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[TGS2023]鹿児島県伊佐市が,ゲームも持たずに東京ゲームショウにやってきたワケ。いつか“インディー地方コーナー”ができたりして
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印刷2023/09/26 08:00

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[TGS2023]鹿児島県伊佐市が,ゲームも持たずに東京ゲームショウにやってきたワケ。いつか“インディー地方コーナー”ができたりして

 9月のゲームの祭典「東京ゲームショウ2023」(以下,TGS 2023)。会場の幕張メッセには所狭しとゲーム関連のブースが出展された。
 といっても,近年のTGSは飲食物に技術関係,同じTGSと略する台北ゲームショウが出展しているなどバラエティ豊かである。

 ときには「それゲーム関係あるw?」と思うような出展社でも,にぎやかなお祭りだからと笑い流すこともあるのだが。

 今回見つけたものは,さすがに二度見した

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 ここ「鹿児島県伊佐市」ブースには,ゲームの姿がかけらもなかった。出展内容も米に酒に美容品,果ては物件情報まで持ち込み,看板で「転生(ひっこし)してみたら?」のワードを掲げていた。
 よもや地方創生EXPOから手違いで転生してきたことを疑ったが,同市はビジネスデイのみの出展で,一般日には撤収していたこともあり,来場者たちは快適な通路になったあとの空間しか知らないだろう。

 事実,伊佐市はゲームを作る,ゲーム企業がある,ゲーム関連商品が多いなどの特色もほぼないようだった。まず目に入るのが壁面に貼られた,学校の学祭でやる気のでなかったクラスがやっていそうな「町の魅力レポート」と,その直下にあるパンフレットという様相。

 すぐ近くでは「ホヨバ完売! ホヨバ完売!」とばかりにHoYoverseが「原神」や「崩壊:スターレイル」で人を集めているのに,対抗するコンテンツが,菱刈鉱山で採れた金鉱石では無茶がすぎる。同鉱山は金の産出量が年間6トンで日本一らしいが,ここはTGSだ。
 学名が“ガチャ石”とでも名付けられていないとワンチャンもない。

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 そんないでたちに心引かれてしまったので,スタッフに話しかけた。にぎにぎしいブースで話を聞かせてくれた女性は,なるほど。他意はなく,ちゃんと九州っぽいイントネーションの地元民だった。

「なぜ,鹿児島の市が出展してるんでしょう」

「ゲーム企業さんを誘致するためです。慰安旅行とかで」

「なら,伊佐市ってどんなところなんですか」

「あー,一言で言って田舎ですね(笑)」


 とのこと。九州というくくりで見れば,あちらには福岡ゲーム産業振興機構の「福岡ゲームコンテストGFF AWARD」,“福岡をゲームのハリウッドに”を標榜して活動するレベルファイブ,サイバーコネクトツー,ガンバリオンなどの組織「GFF(GAME FACTORY'S FRIENDSHIP)」,彼らが主導するカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2023」などもあり,ゲーム業界では特別な地になっている。それも福岡ばかりだが。

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 伊佐市は鹿児島県の最北地にある。面積は約392平方キロメートルで,人口は2万4157人(2022年10月28日時点)。川内川などの美しい景観や,鉱業や林業などの産業もあるが,ゲームとの関連はとくにない。

 ただ,炊きたてでも冷めてでもおいしい「伊佐米」や鹿児島焼酎のスタンダード「黒伊佐錦」,ゆるキャラも伊佐市の王「イーサキング」や会場入りした「大嵓寺」を擁するため,色がないわけではない。

 それに“東洋のナイアガラ”とも呼ばれるらしい「曽木の滝」など自然の強みはあるため,もしゲーム企業の旅行先の誘致などに成功し,お偉方に「お,いいね」と思わせてロケーションの貸しに成功すれば,地方創生の最強メインウェポンたる聖地巡礼を生み出せる……が。

 よりにもよって,県境で隣り合わせの熊本県・人吉市が“夏目友人帳の聖地”らしく,聖地戦闘力で拮抗するのは至難の業だろう。

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Googleマップで見た,伊佐市(左下)と人吉市(右上)。白身の量が違う
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 しかし,視点を変えればまだ戦いは終わらない。たとえ企業相手でなくとも,TGSの準備で毎年だいたい疲労を抱えて現地入りする関係者ら個々人に,「伊佐に転生(ひっこし)してみたら?」と染みる言葉を投げかけて,田舎でのスローライフを想像させたら勝ちは近い。

