
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode01
のちに学園を救う事になるヒロインは入学した!
(その5)
目を覚ますと、わたし、どことも知れない原生林の隅っこに倒れていました。
原生林。
だと思うんですけど。苔むした樹々、岩、地面、もっと大きな岩、またまた樹木また樹木。どこもかしこも深い緑色の苔だらけ。
どう見ても人の手が入ってません。
ということは原生林、のはずなのですが。なんで高校の中にこんな場所が?
ともかく原生林っぽいところの端っこ、不思議なことにそこだけ陽射しがぽっかり丸く当たって、まるで妖精の輪のように明るく、乾いた芝生。その真ん中に、わたしは居たのです。
ふと顔をめぐらすと、ほんの十歩ほど先が一段低くなっていて、そこに、幅広の、暗い川がありました。幅は数十メートル……いいえ100メートルといったところでしょうか。太いせいなのか実は深いのか、流れはずいぶん静かです。
(まさか……もしかして、わたしたち溺れ死んじゃって異世界に転生してきたの? そしたらここから先は、異世界転生ものに話のジャンルが変わるのかしら? やったことのあるゲーム世界だと良いけれど……)
「って何を考えてるんですか。死んでないですよ。ここはまだ学園の中です」
隣にいた京太クンが、またツッコミを入れてくるんです。しかも今度は、左手の甲を使った本格的なやつです。その熟練の技に、わたし、思わず声を出しそうになったんです――どぉもありがとおございました〜。
「いや、そういうのはいいですから。ボクのブレザー羽織っててください」
京太くん、芝生に寝かせて乾かしてあった自分の制服を手渡そうとします。
「って、それは良いんですけれど京太クン」
「はい?」
「どうしてさっきから両目をつむってるの?」
「えっ」京太クン、急に顔を真っ赤にします。「いやどうしてってその、さっきの講堂の大水でボクたちズブ濡れになって、そんでもってここに流されてきたってことはつまりそそそそそよ子さんのシャツもスカートもだからぬぬぬぬぬ濡れ」
「あら」
わたし、自分の体を見下ろします。そしてようやく自分のありさまに気づきました。
濡れちゃてます、わたし。というより、まだ乾ききってません。ブレザーはどこかに流されてしまって、白いシャツ(抗菌&形態安定です)と、破れたスカートと、半分脱げかけた白いソックス。靴はどっかにいってしまったようです。
「で、で、で、でもだいぶ乾いてきてますから」わたし、ちょっと慌て気味に京太クンに返事します。「この島は南国ですし! 東京の真南1800kmだか2000kmだかですし! 大丈夫です! 大丈夫!」
でもまだ京太クン、目をつぶったまま、顔を真っ赤にしたまま。耳も真っ赤、鼻の頭まで真っ赤。
そんな彼を見て、なぜか楽しくなってしまいます。
なんだかとっても可愛い。歳の離れた弟っていうより、ペットの仔犬みたい。京太クンの男子寮生活が心配です。きっと、むくつけき先輩がたがよるとなく昼となく。あああ。
「そういえば……」わたし、危ない妄想から我に返ります。「紫苑さまはご無事なのかしら」
それに、もしも男性だったらばって嘆いてらっしゃられたけど、男子生徒の制服に身を包んでいたってことは、やっぱりそういうことなのかしら。男装の麗人――ああ、ますます素敵!
「正常化委員には多いそうですよ、男装の麗人と男の娘」と京太クン。「今の委員長の趣味なのか方針なのか……あ、北白川先輩ならきっと無事ですよ、上級学生ですし。ほら」
と、真上を指さします。
生い茂る暗い枝の隙間から見える青い空。そこを、バラバラバラ、と遠い音をたてながら、数機のヘリコプターが飛んでゆきます。
「あれは学防海軍のCH-53Kですね。通称キングスタリオン。上級学生を安全に送り迎えする時には、たいていあれが使われます。救出し終わって基地に戻るところかな」
学防海軍。
わたし、言葉も見つかりません。
たしかに蓬萊学園は自由と自主がモットー。自活はもちろん自衛も生徒が受け持ってるという話ですが……学防海軍!?
なんでしょう、この勢いでは宇宙戦艦も保有してそう。
「あ、戦艦は無いですけど静止軌道くらいまでならロケット研の機体で行けますよ。なんでも先輩たちは月面まで到達してたとか」
などと平然と言いながら、京太クン、スマホ(あの大騒ぎで無事だったのです! きっと学防軍仕様の超防水に違いありません)を取り出して、学園地図を見せてくれます――うん、やっぱりそう。向こうにあるあの川は宇津帆島の真ん中を東西に流れる墨川に違いありません。
どうやらあの講堂台風と大洪水の勢いで、ここまで押し上げられたようです。
と、その時でした。
わたし、気づいちゃったんです。それが……いいえ、その子が、陽も射さない真っ暗な樹々の陰から、そうっと近づいてくるのを。
その子は、真っ白なユニコーンでした。
いえホントですって!
冗談とか妄想とかじゃないです!
信じられないのは、わたしのほうです。ユニコーン!一角獣!真っ白な、華奢な、触ったら霞と消えてしまいそうな神話の獣!
あ、もちろんわたし、これまでに幾度も妄想でユニコーンとかドラゴンとか見たことあるんですけど。
それでも流石に本物は迫力が違います。大きくはありません。ポニーよりも、いいえ大型犬よりも小さいです。芝生に正座しているわたしより、頭の高さは低いくらい。
わたし、身動きもできずに、物音ひとつ立てずに近づいてくるその子を見つめます。ちなみに京太クン、ポカンと口を開けてます。
もう目の前まで来ました。その子の瞳、深い深い蒼色です。
そして。
柔らかく、温かい角が、そうっとわたしの頬に触れました。
その時、わたし、気づいたんです。真っ白な、ほとんど銀色に内側から光っているような、短い生毛が、角を隙間なく覆っているのを。
螺旋状の細い筋が角の表面をはしっています。その筋に沿うようにして、生毛は生えていました。指先で触れると、どちらの方向に撫でてもスベスベとしています。ベルベットの肌ざわり、とはこういうのを言うのでしょうか。
とっても気持ちよくて、懐かしくて、優しくて、夢のようで、いつまでもその気怠い永遠の夢の中でフワフワと浮いていたいような感覚。――
……と、ここまでが、入学初日の、まだお昼前までの出来事なんです。
蓬萊学園。
絶海の孤島にある、生徒総数20万人の巨大学園。
なんだかもう、訳がわかりません(でも、あとで京太クンに訊ねたら、「まぁこのくらいは日常茶飯事」らしいんですけど)。
わたしの学園生活、これからどうなっちゃうんでしょう?
「蓬萊学園の揺動!」連載ページ
- この記事のURL: