,ブームとなる。さらにはプレイステーションやセガサターンといった“次世代機”こと,16ビットの家庭用ゲーム機の普及が始まり,デジタルゲームの黄金時代が幕を開ける。
その陰で,TRPGは“冬の時代”を迎え,刊行点数が激減。ほんの数えるほどになってしまった。その原因には諸説があるものの,トレンドの移り変わりははっきりと感じ取れるものであった。
1990年代後半になると,専門誌は軒並み休刊か大規模な方向転換――TRPG関係の記事の排除――を余儀なくされた。ゲームブック関連は輪をかけて悲惨で,エニックス系のデジタルゲームや児童書がらみを除いては,ほぼ刊行されなくなってしまった。
この状況が変わったのは,21世紀に入ってからである。これも理由は定かではないが,1980年代にブームの洗礼を受けた世代が作り手へと周ったことや,あるいは世代が一回りして経済的な余裕が生まれたことによるところが大きいのではないだろうか。
33 創土社からのゲームブックリバイバル
1990年代後半から2000年代にかけては,ゲームブックファンによるWebサイトがとくに活発だった時期である。よく知られたものを幾つか挙げるなら,「サイロス民芸資料館」「ゲーマニ」「冒険記録紙」「八幡国瓦版」「マーリンの呼び声」「鈴木直人伝説」「化夢宇留仁の異常な愛情」「今頃ソーサリー」「ダイタン放浪記」などだろうか。
2001年には,創土社が「パンタクル2」(1991年)から10年ぶりの新作「チョコレート・ナイト」を刊行し,それを皮切りに新たなゲームブックブランド「アドベンチャーゲームノベル」を立ち上げた。判型は文庫ではなく四六判で,刊行ペースは緩やかだったが,久々のゲームブックブランドの誕生である。
上下段での組版は必ずしも可読性が高いとはいえなかったが,担当編集者の酒井武史氏はホームページを介して,復刊するからには長く入手できる状態にしたいと,長期的な展望のもとにゲームブック刊行を続けていくことを宣言。森山安雄「展覧会の絵」(2002年復刊),思緒雄二「送り雛は瑠璃色の」(2003年復刊)と,国産ゲームブックの傑作群をリブートし,熱心な読者から支持を集めた。
それだけではなく,投げ込みペーパーの「剣社通信」創刊号(2002年5月)では,早くも「ソーサリー」4部作の復刊をアナウンスしている。
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「ドラゴン・ウォーリアーズ」のような,シリーズ半ばで刊行が打ち切られてしまったTRPGの刊行を求める声もあったが,酒井氏は「TRPGを創土社ゲームノベルラインナップとして刊行していく予定は現在ありません」※1と述べ,ゲームブックの復刊に注力していく。
「ウォーロック」は創刊号から,「ゲームブックからTRPGへ」という流れへ誘導する姿勢がはっきりと見られたが,創土社はその方針を取らなかったのだ。
この姿勢は,TRPGを好まないゲームブックファンから強く支持されたものの,世界観の広がりや,ビジネスの面での相乗効果を生みにくい側面を持っていた。TRPGを含むアナログゲーム全体の文脈を考えるなら,これが「アドベンチャーゲームノベル」シリーズを良くも悪くも孤高たらしめた面は否定できない※2。
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同年7月1日に「シャムタンティの丘を越えて」(創元推理文庫版では「魔法使いの丘」)がリリースされ,その後も12月1日に「魔の罠の都」(創元推理文庫版では「城塞都市カーレ」),2004年5月1日に「七匹の大蛇」,2005年4月1日に「諸王の冠」(創元推理文庫版では「王たちの冠」)と続いていく。
挿絵にはジョン・ブランシュ氏のものを採用し,「剣社通信」上ではジャクソン氏のインタビューを連載,読者投稿のマップなども連載された。表紙はすべて日本独自のCGアートであった。
並行して,二見書房から出ていた「ドラゴン・ファンタジー」が「グレイルクエスト」と改題してリブートされた。
訳文やフーゴ・ハル氏による装画などをブラッシュアップする形で,第1巻の「暗黒城の魔術師」(真崎義博訳,フーゴ・ハル訳監修)が2004年に発売され,第5巻の「魔獣王国の秘剣」(日向禅訳,フーゴ・ハル訳監修)が発売される2012年まで,全8巻中の5巻までが出し直された。