 ブース内には,転生を真剣に考える人向けにと「移住体験住宅」の情報や,築55年の趣とリノベーションで追撃する「古民家 売420万」,賃貸価格も「3万円から〜」と,直球の物件情報も提示されていた。
 こうした導線が具体化されると,すこし遠い気がしていた転生の想像も近寄ってくる。なお,マンションはほぼないようである。

 それにスタッフによると「伊佐市は,世間で言われる田舎特有の怖いイメージとも無縁で,みんな歓迎してくれますよ!」とのこと。
 そうして夢のスローライフが膨れあがる――が。

「あの,アクセスとかって」

「電車も新幹線も飛行機もないです。主に車です」

「学校やスーパーは?」

「ありますよ! でも移動はだいたい車で……(笑)」


「伊佐市企業・団体トレーディングカード」。パッと見は高コスで重そう
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 鹿児島空港から車で約50分。公共バスも通っているが,スペックだけで言えば今の日本では珍しくもない,いわゆる陸の孤島の一箇所に挙げられそうである。そうして想像も現実に攻め返される。

 また伊佐市は“鹿児島の北海道”と評されるほど,自然景観の魅力に比例して,夏は激暑。冬は激寒。2016年には鹿児島観測史上で初のマイナス15.2℃を記録。昨年は最低気温がマイナス6.4℃。最高気温が37.6℃と比較上はマシだが,グラフのトリックに騙されやすい人は注意を。
 さらに市内で最も厳寒な大口布計地区では,冬になると毎年いろいろなところにツララが下がるところがチャームポイントらしい。

 まさに「ええーい。転生者なんかこうだっ」とばかりのハードパンチじみた気温差に,熱しやすく冷めやすいスローライフの夢から覚める。こういうのは2歩スローして,2歩クイックして,1歩スローするくらいの差し引きで計算しないと,乗った瞬間に「こうだっ」されかねない。

鹿児島出身で,伊佐市にはよく家族旅行しにいったという女優・上白石萌歌さん(が出演しているパンフレット)。下は衆議院議員・小泉進次郎議員が来訪したときの様子
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 ここで,女性スタッフがとある男性スタッフを紹介してくれた。その人は伊佐市観光特産協会 事務局長と名乗った。

 実のところ,突撃時に開口一番で尋ねていたが,民間企業が「鹿児島県伊佐市」を名乗って出展するのはやはりおかしい。そこは行政機関としての地方自治体などと組んでおくのが筋だろう。
 それは実際そのとおりで,同ブースも官民一体の出展であった。

 けれど観光“特産”協会は,観光資源だけでスタミナを保てる市町村が設置している観光協会とは違い,今はまだ伊佐市で活動する地域企業団体「i-町んぐ i-thReee!」(イーマッチング イースリー)が協力しているだけなのだという。しかも,人員は事務局長ただ1人だ。
 それでも業務は自治体職員と同じフロア内でこなしているらしいが,名義の問題を解消するにはなんらかの成果は必要だろう。

 このブースの斜め前には,宮城県・仙台市が「仙台ゲームコート」として,連携企業のゲームタイトルを出展し,TGSの郷に従っていた。
 ゆえに「伊佐市もゲームを作って出すほうが,分かりやすいのでは?」と尋ねた。自分で言っといて,そうしたほうが“っぽく”はなっても,結果的に人は集まらなかっただろうと分かっていたが。そして事務局長は,「最初からそのつもりがなかったんですよね」と返事した。

 そもそも事のはじまりは「eスポーツ」にある。彼は当初,eスポーツが何度も元年を迎えるよりも前の時代に,近所の仲間同士でゲームを一緒に遊んで楽しむ,いたってカジュアルな趣味サークルを作ったという。そこから月日が流れ,そのうちゲーム好きな自分が地元でなにかできないかと考えた。そして市と相談のうえ,地域企業団体を設立し,近年ではセガの「ぷよぷよeスポーツ」を用いた「全国都道府県対抗eスポーツ選手権」で,伊佐市としての大会協力を担ったという。

