レビュー
ロボットとの対話が,自分の中の閉ざされた扉を開かせる。「BatteryNote」は,命をつなぐと奪うの間に立たされる会話ベースのアドベンチャー
物理的なものではなく心の奥の,普段は意識していなかった部屋の扉が開いたような。見ないようにしていた部屋の扉を開けてしまったような。
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room6のパブリッシングタイトル「BatteryNote」は,まさにその扉にそっと手をかけてくるゲームだった。
シンプルな対話のなかで,「他者の命綱を握ったとき,あなたはどうする?」と問いかけるように,普段は見ないふりをしていた感情や業の影をあぶり出してくる。
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本作でプレイヤーがすることは,ただロボットと“話す”こと。対象となるのは,出自も性格もまったく異なる3体のロボットだ。
ダイナーでウェイターをしていた給仕ロボット「ジェシカ」。
軍事用に開発されたと思しき戦闘ロボット「デバインド」。
オフィスを監視していたセキュリティロボット「サーベリー」。
コールドスリープから目覚めた主人公は,相棒のアシスタント(ロボット)のすすめで,薄暗いガレージでロボットたちと会話をすることになる。
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このゲームには,世界を救う使命やゴールはない。強いて言うなら,彼らの話を聞き,何者なのかを知ることだろうか。
3体のロボットは皆ゴミ捨て場で拾われた壊れかけのロボットで,バッテリーの寿命が近く,余命はほとんど残っていない。
プレイヤーは自身が選択した順番に会話を進めながら,ロボットたちの最期を看取ることになる。
そして,もう一つの大きな共通点がある。それは,この世界では「アノマリー」呼ばれる,人間に害を成した過去/成すとされる要因を持つロボットだということだ。
例えば給仕ロボットであるジェシカは,雇われていたダイナーの問題児だった。
客に水を浴びせかけたり,罵倒したり,おおよそ同種のロボットたちとは似ても似つかない言動をすることで有名な個体で,主人公との会話中でも,急にスパナを手にする場面がある。
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このように3体のロボットは,主人公に危害を加える可能性すらある危険な個体なのだが,対話をするとそれぞれの“生き方”の背景にあるものが見えてくる。
過去に何があったのか,なぜ廃棄されなければならなかったのか。そういったことを語り合いながら,静かに最期の時間をともに過ごす。それが本作の基本的な体験だ。
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ただ,対話だけでは終わらない。
ロボットたちと話し続けるためには,ひとつだけ避けられない行為がある。充電だ。
ゴミ捨て場から引き上げられた彼らのバッテリーはほとんど空で,このままではまともに会話すらできない。だからプレイヤーは,会話の合間に彼らへ電力を与えることになる。
最初は,それはただのメンテナンスだと思っていた。対話を続けるために必要な,当たり前の行動のひとつだと。
――けれど,すぐに気づくことになる。この充電が,“命をつなぐ行為”であると同時に,“命を奪う手段”にもなり得るのだと。
充電方法は二通りの手段がある。一つは通常の充電で,ロボットのバッテリーを穏やかに回復させる方法。もう一つは高電圧を流し,短時間で一気に電力を送り込む方法だ。
ただし後者には大きなリスクがある。バッテリー容量を超えて電力を供給できてしまうせいで,内部に強い負荷がかかる。度を越えれば,ロボットはそのまま動かなくなる。
しかもロボット側には,言葉以外にそれを止める手段がない。自身の機能的な部分で限界を超えた電力を遮断することはできず,その命はプレイヤーに握られている。
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彼らの過去を知りたい,どうしてこんな結末を迎えることになったのか耳を傾けたい。そう思って対話を重ねていこうと思うが,しかし相手はアノマリーと呼ばれたロボットたち。話していくと分かるが,みんな一癖も二癖もある。
こちらが真面目に向き合おうとしていても,粗暴なふるまいをするし,挑発するような態度を取ってくる。
そこで開くのだ。扉が……。自分の中にあるよからぬ感情が,じわりと滲み出てくるのを感じる。
そんな態度を取られたら,どうしてもお仕置きしたくなってしまうものだろう。そもそも人間に,社会に迷惑をかけたロボットだ。そう,これは仕方ないことなのだ。仕方ない仕方ない……彼らが生意気なんだし,そしてこれは犯した罪に対する罰でもあるだから,と。
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高電圧スイッチを押すと,ロボットたちは大きく反応する。ロボットたちの体はびくんと跳びはね,自己の崩壊する痛みに悶え苦しむ。
態度も悪いし,ムカつくことも言う。だからといって,それを理由に電圧を上げるのは本当に正しいのだろうか。そう思うのと同時に,命はこちらの手の中にあるという感覚も確かにあると気づく。
わずかな優越感――そんなものが自分の中にもあったのか,と思わされる瞬間がある。