また2010年には,同じキャラクターが人間側とドラキュラ側を行き来するノン・シリーズの傑作「ドラキュラ城の血闘」(高橋 聡&フーゴ・ハル訳)の新版刊行も実現している。
創土社は「ゲームノベルコンテスト」も行っていて,ここからは凝ったシステムの現代伝奇アクション「魔人竜生誕」(2006年)の松友 健氏が輩出された。
酒井氏が創土社を離れてからシリーズは途絶しているが,氏が新しく立ち上げた電子書籍のブランド・幻想迷宮書店では,少なくない作品が電子書籍としてリブートを遂げている。
版権の都合から海外ゲームの再刊はなされていないが,「キミは英雄だ」の著者ジョナサン・グリーン氏の新作「悪夢の国のアリス」(日本語版2021年)をリリースするなど,意欲的な試みは続いているようである。
- 創土社版「ソーサリー」の特徴を知りたいなら,34へ。
- 東京創元社よりも社会思想社のゲームブックが好きだった人は,39へ。
- むしろTRPG版のFFがどうなったのかを探るのならば,35へ。
- 同時期に出ていたアプリ版のFFを懐かしむなら,42(第4回)へ。
※1:「剣歯虎の酒場」,「剣社通信」5号(2003年12月),創土社。
※2:当時,TRPGやゲームブックに関わっていた関係者の証言に基づく。
34 新版「ソーサリー」の特徴
創土社から新版が出た「ソーサリー」4部作は,すべてが浅羽莢子訳で統一されている。
タイトルの変更については,編集者の酒井武史氏が,「剣社通信」9号(2005年5月)に一部その理由を記している。
とくに旧訳を意識したわけではないものの,「魔法使いの丘」を「シャムタンティの丘を越えて」としたのは,「原題をそのまま直訳すると語呂が良いな」と感じたからで,「を越えて」の部分は浅羽氏の提案とのこと。
第2巻は逆に,「直訳ではあまりにも語感が悪い」ので,新たに別個のタイトルを考えたそうだ。そこから敷衍するに,第3巻は旧題と同じでも違和感がなく,第4巻は「諸王」と王が複数いることを接頭辞として強調する意図があったと推測できる。
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創土社版は,1980年代のような華々しい刊行ではなかったため,どうしても地味な印象が否めないが,1985年の初刊時には刊行を急いだがために発生してしまっていた誤訳や,訳を端折らねばならなかった部分を改訳した,丁寧な仕事が光っている。
日向 禅氏が「RPGamer」5号(2004年3月)の「カレーの四賢、翻訳を論じる」で,仔細な訳文の比較・検討を行っている。同じページには浅羽氏の寄稿文「訳語を決めるときの判断基準」が添えられていて,浅羽氏への取材を踏まえた記事であるのは明らかだ。
こちらを参照しつつ,分かりやすい相違点を挙げてみよう。例えば,第2巻のパラグラフ1では,同じ箇所でも次のように訳文が異なっている。
新訳:「高いところからこうして見ると,港町を囲む要塞のような壁がたどれる」
旧訳は不慣れな英文を訳すとき,無理に辻褄を合わせようとして生じる典型である。
もっとも,こうした改訳よりもミニマイトを「豆人」,ピクシーを「小鬼」と訳すような,いかにも“ゲームじみた”音訳を回避しようとした点が印象に残るだろう。魔法を意味するspellの訳語に「術」を充てているのも,「呪文」は発声を伴うものなので,発声を伴わない魔法についてもカバーできる「術」にした,といった塩梅である。
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それでも東京創元社版には,怒濤の出版ラッシュのなかで生まれた勢いやオーラが満ちており,どうしても「ソーサリー」というとそちらを連想してしまいがちだ。とはいえ,とかくゲームシーンでは“遊べればいい”と軽視されがちな訳文の品質にこだわり,ゲームブックの文芸性を高めようとしたという意味で,浅羽訳は評価されるべきだろう。
- 浅羽莢子訳を評価した日向 禅氏について知りたいなら,35へ。
- 「ソーサリー」の次に行われたFFシリーズの復刻を探るのなら,39へ。
- ゲームブックでの訳文よりも,デジタルゲームへの移植に興味があるなら,44(第4回)へ。
