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女児向けゲームの黎明:第3回は「ルーピー」。ソフト数わずか11本,シールが刷れる幻の“女児向けゲーム機”をレビュー
いまではメジャーな存在となった女児向けゲームだが,男性向けのゲームが多くを占めていた80年代から90年代頃に生まれた作品はどのようなアプローチで女の子に訴えかけ,楽しませていたのだろうか。そしてその作品はいかにエポックメイキングだったか,実際にプレイしながら深堀りしていく。
女児向けゲームの黎明:第1回は「Barbie ファッションデザイナー」。アメリカの女児ゲー市場を作り上げたパイオニアをレビューする

「女児向けゲームの黎明」は,80年代から90年代にかけて生まれた最初期の女の子向けゲームをレビューする短期連載だ。第1回はアメリカで殿堂入りを果たした大ヒット作「Barbie ファッションデザイナー」を取り上げ,実際に遊びながらその歴史的意義に触れてみよう。
女児向けゲームの黎明:第2回は「ガールズガーデン」。1985年発売の「日本最初期」女児ゲーは,恋愛要素ありのキュートなアクション作品だった

「女児向けゲームの黎明」は,80年代から90年代にかけて生まれた最初期の女の子向けゲームをレビューする短期連載だ。第2回は女の子が中心ターゲットのゲームとしてはかなり初期の例といえる「ガールズガーデン」を取り上げ,実際に遊びながらその歴史的意義に触れてみよう。
ゲーム機はどういった層に向けて作られているのだろうか? もちろんいろいろな層が遊ぶのは前提として,例えば任天堂のNintendo Switchはいろいろな年齢層が楽しめる家族向け,ソニー・インタラクティブエンタテインメントのPlayStationやMicrosoftのXboxはライトゲーマーからヘヴィゲーマーまで幅広くなど,なんとなくイメージが湧くのではないだろうか。
しかし,さまざまなゲーム機が生まれては消えていったゲーム業界の中でも,「女の子」をメインターゲットに据えたゲーム機――それも据え置き機――というのはとても珍しい存在なのではないだろうか。
本記事で紹介する「ルーピー」は,そんな「女の子向けゲーム機」として市場に挑戦したハードである。本記事では,どのように女の子に訴求するハードだったのかや,その歴史的意義を解説する。
「ルーピー」について
ルーピーは,電卓や電子辞書のメーカーとして知られるカシオ計算機が1995年10月に発売した家庭用ゲーム機だ。当時のゲーム業界は,PlayStationやセガサターンがすでに発売しており,さらに翌年にはNINTENDO 64の発売も控えていた。ほかにも松下電器産業の3DO Interactive Multiplayer,SNKのネオジオCD,バンダイとアップルコンピュータのピピンアットマークなどが市場に参入しており,さまざまな会社がゲーム機事業にチャレンジしていた時代だった。
この並びを見てみると,他社の製品の多くは「3Dグラフィックス」や「CD-ROM」,「マルチメディア」など新世代を感じさせる要素があったのに対し,ルーピーは昔ながらのカセット方式で,3Dグラフィックスの描画機能なども備えていない。しかし,「シールをプリントできる」という独自の機能で女の子の心を掴もうとした。
ソフトはローンチにて6本されたのち,翌1996年に4本,1997年に1本と非常に短命に終わった。本作に関わる情報は非常に少なく,当時のゲーム雑誌などにも情報がほぼ載っていないので,実際の売上は不明だ。
1996年以降のソフトは周辺機器のマウスを活用したソフトが増え,自分だけのパソコンを使ったり,少女漫画を作ったりといった,クリエイティブなソフトも増えた。
やや地味だが,ところどころに工夫があるデザイン
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まずは本体や外箱を見ていこう。外箱は無数のハートとピンク色で可愛らしく飾られており,目を引くデザインとなっている。側面には,「ゲームが楽しい!シールがうれしい!」というキャッチコピーが書かれている。
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裏面にはローンチソフトとして用意された6タイトルが書かれている。32ビット RISC CPUを採用していることが明記されており,性能自体は決して低くはないようだ。
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本体には,電源スイッチにイジェクトボタン,リセットボタンにカセット挿入口などが備わっている。基本的なつくりは,前世代の代表的なカセット式ゲーム機であるスーパーファミコンなどと変わりはないようだ。