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もちろん,ただの腹いせや罰,気まぐれで電圧を上げるだけじゃない。本当に“仕方ない”ケースもある。
たとえばデバインドの場合。彼は記憶回路に不具合を抱えていて,ある出来事を思い出すには,高電圧による刺激が必要になることがある。そうしなければ語られない記憶があり,進まない話があるのだ。
それはほかのロボットたちも同じ。バッテリーを揺さぶることで,普段とは違う反応や,胸の奥に隠していた事情がこぼれることがある。
周回を重ね,電圧のかけ方や接し方を変えることで,キャラクターの輪郭が少しずつ違って見えてくるように作られているのだ。
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高電圧スイッチによって壊れた(壊した)ときの展開はさまざまで,単純に恨みをぶつけてくる……という展開にはならず,ロボットにとってそれがある種の“救い”となり,安らかにそれを受け入れるルートもある。
ここで妙な感情が生まれた自分にも驚いた。「どうせなら,とことん恨まれてしまったほうがよかったのではないか」と思ったからだ。
それは自分の犯した罪への罰を求めたのか,それとも本当に苦しむ姿が見たかったのか。自分でもはっきりしない。ただ,その瞬間,自分の中にある“業”に触れたような感覚があった。
この扉をこれ以上開けるのは,正直危うい気がする。今は一度,そっと閉じておくべきなのかもしれない。
でも,一度開いてしまった扉は,もう完全には消えない。知らなかったふりをするのは,たぶんもうできないのだ。
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……と,ここまで少し観念的な話が続いてしまったが,あらためてこのゲーム自体の話に戻ろう。
なぜ彼らはアノマリーと呼ばれ,捨てられ,壊れかけの状態で主人公の前に現れるのか。その“異常”にはちゃんと理由がある。
対話を通して明かされていく,アノマリーたちの過去。それは例えばジェシカであれば,なぜ客に水をかけたり罵倒したりしたのかは,彼女自身ですら気づいていなかった感情のようなものが関係する。
そしてそういう“歪み”が会話の中で少しずつ形を持って現れ,目の前のロボットの見え方もまた変わっていく。
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“一人”のロボットと対話し,その最期を迎えるまで。それぞれのシナリオは20分ほどで,1ルート通してのプレイ時間も短めだ。
1ルートでもクリアすればそのほかのエンディング条件をゲーム内で確認できるようになるので,覚悟さえあれば全エンド回収も難しくないだろう。
プレイ時間自体は短いが,その中に詰まっているものの密度がすさまじい。対話だけのゲームと思って油断していたが,気づけば感情を強く揺さぶられていた。
個人的には,セキュリティロボット・サーベリーのシナリオが一番刺さった。
サーベリーは女性社員へのストーキングや盗撮を100件以上も行い,主人公に対してもセクハラまがいの発言を繰り返すロボットだ。
どうしようもないヤツ……と最初は思った。だが,その行動の裏側にある環境や経緯が語られるにつれ,ただの「気持ち悪いロボット」で片付けられなくなる。言葉を失うような現実が,静かに並べられていく。
デバインドのシナリオも印象的だ。記憶回路の不具合が発生しているデバインドの過去を知るには,先ほど触れた通り,ときに高電圧による刺激が必要となる。「他人の命綱を握っている」という感覚を,一番はっきりと突きつけられるロボットかもしれない。
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「BatteryNote」は,倫理観的にはかなりギリギリのことができてしまうゲームだ。
明確な自我と意志を持つ存在に対して電力を流し,その反応を見ながら,少しずつ命を削っていく……そうも受け取れる行為が平然と許されている。
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ゲームが誘導してくる部分はあるにせよ,境界を踏み越えるかどうかを決めるのは自分だ。
ゲーム自体はマルチエンディング方式で,すべての結末を回収しようとすれば,高電圧スイッチを使わざるを得ない場面も出てくる。だとしても,結局“そうすると決めた”のは自分自身であることに変わりはない。
その行為のなかに,ほんの少しの高揚や,説明のつかない業のような感情を見つけてしまったのもまた自分だ。そこから目を逸らさずに生きていくしかない。まったく,妙な……いや,本当に奇妙で,そして素晴らしい扉を開いてしまった。
それにしても,登場するロボットたちの“人外”の描きかたには,異様なこだわりと説得力がある。単なる造形や設定ではなく,「人じゃない存在」を本当に“生かして”描いているからこそ,ここまで感情を揺さぶられるのだと思う。
こういうものを作る開発者なら信じていい,と魂のどこかが叫んでいる。
「BatteryNote」はSteamで配信中だ。自分の中の“開いていない扉”に気づかされるようなこの作品を,ぜひ一度体験してほしい。
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「72studio」公式サイト
- 関連タイトル:
BatteryNote
- この記事のURL:
(C)72studio / room6







