35 「RPGamer」の創刊
“TRPG冬の時代”においても,「ゲーマーズ・フィールド」(ゲームフィールド),「TRPGサプリ」(アトリエサード/書苑新社)のようなサポート誌は続いていたが,2003年には2025年12月現在でVol.238まで刊行されている「Role&Roll」が創刊(アークライト/新紀元社)される。
「ソード・ワールドRPG」を中心としつつ,自社のみならずさまざまなベンダーから刊行されたタイトルをサポートし,TRPGジャーナリズムのハブを作ろうとする意気込みを感じさせる創刊であった。
同誌では折りに触れ,FFシリーズやゲームブックへの言及があり,またゲームノベルと銘打った各種ソロアドベンチャーも掲載されている。
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国際通信社は,1994年より「コマンドマガジン」を刊行しているが,これはアメリカでは一般的だった,雑誌にジップロック式の付録ゲームを付けるという体裁であった。価格設定も雑誌としては高価なものの,ゲームと雑誌がセットになっているとみなせば納得もいく値付けである。
けれども「コマンドマガジン」では,ウォーゲームのなかでもSFをテーマとしたものは,どうしても傍流扱いになってしまう。そこで,RPG専門誌に付録ゲームを付ける体裁なら,その受け皿になりうると判断したのだ※1。
こうして創刊された「RPGamer」は,その目玉としてGDWの「アステロイド」をVol.1に付属させる。これは山本 弘・こいでたく両氏のTRPG入門コミック「RPGなんてこわくない!」(1992年)で,データや設定でむやみやたらに肥大化したビッグゲームよりも,「RPG」と銘打ってはいないが,コンパクトにロールプレイの醍醐味を味わわせてくれるマルチゲームとして紹介されていたものである。
「RPGamer」の編集者だった神保忠俊氏が取材に応じてくれたので,その内容を踏まえて同誌の歩みを振り返ってみよう。
Vol.1の特集のなかには,かつて「シミュレイター」に掲載された「ローズ・トゥ・ロード」の伝説的な絵物語風リプレイ「七つの祭壇」をフィーチャーした企画もあった。著者である藤浪智之氏は「シミュレイター」の編集者出身で,わきあかつぐみ名義でも活躍した人物である。「RPGamer」誌では監修も務めていた※2。
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藤浪氏の紹介で,「RPGamer」創刊号から日向 禅氏が「魔霊セプタングエースの招喚円」の連載を開始している。
ちなみにセプタングエースとは,氏がJ・H・ブレナン「ドラゴン・ファンタジー」のファンサイト「マーリンの呼び声」を運営していたときのハンドルネームである。氏の該博な知識のもと,きわめて深い考察がなされており,「ドラゴン・ファンタジー」が「グレイルクエスト」として復刊したときの新訳は,氏が担当したほどだった。「ドラゴン・ファンタジー」のイラストを担当したフーゴ・ハル氏との連載でのタッグも冴えわたっている。
その後も「RPGamer」は,雷鳴より新訳が出た「トラベラー」をサポートし,同じマーク・ミラー氏のデザインで「トラベラー」にも接続できるGDWのウォーゲーム「メイデイ」(「RPGamer」5号,2004年春号)や,「ダークネビュラ」(「RPGamer」9号,2005年春号)をフィーチャーし続けた。
2020年代, 国際通信社はゲーム部門を分離独立させてIEDを設立する。ここでも神保氏は,かつてホビージャパンが出していたSFウォーゲーム「第五次辺境戦争」(日本語版2024年)や,「インベージョン・アース」(日本語版2025年)といった旧作の新装版を世に送り出し続けている※3。
- 「RPGamer」の付録として世に出た傑作ゲームブックを確認するなら,36へ。
- 同時期の創土社のゲームブックについて知りたいなら,33へ。
- 国際通信社が展開していた「d20ファイティングファンタジー」が気になるなら,38へ。
※1:神保忠俊氏の証言に基づく。
