連載
蓬萊学園の揺動!
Episode04
この学園を救ったりなんだりするはずだが一体どうやってそれを成し遂げるのか当人はもちろん作者もよく分かってないっぽい主人公は、旧図書館に入館した!
(その4)
床を這う霧だか靄だかが、しばらく前から段々と濃くなってきたのを、わたしたちは気づいていました。
いましたが、あまりにもその事実を認めるのが恐ろしくて、誰も口に出そうとはしなかったんです。なぜって、みんな乙女ですし。わたしも、紫苑さまも、アミ先輩も、京……太くんはえーと名誉乙女ってことで。可愛いし。可愛いは正義! 文句あるか!
あれ、そういえばアプちゃんて牡でしたっけ牝でしたっけ。と、そんなよしなし事を考えているあいだにも、実をいえば、
ずりっ、ずりっ……
その物音はずうっと聞こえていたのです。わたしたちの後ろから。
物音。這いよる物音。這い寄る、這い寄る……
「……混沌?」
「そよっち、なに言うとんの」
「いえその」
ですが、そんな幸福で無知な時間は、やがて終わりを告げました。旅団本部で渡された地図によれば、まもなく地下へつながる階段がある、というその瞬間――わたしたちの眼が、それをとらえたんです!
悲鳴!
わたしのと、それから京太くんのと。
彼のほうが半オクターブ高かったですけど、音量ではわたしの勝ちでした。
巨大なそれ――書棚を三つ合わせたよりも大きく、ヌラヌラと冒瀆的な灰緑色にぬめっているそれは、さっきまで後ろから這い寄ってきてたはずなのに、とつぜん目の前に現れたのです!
ずるい!
ゲームキーパー、そういうの良くないと思います! 責任者呼んできてください! あ、待って、やっぱ呼ばないで!
「逃げろ!」
「どっちや、北白川!」
「……左!」一瞬の判断。さすがわたしの愛する紫苑さまです。その美しい御髪、華麗な指先、長くほっそりとした脚。
「ってそよ子さん、そんな細かい描写してると、あいつに掴まりますよ! それでなくとも最近のラノベは描写がアレだなんだと炎上しやすいのに!」
ずるり、ずるり。どさり。どさり。
疣が、無数の疣が! 体液が!
「みんな早く!早く!」
「あの曲がり角の次が階段や!」
ずるり、するするする――ああ、細長い無数のそれが、ぺたり、ぺたり……わたしの靴に、くるぶしに、脚に! せめて触手にして!
「子猫ちゃん!」
「もうこんなのイヤー!」
息が切れそうになって、もうこれ以上は無理! マジ無理! 本気と書いてマジ無理!
ずるり――べしゃり――どさり、どさり、ぐしゃり……
「こっちです、そよ子さん! あとはあなただけ――」
無理無理無理、無理無理無理無理無理無理無理無理無理〜! ムリーヴェデルチ! でも読みは「さよならだ」!
とブチャラティさまになりきって現実逃避に大成功してから、ようやくわたしは狭い螺旋階段の真ん中あたりに崩れ落ち、扉が大きな音を立てて閉じられ、背後から追いかけてきたあいつの気配が消えていることに気づいたんです。
「みんな無事かい? 小猫ちゃんは?」紫苑さまの、激しい呼吸の隙間から優しいお言葉。ああこの方は本当の紳士!
「地下一階やっぱキッツイわぁ、話には聞いとったけど」アミ先輩も螺旋階段の手すりにつかまって、青ざめた顔。でもさすが、息は切らしてません。
「それにしても」と京太くん、「あいつが……これまで幾多の返還旅団壊滅の原因と噂されてきた、あいつの正体が――まさか、あんな大きな……しかも表面積が…あれ全部、皮膚でしたよね?」
「そうです! そうです! でも思い出させないで!」わたしは激しく揺れてます。螺旋階段さんもちょっとだけ揺れます。「だって、だって……旅団員何人ぶんに相当するんです? 普通の革表紙本だって、牛さん一頭使うって聞いたことが」
「いやあ、そんなでもないですよ。えーと正確には……あれ、Wi-Fiの調子が悪いな……一頭で分厚い欽定訳聖書1ダースくらいはいけますね。もちろん全部を使えるわけじゃなくて、上質の部分をこう切り分けて……」
「じゃあ残りの皮と、あと肉とか骨とか内蔵は」
「他の業者が利用するんじゃないでしょうか。例えば食用に……」
「なるほど、それは効率的ですね……ということは、この旧図書館のどこかに精肉用の施設が」
「うーんどうなんでしょう。外に運び出すのかも。それよりも、あの栞紐、気づきましたか。あれ、遊び紙と同じ素材でしたよ」
「ああ、そうそう! あれが脚に絡みついてきた時はもうダメかと思いました、わたし! ――でもあんなふうに加工するなんて」
「腸は馬鹿にできないですよ、総面積は小腸だけでもテニスコート一面分くらいありますからね。それを細長く裁断すれば、あのくらいには」
「じゃあページの活字は?」
「やっぱり焼鏝ですかねえ、皮膚ですから」
……などと活発に議論しているわたしたちの横で、紫苑さまとアミ先輩が、ものすご〜くイヤそう〜な表情を浮かべてこちらを見つめていることに気づいたのは、ずいぶん経ってからのことだったんです。心なしか、二人とも、階段の途中に座ってるわたしたちから、ゆっくり後じさっているようにも見えました。
「紫苑さま、お顔の色がすぐれませんけど、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、うん問題ないよ。それより先を急ごう」
やっぱりわたしの紫苑さま、素敵な紳士です!
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