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ただし,大きな違いとして,本体右側に「MY SEAL COMPUTER」と書かれた蓋があり,開けるとシール台紙の入ったカートリッジをセットできるスペースが用意されている。
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その下には2つのハートがクロスしたロゴが書かれた黒い部分があり,そこからシールが排出される仕組みになっている。
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コントローラは,方向キーにABCDのメイン4ボタン,スタートボタンに上側面のLRボタンが用意されている。ボタン数はスーパーファミコンとほぼ同じだが,ABCDが弧状に配置されているのが特徴的だ。
可愛い画像を作ってプリント「あにめらんど」
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ここからは,ローンチタイトルの中から3本をプレイして,その内容を紹介していこう。まずは「あにめらんど」をプレイする。
本作をひとことで言い表すなら,「可愛い画像作成ツール」だ。「おとこ/おんな」,キャラクターの髪型や服装,目や口といった顔のパーツ,背景の画像などをカスタマイズし,お気に入りの一枚を作成できる。
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筆者が作成してみたものがこちら。非常にかわいらしいキャラクターが作成できた。どの項目も20種類近く用意されているので,カスタマイズ中はとてもワクワクしながら楽しむことができ,好きなパーツをなんとなく選んでいくだけでもかわいいキャラクターが作成できる。
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それでいて,細かいところまで凝りたい人の需要もカバーしている。パーツの種類だけでなく,「やせている/ふつう/ふとっている」の体型選択や,髪の長さを細かく調整できるほか,顔のパーツを保ったまま表情も変更できる。性別によるパーツの制限もなく,男性を選んでも長い髪が選べるし,女性を選んでも男性のデフォルトの髪型を選択できる。
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今の時代,キャラクターをカスタマイズして自分らしさを表現したり,憧れのキャラクターを作ったりといった遊びは一般的で,多くの作品に取り入れられている。しかし,本作がこの時代に本格的なカスタマイズを用意していたことは驚くほかない。自分を表現するカスタマイズ機能としてかなり上質だ。
筆者はこうしたカスタマイズ要素を凝るのは得意ではないのだが,そんなプレイヤーでも触りやすく,ポチポチ選んでいるだけでアニメに出てくるようなキャラクターが作成できる。カスタマイズ要素はいかに「自分だけのもの」という感覚,いわば愛着が得られるかが重要だと筆者は考えているが,まさに本作は少し時間をかければ愛着が湧くキャラが作成できて,非常に満足のいく体験だった。
もっとも「あにめらんど」は,そのキャラを使って冒険したり,生活できたりする作品ではない。しかし,本作の価値は「シール機能」との連携によってオリジナリティあふれるものとなる。
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メニューからプリントアウトすると,ゲーム画面がそのままシールとして印刷される。機材の都合で見切れた出来栄えになってしまったが,小さいながらもしっかりプリントされているのがわかる。
ゲームのスクリーンショットというものが一般的ではなく,あっても直撮りがほとんどだったこの時代において,ゲームの画面がそのまま現実に出てくる「ルーピー」は,衝撃的な存在だったのではないだろうか。実際,スクリーンショットが身近になった現代でも,自作のキャラクターが実物として出力されるのはとても特別感がある。
凝ったファッションが楽しめる「ドリームチェンジ 小金ちゃんのファッションパーティー」
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顔を中心にカスタマイズするのが「あにめらんど」だったのならば,「ドリームチェンジ 小金ちゃんのファッションパーティー」はその名の通りファッションにフォーカスした作品だ。ストーリー要素が強いことも特徴として挙げられる。
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14歳のプレイヤーはある日,突如としてカメラマンに声をかけられる。彼は有名ファッション雑誌のカメラマンで,プレイヤーは彼に「モデルになってほしい」とスカウトされるのだ。