※2:藤浪氏は,これより前にゲームブック「だんじょん商店会 〜魔女のお店はじめました〜」(ファミ通文庫,2000年)も手がけている。同じく佐々木亮氏とのコンビによる「ドラゴンカリバー」「フシギ探偵キミ&ユメ」(共に2003年)は,ダイソーで買える100円ゲームブックとして話題を呼んだ(関連記事)
36 「RPGamer」のゲームブック特集と「凶兆の九星座」
「RPGamer」で本格的な「ファイティング・ファンタジー」の特集が組まれたのは7号であった。アメリカのMyriador(ミリアドール)が,D&D3版のサードパーティ・ライセンスで展開した「d20ファイティングファンタジー」(d20FF)シリーズを大々的に取り上げたのだ。
1999年,「マジック:ザ・ギャザリング」の大ヒットを受けて躍進したウィザーズ・オブ・ザ・コーストは,D&Dの版元であったTSRを買収する。この結果として2000年に登場したのが,AD&Dの流れを組む「D&D 第3版」であった。
同作は,体系的で拡張性に富んだルールシステムはもちろん,サードパーティ・ライセンスを広く開放することで,世界的な「d20ブーム」を生みだすこととなる。
日本では,2003年からホビージャパンがD&D第3版の日本展開を担ったが,そのサポート雑誌である「ゲームぎゃざ」は,その誌名からも分かるように「マジック:ザ・ギャザリング」の記事が中心で,D&Dの記事は陰に隠れがちであった。
同誌は2006年に「GAME JAPAN」にリニューアルし,デジタルゲームも積極的に取り上げるようになるが,そこでもTRPGは,数あるゲームの1つとして扱われるに過ぎなかった。
こうした状況のなか,サードパーティとしての柔軟性を活かし,D&Dやd20システムを積極的に盛り上げていったのが「RPGamer」であった※1。
国際通信社は,自前でマイク・ポンスミス氏のスチームパンクRPG「キャッスル・ファルケンシュタイン」(桂 令夫・滝野原南生・加藤拓弥訳,日本語版2003年)や,高梨俊一氏の汎用RPGに,望月三起也氏のポリスアクション・コミックを再現するためのルールを同梱した「ルール・ザ・ワールド ワイルド7」(2003年)などを刊行していたが,それらはヒストリカルな要素やミリタリー・アクションを好む「コマンドマガジン」の読者に向けたものだった※2。
D&D第3版もまた,現代ミリタリーにも対応できる懐の深さを持っており,そしてなにより古典ゆえの知名度から,「RPGamer」でのサポートが行われることになった※3。
「RPGamer」7号(2004年秋号)には,安田 均氏による総論「ファイティング・ファンタジーとd20システム」をはじめ,桂 令夫氏の「火吹山から始めるd20」,藤波智之氏が日向 禅氏の協力のもと寄稿した「TRPGとゲームブックの間には」など,多彩な記事が掲載されている。
また「RPGゲーマーのためのゲームブックレビュー」では創土社のタイトルが取り上げられ,古参ゲーマーや復帰組との架け橋となるような記事も揃っている。さらに速水螺旋人氏が「d20 雪の魔女の洞窟」のリプレイコミックを,ポップなタッチで描いていた点も印象深い。
これに加えて,9号には付録として,「ファイティング・ファンタジー」の世界観を用いた新作ゲームブック「凶兆の九星座」も用意されていた。「作:セプテム・セルペンテース,訳:日向 禅」とクレジットされているとおり,体裁や文体においては,翻訳作品ならではのゴシック・ファンタジーらしさを最大限に追究した一作となっている。
雑誌の付録とはいえ“オマケ感”はまったくなく,本家「ファイティング・ファンタジー」シリーズと同じ,400パラグラフという十分なボリュームを備えていた。
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この作品の特徴は,随所にFFシリーズへのオマージュが張りめぐらされている点にある。その一方で,フリッツ・ライバーの「ファファード&グレイ・マウザー」シリーズや,ロジャー・ゼラズニイ「影のジャック」のコミック版の影響を色濃く感じさせるダークファンタジーでもある。
システム面でも,特定の能力値に強さが偏らないよう工夫が凝らされており,魔法ならぬ〈魔芸〉と呼ばれる特殊能力を駆使した展開は,ゲーム的な新味に富んでいる。加えて難度も高く,あっと驚くどんでん返しも用意されている。まさに奇作にして異色作といえるだろう。
