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歴史は夜作られる。“後宮”から中国史を読み解く「後宮 殷から唐・五代十国まで」「宋から清末まで」(ゲーマーのためのブックガイド:第52回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
最近,中華風の後宮ものが元気だ。毎月2〜3冊の新作が書店の棚に並び,さらには中華風ファンタジーの書き下ろしアンソロジーまで登場するなど,ジャンルとしての盛り上がりを感じられる。
このブームの火付け役が,アニメ化もされた日向 夏氏のライトノベル「薬屋のひとりごと」なのは間違いなさそうだが,小野はるか氏の後宮医学ミステリー「後宮の検屍女官」(角川文庫)シリーズも人気を集めており,ややファンタジーに寄ったものや,悪女ものに振ったりものなど百花繚乱な状態にある。
これらの作品は,いずれも史実の中国ではなく,架空の中華風国家を舞台にしたものだが,これは先行作である酒見賢一の「後宮小説」や,小野不由美氏の「十二国記」の影響が大きいのだろう。
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ところで“後宮”とは一体,どういうものなのだろう。夫人とか妃とか,あの地位ってどういうことなのか。後宮に仕える宦官(かんがん)って? 学校の世界史でも日本史でもなかなか取り扱わないテーマであり,日本の大奥やイスラム帝国のハーレムとの違いなども,良く分からない人が多いのではないだろうか。
そんな人にちょうどよい入門書が,2025年秋に発売された。加藤 徹氏の「後宮」である。「殷から唐・五代十国まで」と「宋から清末まで」の二分冊で,各400ページという力作である。待て待て,2冊で殷から清の最後までだって? それはもう中華帝国のほとんどをカバーした,事実上「後宮から見た中国史そのもの」ではないか。
そんな惹句に惹かれて手に取ってみると,これが滅法面白かったので,今回はこの「後宮」を紹介してみたい。
「後宮 殷から唐・五代十国まで」
「後宮 宋から清末まで」
著者:加藤 徹
版元:KADOKAWA
発行:2025年9月10日 / 10月10日
定価:共に1430円(税別)
ISBN: 978-4-04-082533-5 / 978-4-04-082534-2
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本書において,後宮は中華帝国における皇帝の家であり,血統を厳格に管理するためのシステムだと説明される。
巨大な国家を管理するために皇帝を頂点とした世襲王朝が築かれ,皇位継承を円滑にするために,子孫を生み出す装置として後宮が置かれるわけだ。そして多くの女性が集められた後宮の安定運営のために,妃嬪(きひん)たちには明確な階級制度が敷かれ,そこで働く労働力として,去勢された男性である宦官が確保される。
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筆者である加藤氏は,中国文学の研究者として名高い人物だが,こうした日本のサブカルチャーへの目配りもよく,本書でも日本への影響や,あるいは日本でよく知られている史実へのフォローも忘れていないのがすばらしい。
歴代王朝における後宮の内実を史書から紐解いていく本書だが,それは即ち皇帝をめぐる男女の物語でもある。各時代の皇帝と皇后,妃嬪たちの愛憎が,王朝の栄枯盛衰にどう結びついていったかをつまびらかにされていくのだ。
最初の一冊「随から唐・五代十国まで」には,伝説となった傾国の美女や悪女たちが次々と登場する。殷の紂王を籠絡した悪女・妲己に始まり,西周滅亡を引き起こした絶世の美女・褒姒(ほうじ),中国で唯一の皇帝となった武則天,玄宗皇帝の寵愛を受けた悲劇の美女・楊貴妃,清朝末期に君臨した西太后まで,100名以上の女性が名を連ねるが,我々日本人が知るのは,そのごく一部であろう。
しかも,その多くは伝説や後世の解釈が加わったものであり,これを改めて史書から読み解いていくと,また新しい姿が見えてくる。
例えば先の楊貴妃に,春秋戦国末期の西施(せいし),前漢の王昭君,後漢末の貂蝉を加えた4人を中国四大美女と呼ぶが,筆者も知っているのは貂蝉と楊貴妃だけであった。ちなみに貂蝉は「三国演義」が生んだ架空のヒロインである。
西施は越の国に生まれた美女で,彼女が微笑むと川の魚が泳ぐのを忘れて水底に沈んだという逸話を持つ。越の王・勾践(こうせん)はライバルの呉王・夫差(ふさ)の油断誘うために,彼女を呉へと送り込んだという。いわゆる「美人の計」である。
ちなみに,この西施をめぐる一連の出来事から,「顰(ひそみ)に倣(なら)う」「臥薪嘗胆」「呉越同舟」といったよく聞く言い回しが生まれたそうで,こうした豆知識が知れるのがまた,楽しいところだったりする。あの言葉の語源には,こんな美女がいたのだねえ。
一方,後宮での地位争いの結果,血なまぐさい惨劇が起こることも珍しくなかった。それに故に,悪女や暴君の逸話にも事欠かないのだ。
劉邦の妻であった呂皇后は,劉邦の死後,呂太后として政治を牛耳り,ライバルであった戚夫人の息子を毒殺。夫人の手足を切り,目を潰し,耳を焼き,人間ブタとした。さらに意に添わぬ劉邦の子供たちを次々と毒殺,関係者を排除した。中国三大悪女の一人にして,後宮の闇を体現する人物である。
最後に登場する西太后は,後宮のシステムが完成した清朝末期に,皇后の座に座った人物だ。そんな彼女が垂簾聴政(幼帝の代理として摂政政治)で絶対的な権力を振い,その結果として中華帝国の終焉を招くこととなる。
この2冊を読み終えたとき,読者は茫漠であった中華帝国の歴史に,確かな人の歩みを感じるようになるだろう。
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本書の中には,こうした中国の歴史が,日本の文化に与えた影響も紹介されている。
例えば紫式部の「源氏物語」は,前漢第11代皇帝・成帝の皇后であった趙飛燕と,その妹・趙合徳の姉妹による愛憎劇を描いた「趙飛燕外伝」の影響を強く受けているという。「趙飛燕外伝」の成立は3〜5世紀頃と考えられているが,日本にも流入し,広く読まれた。紫式部は父親が学者だったため,漢文にも明るく中国の歴史小説にも通じていたようだ。
また「百人一首」に再録された僧正遍昭の歌「天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ」は,この「趙飛燕外伝」の1シーンのオマージュでもある。
こうした物語文学に加え,漢文教育の教科書となった「十八史略」「論語」といった思想書を通して,中国の文化やそこから派生した成句が日本に伝えられたわけだ。
ここからもう一度,同時代の大陸文化に思いを馳せてみるのも面白い。手軽なところでは,古代中国の風俗文化を扱った柿沼陽平の「古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで」などがオススメである。
あるいは本書の知識を踏まえて,昨今の後宮ものに手を出してみるのもいい。冒頭で紹介した「後宮の検屍女官」などは,未読の人には強く推したい一冊である。
いやはや,まだまだ読書は終わらないのだ。
朱鷺田祐介(ライター)
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」を展開中。蜂蜜酒(ミード)について掘り下げた同人誌「MEAD-ZINE」は,BOOTHにて電子版が購入できる。
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