成長したプレイヤーはファッションモデルを目指してモデルスクールへ入学し,世界を飛び回ってモデルとしての実力を身につけていく。ストーリーはおまけ程度のものではなく,プレイヤーがモデルとして成功するとともに進行していくので,没入感のある作品に仕上がっている。
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ファッションのカスタマイズは,用意された衣装から選ぶ方式だ。背景も設定でき,公園や港,高原や宇宙など,複数種類から選択できる。もちろんシールとの連携もあり,撮影することによって自動でプリントされる。かなりシールカートリッジを消費するが,ゲームの進行とともに本体機能を使っている感覚は楽しい。
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カスタマイズは「あにめらんど」ほど凝ってはいない。キャラカスタマイズも簡素なので,愛着という点では「あにめらんど」にやや劣るが,しかしファッションの種類自体は非常に豊富なのでいろいろな服を楽しむファッションゲームとしては楽しい。
現代の子供にも通じる憧れの職業・モデルを目指すというストーリー体験とともに本体の機能が楽しめる点で,「ルーピー」の魅力を味わうには最適なゲームといえる。
愛らしい物語かと思いきや……奇想天外アドベンチャー「わんわん愛情物語」
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最後は,アドベンチャーゲーム「わんわん愛情物語」だ。カセットのラベルやタイトルの雰囲気を見ると,人と犬のハートフルな物語といった印象を受けるが,実際はもっとメルヘンだ。
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あらすじはこうだ。父から犬をプレゼントされた主人公が,おすわりやボール投げを教えていた。公園で犬と遊んでいると,突如として人形のような小さな女の子が現れる。彼女によれば,あなたの思い出で作られた国・〇〇(プレイヤーネーム)ランドが野菜たちによって支配されてしまい,記憶から思い出が消える危機に陥る。あなたは〇〇ランドを救い,思い出を守らなければならない。
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ゲームプレイはアドベンチャーゲームらしく,基本的には読むだけで楽しめる。野菜との戦闘においては簡単ななぞなぞやミニゲームをこなす必要がある。
〇〇ランドは思い出の国なので,かつて持っていたぬいぐるみや,昔なくしてしまった三輪車,亡くなってしまったおじいちゃんや昔飼っていた犬などがいる。
なお,本作と「ドリームチェンジ」は,「俺の屍を越えてゆけ」「高機動幻想ガンパレード・マーチ」などで知られるアルファ・システムが開発を担当している。脚本は「ファイナルファンタジー」第1作目〜第3作目の脚本を手掛けた寺田憲史氏が手掛けている。
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最初はハートフルな印象だったが,突如としてメルヘンになり,そのうち感傷的になっていく。序盤30分だけのプレイでも引き込まれる物語展開となっていて,クオリティの高さを感じた。
本作におけるシールの活用は抑えめで,物語の最後で使えるのみであるようだ。シール機能がメインではない作品がローンチに用意されていたのは,本機がしっかりゲームプラットフォームとしての展開を視野に入れていたのではないかと感じさせる。
女の子にとっての「シール」の魅力
紹介したソフトを見て分かるとおり,「ルーピー」向けソフトは,アクションゲームやRPGといった当時のゲーム業界の主流ゲームから外れ,アドベンチャーゲームやツール的な側面の強い作品が多かった。それはひとえに,「シール機能」を重要視していたからだろう。
では,シールというのは女の子にとって何が魅力だったのだろうか。デコレーションの楽しさ,収集欲などその理由は複数考えられるが,筆者の考察と当時若者だった知人へのヒアリングを組み合わせて浮かび上がってきたのは,「共有できること」なのではないかというものだ。
シールはその携帯性が魅力のひとつだ。私物に貼って飾ってもいいし,ノートに貼って収集してもいい。シールそのものが小さく持ち運びやすいので,友達と見せ合ったり,交換し合ったりという楽しみ方がしやすい。いわば,コミュニケーションツールの一環として楽しまれていたというわけだ。
「ルーピー」の「あにめらんど」や「ドリームチェンジ」で可能なカスタマイズは,プレイヤーの自己表現の場を作り,見せ合う楽しさを拡張させる点で,非常に価値のある体験に仕上がっている。