さらに注目すべきは,本作がスティーブ・ジャクソン氏の許諾を得た正規作であることだ。単行本化などの再販・再録を行わないという条件で,FFのルールと世界観の使用が認められている。どこかで見かけたら,抜かりなく入手したい一作である。
※1〜3:神保忠俊氏の証言に基づく。
37 海賊版の横行
創土社版の「ソーサリー」,また「d20ファイティングファンタジー」や「凶兆の九星座」,扶桑社版のFFが,版権元と正式な契約を結び,あるいは公式の許諾を受けて刊行されたことは重要なことだ。
TRPGを取り巻くライセンス周りが,現在ほど整備されていなかった2000年代中盤から後半は,明らかに違法な無許諾の海賊版が見過ごされていた時代でもあった。「未邦訳GAMEBOOK」という触れ込みの海賊版が,社会思想新社や社会夢想社などと称するサークルによってコミックマーケットやゲームマーケットといったイベント,さらには通販でも,半ば公然と販売されていたのである。
当時は,イベント会場で絶版ルールブックを丸ごとコピーしたものや,匿名で翻訳されたD&Dのモジュールが,ひっそりと並んでいた時代だったのだ。
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一旦,法に抵触するという大前提に目をつむれば,社会思想社時代の未訳作品を日本語化するコンセプトは分からないではない。公式展開が鈍くなっていた状況において,読者の側には忸怩たる思いがあったのだろう。
しかし権利を無視してしまえば,将来の商業出版の可能性を,自ら潰してしまうことになりかねない。実際,訳文や組版の質には疑問が残るもので,原著に当たれない読者は,「こんなものだから,訳されなかったんだな」という印象を持ってしまったかもしれないのだ。
加えて社会思想新社の主宰者は,ブログで日本語版・海外版問わずに「公式」やファンを挑発する言動を繰り返していた。知識の面において見るべきものもないではなかったが,なにぶん恨み節が強すぎ,違法行為を躊躇わない点がすべてを台無しにしていた。
同サークルは,SBクリエイティブから「ファイティング・ファンタジー・コレクション」が刊行された翌年の2022年,コロナ・ウイルス禍で主宰者が亡くなったと発表し,現在は活動を終了している。
――ところで,君はどうしてここにいる?
このパラグラフはどこからもつながっていない。いわば日本語版の“負の歴史”を書いた箇所だからだ。このパラグラフを読んでいるということは,君はきっと,ズルをしているのだろう。ゲームブックで多少のチートをするならばともかく,法を侵してはいけないと,心に刻んでおきたまえ。さもなければ,君は(社会的に)死んでしまう。このページを閉じること※。
※編注:この項の指示は,ゲームブックにありがちな“浮きパラ”(どこからも辿りつけないパラグラフ)のパロディである。このため,本稿では気にせず読み進めていただきたい。
38 「d20ファイティングファンタジー」の訳者・待兼音二郎氏
「d20ファイティングファンタジー」からは,「火吹山の魔法使い」(2004年7月),「雪の魔女の洞窟」(2004年9月),「ソーサリー1:シャムタンティの丘を越えて」(2004年12月),「死のワナの地下迷宮」(2005年3月),「ソーサリー2:魔の罠の都」(2005年5月),「迷宮探検競技」(2005年9月),「ソーサリー3:七匹の大蛇」(2005年12月),「運命の森」(2006年3月)の計8冊が刊行された。
「主人公はキミだ」本家にも,「ソーサリー」の4巻目がd20化されなかった件について記述があるが,原著が出ていないため,シリーズは8冊で終わりとなった。
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このシリーズには,TRPGを遊ばないファンであっても資料として手元に置いておきたくなる魅力があった。加えて「運点」をTRPG向けにアレンジした追加ルールや,多人数用のサンプルキャラクター設定も充実しており,本家本元のd20システムに勝るとも劣らないと評判だったのだ。また1人プレイでは高難度に感じられる作品でも,多人数で遊ぶことで状況を打開しやすくなり,新鮮な感覚で楽しめるのも利点だった。