「あそこの仙台さんなど,いろいろな自治体さんがブースを出展されているのは,ゲームを紹介するためです。でも,僕らは組織としてもスタートが違っていて,地元のために“ゲーム好きならではの地元紹介をしたい”と考えています。その結果が,こんな感じというわけで(笑)」

 伊佐市は実は,昨年のTGSにもブースを出展していて,今年が2年目だったという。それに昨年はアピールの仕方が悪い意味で地味だったらしく,今回はそのぶん出展内容を練ってきたそうだ。

「この2日で,なにか成果はありましたか」

「名刺交換は多いですが,そこから先は帰ってからの勝負ですね」


 当然だろうが,同ブースは面白みのある商談ができそうとはいえ,ビジネスデイにやってくるゲーム関係者のパブリッシャ探しだとか,技術面でのパートナー探しだとか,近々でお騒がせがあったことからの新たなゲームエンジン探しだとかと比べると,ベクトルが違いすぎる。
 いかに「伊佐市に転生したり,旅行したり,名所をゲームで使ったりしてください」と提案しても,いきなりシノギを得るのは困難だろう。それは事務局長も承知のうえで,まずは5か年計画
 5年連続のTGS出展を足がかりに,長い目で見たときの成果を出す。今年はその2年目として,来年もまた努力していくと語った。

 そこで話し終えると,ノベルティの「伊佐eSPORTS米」をくれた。

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 なにか縁をつなげられればチャンスになる。それだけだと聞こえのいい話だが,誰かに「ゲームでタイアップしたいです」と言わせるほどに縁をつなげるには,米でも酒でも鉱石でもいい。さらに具体化された,もっと想像をかき立ててくれるフックが必要そうである。
 残念なことに日本には,同じような武装を装備している市町村が多い。ふるさと納税ですら明暗が分かれるのだから,今はまだ出展の物珍しさだけで台頭できても,類例が増えてしまえば激戦は必至だろう。

 けれど,今はまだ鹿児島県伊佐市が出展していること自体がとてもおもしろい。TGSにゲームを持たずに出展する例はいくらでもあるが,「地元に移住者をいざなう(など)」という目的のために,地方創生EXPOといった専門イベントとはまるで異なるゲームショウに出てきたのだ。
 角度の奇抜さゆえ,当面は難戦を強いられるかもしれないし,出展に伴う諸経費からは目を背けたくもなるだろうが。実際に“地方創生に注目する層とは,まるで別の層”にリーチしていて,あの会場の一角でにぎわいまで作っていたのは事実であったと,記者として書いておく。

 そしてこの一文を読んだ自治体職員が「お! うちもやろ!」となり,インディーゲームコーナーのように,来年から「インディー地方コーナー」ができてほしいと願っている。理由は簡単。物欲だ。
 おそらく彼らが出してくるノベルティや物販は,開場直後に最前線と化したスクウェア・エニックス,KONAMI,HoYoverseなどの大手会社とは比べものにならずとも,“ついでのお土産”としては強すぎる。

 愉快なうちわや帽子などが,米,酒,そのほか特産品に太刀打ちできるかというと無謀だ。しかも,メジャーな都市が打ち出すものではない,ゲームに無理やりひも付けたインディーな特産品だったらどうだ。インディーゲームコーナーのように掘り出し物がありすぎて楽しいこと請け合いだ。そうして次代のTGSが,会場の一角で地方創世の機能をも内包するようになったら,イベントの色合いはさらに深みが増す。

 まあ,ゲームショウのカラーを考えると,さすがにご当地物産展化はCESAが許さないだろうし,全国の地方自治体のほうも,体力や意識やフットワークの点から現実的に考えてまずムリだろうけれど。

「ゲームが動く、世界が変わる」(TGS 2023の標語)

 そう豪語したTGSが,今年で世界を変えてしまったようならば,TGSが田舎を救うようになる未来だって,閉会直後の今は否定できない。

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伊佐市 公式ホームページ

「i-町んぐ i-thReee!」公式X(旧Twitter)

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