奇しくも,「ルーピー」発売の3か月前である1995年7月には,アトラスの業務用「プリント倶楽部」がリリースされている。もっとも,初期の「プリント倶楽部」はデコレーションや落書き,補正など機能はなく,写真を撮ってコピーし,シールにできるというシンプルな作りをしていた。
この2つの成り立ちはおそらく違うところから来ているが,シールを使ったゲーム(あるいはソフト)が同時期に登場していたのは非常に興味深い。
連載「女児向けゲームの黎明」のおわりに
「ルーピー」は,当時盛んだったゲーム機同士のシェア争いにおいて蚊帳の外だった。開発者は不明であるし,当時の一次情報も乏しい。どれだけゲーム市場で戦おうとしていたのか,そもそもゲーム機ではなく女の子向けのおもちゃ的な立ち位置だったのではないかとも一瞬考えたが,「わんわん愛情物語」が非常にしっかりしたアドベンチャーゲームだったことを思うと,PlayStationやセガサターン,NINTENDO 64などに及ぶかどうかはともかくとして,「女の子向けのゲームプラットフォーム」を構想していたのではないかと思わされた。
「シール機能」が付いているという最大の特徴はゲーム機として見ると非常に特殊な立ち位置ではあるが,女の子向けのゲーム機・ガジェットという視点からみると,「シール機能」を搭載していることは自然に感じられる。第1回で扱った「Barbie ファッションデザイナー」を含め,初期の女児向けゲームは,現実のおもちゃをフックにして女の子たちを夢中にさせようとしていたのかもしれない。
女児向けゲームの黎明:第1回は「Barbie ファッションデザイナー」。アメリカの女児ゲー市場を作り上げたパイオニアをレビューする

「女児向けゲームの黎明」は,80年代から90年代にかけて生まれた最初期の女の子向けゲームをレビューする短期連載だ。第1回はアメリカで殿堂入りを果たした大ヒット作「Barbie ファッションデザイナー」を取り上げ,実際に遊びながらその歴史的意義に触れてみよう。
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連載「女児向けゲームの黎明」は,ひとまずここで終了となる。短いあいだだったが,筆者にとっても多くの学びがあり,またそれを伝えたいと強く情熱を持って執筆できた有意義な連載に仕上がったと思う。興味深く読んでいただけたのであれば幸いだ。
この連載を始めたきっかけは,2023年にアメリカのストロング国立演劇博物館がビデオゲームの殿堂として認定した「Barbie ファッションデザイナー」が歴史的に重要なゲームであるにもかかわらず,同作を語る日本語のテキストが見つからなかったためだ。ひいては,そもそも「女児向けゲーム」を歴史的に紐解くテキストは世界でもWebに現存しているものが非常に少なく,どこかのメディアで残しておく使命感に駆られた。
この連載を通じて感じたのは,少なくとも80年代〜90年代頃は,ゲームは「男性の遊び」という風潮がある程度あったのではないかということだ。もちろん,ファミコンを楽しんでいた女性の話もよく耳にするし,「パックマン」がカップルでも遊べるようにデザインされたという有名な逸話もあるので,まったく目を向けられていなかったとは思わないし,否定するつもりもない。ただ,当時の業界の流れとして,女の子はターゲットではないと感じる人,あるいはそう考えていた開発者は一定数いたのではないだろうか。
そんななか,女性・女児向けゲームの開発者は,キュートなビジュアルや他メディアの作品の翻案,現実のおもちゃを組み合わせた特殊な遊びを入れ込むことで,手に取ってもらおうと努力していた。商業的に成功したと言いづらいものもあるが,ただの「失敗作」として語って片付けるだけではなく,女性・女児にとってどのような価値があったのかは,当時の状況も鑑みて考察し,語っていく必要があったと感じている。
そしてそれは本連載である程度アウトプットできたが,まだまだ女性向け・女児向けゲームには語り手が必要であり,語られるべき作品は多いとも思う。連載のような記事ベースのテキストだけでなく,SNSに気軽に書き込むだけでも,記録になりえると筆者は考える。
昔女児向けのゲームをプレイしていた人,筆者のようにいま改めてプレイして振り返る人,新しく女児向け・女性向けゲームを遊ぶ人には,どうか思い出やプレイした感想を書き残してほしい。
当時に比べると,現代は女性向けゲーム市場は非常に大きくなったし,そもそも幅広いプレイヤー層が楽しめるゲームが市場に溢れている。どんな性を持つ人,どのような身体を持つ人でも,等しくゲームを楽しむ権利があり,どんなゲームを遊ぶのも自由なのだ。ゲームという娯楽が,今後もすべての人が楽しめるものとして発展していくことを願う。
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