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もともと待兼氏は,ウォー・シミュレーションゲームが出発点の書き手だった。30歳手前で会社を辞め,文芸翻訳家を目指していたときに,自分の得意分野を活かせる媒体はないかと考え,サンプルとして用意した訳文を添えて,専門誌「コマンドマガジン」に持ち込みをかけた。
それが採用になり,同誌で毎号戦史記事を訳しているうちに,「d20ファイティングファンタジー」の企画が立ち上がり,訳者としてのオファーを受けたという。
待兼氏がとくに思い入れがあるのは「やはり『ソーサリー』シリーズの壮大さ」だったという。「ソーサリー」は創土社版の訳語に準拠していたが,待兼氏自身も「浅羽莢子さんの格調高い訳が大好き」で,創土社版を後追いするような刊行になっていたことに,むしろワクワクしたという。訳文は日向 禅氏の監修を受けていたそうだ。
「ソーサリー」シリーズの第一作「シャムタンティの丘を越えて」に取りかかった時には背景説明文にずいぶん懲りました。浅羽さんの訳を真似ようと背伸びして,“諸王の冠”を探りあてたフェンフリーの改革者チャランナのあたりでは「やすみしし」という古語を使おうとしたりとか。
これ,漢字だと「八隅知し」とかになって,「国の隅々までを治めている」という意味になるんですが,「そんなの現代人に通じないですよ。『休みしし』とか読まれちゃいますよ」と編集の方からダメ出しをいただいて。そりゃそうだなという話になるわけですが(笑)。そんな感じであれこれ試行錯誤していました。
加えて,d20FFは待兼氏にとり,望外の飛躍をもたらしたタイトルでもあったようだ。
その後,待兼氏は「d20モダン」のサプリメント「d20サイバースケープ」(ホビージャパン,日本語版2007年)をはじめ,「ウォーハンマーRPG」の第2版および第4版(ホビージャパン)など,多くの代表的な作品で訳者として活躍してきた。
また,文芸誌「ナイトランド・クォータリー」では,新旧の幻想文学を精力的に翻訳している。そうした幅広い活動を経た現在でも,d20FFは「自分の出発点として,生涯忘れがたい作品群」であり続けているそうだ。
心温まるエピソードに,読者である君のリアルな運点が1増える。
- 扶桑社版から同時期に出ていた「ファイティング・ファンタジー」を知るなら,39へ。
- 「d20ファイティング・ファンタジー」監修者・日向 禅氏の仕事である「凶兆の九星座」を知りたいなら,36へ。
- 創土社版の「ソーサリー」について確認するなら,33へ。
※神保忠俊氏の証言に基づく。
39 扶桑社版「火吹山の魔法使い」と「バルサスの要塞」
新訳版「ソーサリー」や「d20ファイティングファンタジー」が展開していた2005年,別の動きが生じた。
海外ミステリや冒険小説を中心としたレーベル・扶桑社ミステリーを擁する扶桑社から,社会思想社版「ファイティング・ファンタジー」の新装版が,中身はほぼそのままで新装復刊されたのである。ただ表紙のみが,インターナショナル版として流通していたWizard Books版の新しいものと入れ替わる形で。
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扶桑社で当時,同シリーズを手掛けていた冨田健太郎氏(現在はフリーランス)に,当時の事情を証言していただいたので,そちらを参考に状況をまとめ直してみたい。
冨田氏はもともと浅羽莢子氏と仕事をしていた関係で,かつて訳されたゲームブックが入手できなくなっているのは惜しいと思っていた。社会思想社が倒産したことで,版権が完全に宙に浮いたというのも大きかった。
また扶桑社ミステリーというレーベルでは,ホラー小説はあっても純粋なファンタジーはなきに等しかったのですが,わたしは「SFマガジン」にたずさわっていたのでこの分野に抵抗がなかったことも裏にはあったかもしれません。
文庫で刊行したのは,扶桑社のレーベルが文庫だったのがもっとも大きな理由だが,最初から文庫で出ていたものをあえて単行本にするのでは,読者を逃がすのではないかとも考えたという。「この企画は,あくまで好事家向けではなく,若年層(小学校高学年〜高校生ぐらいまで)をターゲットにしていましたので,比較的安価な文庫が適当だと考えていました」と,冨田氏は語っている。
幸い社内には,社会思想社&東京創元社のゲームブック全盛期に中学時代を過ごし,またJ・H・ブレナン「ドラゴン・ファンタジー」の愛読者でもあった吉田 淳氏(現在は扶桑社カスタム&翻訳出版編集部編集長)という理解者がいた。ただし,契約交渉は難航したという。
価格はなんとか本体800円を守りましたが,契約内容面でのやり取りが相当続いて,書類のやり取りも時間がかかるものだったので,出版まで間があいてしまいまったんです。
インターナショナル版をベースにしたのも,エージェント経由の要請です。個人的には,とくに魔法使いの顔など,若干の違和感もありました。
とはいえ,より新しい雰囲気ではありましたし,初めてFFに触れる読者には適しているだろうと思ったので,あえて本国の意向に異議を申し立てる気はなかったです。
ある程度限られた読者に向けた単行本の出版とは別で,文庫で出すからには,より多い部数で成功させなければならないと考えていました。ページの構成やイラストの配置などもありますし,ゲラにしてからも,通常の校正者とは別に,すべての分岐ルートのチェックをしてもらう人を頼んだりしたので,そちらの作業にも時間がかかりました。
苦労はそれだけではない。当時の扶桑社内にゲームブックに思い入れのある人物は,冨田氏と吉田氏くらいしかおらず,営業面での理解を充分に取り付けられなかった。初版部数がそれぞれ8000部と,絞られた形になってしまったのもそのためだ※2。
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こうした思いから,システム的にも基本となる「火吹山の魔法使い」(表紙:マーティン・マッケナ)を2005年3月29日に,対になる「バルサスの要塞」(表紙:ケヴィン・ジェンキンス)を2005年6月1日に刊行したところで,シリーズは途絶せざるをえなくなってしまったという。
途絶の原因としては,やはりコアな翻訳ミステリを中心とした媒体でゲームブックを出すのは,もはや当たり前ではなくなっていた,ということになるだろうか。
FFシリーズの原著はパフィン・ブックスで刊行され,書き込まれた描写は,それまでに出た児童文学ファンタジーの文脈を大きく受け継いでいるし,ローズマリー・サトクリフ作品のようなイギリス・ファンタジーとの響き合いも感じさせる。トールキンやC・S・ルイス,アーシュラ・K・ル=グウィン作品のようなファンタジーに,FFから進んだ読者も1980年代は多くいたのである。
にもかかわらずゲームブックそのものは“ゲーム本”だからと,とくに児童文学からは排除されてきた側面があった。そうした文脈が不利に働いたのではないか。学校図書館にもっと強く働きかけるべきだった,と冨田氏は悔やんでいた※3。
J・K・ローリングの「ハリー・ポッター」(日本語版1999年開始),エミリー・ロッダの「デルトラクエスト」(日本語版2002年開始),同名の作家による「ダレン・シャン」(日本語版2001年開始)のような児童文学でのベストセラーは存在したのに,日本でのFFは,ちょうどデッドスポットに嵌まってしまったのだろう。
なお,酒井氏は酒井氏で,扶桑社版「バルサスの要塞」が出てからおよそ半年後,「(扶桑社で)もう続刊が望めないようであれば,当社でほかのFF作品の刊行も検討します」※4と宣言したものの,創土社での続刊も実現には至らなかった。
- 何が問題だったのだろう――2000年代前半の状況を辿り直すのなら,40(第4回)へ。
- 1人用ではなく,多人数でのTRPGに光明を見出すなら,34へ。
- むしろアナログではなくデジタルにすればよかったと思うのなら,42(第4回)へ。
※1:「剣歯虎の酒場」,「剣社通信」4号(2003年7月),創土社。
※2:吉田 淳氏の証言に基づく。
※3:冨田健太郎氏の証言に基づく。
※4:「剣歯虎の酒場」,「剣社通信」10号(2006年2月),創土社。
- 関連タイトル:
ファイティング・ファンタジー・コレクション
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