連載
蓬萊学園の揺動!
Episode04
この学園を救ったりなんだりするはずだが一体どうやってそれを成し遂げるのか当人はもちろん作者もよく分かってないっぽい主人公は、旧図書館に入館した!
(その6)
わたしたちはアングリと口を開きっぱなしにしながら、早々にバルコニーを立ち去りました。京太くんは幸せそうにアミ先輩の胸の中でおやすみ中です。念のいったことに、親指をチューチュー吸ってます。あまりに幸せそうなので、つい一発殴りたくなりましたが我慢です(それとも猟奇研所属の彼にとっては、あの無限の書棚絶壁を見たほうが、幸福だったのでしょうか?)。
しばらく進んでから、地下四階へと続くルートが見つかりました。アプちゃんが鼻先を廊下の壁にスンスンしていたら、壁の一部がパコンと奥へ開いたんです。そこから先は細い螺旋階段。これだけはしつこく同じデザインです。背景担当に支払う人件費が足りなくなったのでしょうか。
地下四階――これこそが今回の目的地です!
「おっ、こう来よるんかい」
「おやおや、これは……」
「なんてこと!」
驚くべきことに、わたしたち(のうち、少なくとも意識があって言葉を発せるメンバー)は、ほとんど驚きませんでした――と言いますか、ほとんど驚かなかったことに驚愕していたのです。
そこは、ひどくまともな風景でした。
普通の図書館、と言っても良いくらいです。天井までは二メートルちょい。きれいに並んだ本棚。ぼんやりと間接照明。変な臭いもしなければ這い寄るピンクの栞紐の群れもいません。
旧図書館の中に普通の図書館ぽい場所が!
なんてメタな衝撃なのでしょう。
「……で、その四冊、どこにしまえばいいんだっけ?」
紫苑さまが、冷静にアミ先輩へ尋ねます。
「えーとやね……」
手元のスマホを操作しながら、まわりを見回すアミ先輩。
わたしたちがいるのは丸い広間のような場所で、そこを中心に本棚さんたちは放射状に並んでいました。十二本の本棚の列、十二本の通路。
と。
その通路の一つから、大きな――といっても先ほどの無限大吹き抜けに比べたら、米粒みたいなもんですけど、大きなものが音もなく現れたんです。
もの、としか言いようがありません。
でもがんばって描写してみましょう。
まず、空中に浮かんでます。書棚さんたちのあいだ、通路のど真ん中、床から2メートルくらいのところ。まったくの無音です。
色は……紫を基調にして、青緑、くすんだ紅、灰色の線だか縞だか、所々に黒い斑点。明確なデザインの結果とも思えるし、混沌の塊にも見えるし、意図があるような無いような、そもそもどっちを上にして眺めれば良いのかもよくわかりません。名状しがたい、とはまさにこのこと。
そして何より重要なのは、多面体だということです。
でっかいサイコロ、専門用語でD12とかD20とか呼ばれる、ああいうやつに似ています。
縦・横・奥行き3メートルくらいはある多面体。しかも浮かんでるやつ。糸で吊っているわけでも、磁石で反発させているのでもなさそうです。もっと、こう、自然に……悠々と、浮かんでいるのです。
――なので、わたしたちは、口をポカンとあけて、そのものを見上げるしかありませんでした。
「正二十面……いや十二面体か?」と紫苑さま。「あれ、それにしては……」
わたし、じいっと目をこらします。
その正十二面体(たぶん)の各面には、見たこともないような印が刻まれていました。印の数は、面によって異なります。ほんとにサイコロみたい。
「えーと指示書、指示書……あ、これや」とアミ先輩がスマホをいじります。「『四冊の書籍は、地下四階の正多面体の第四面に挿入すること。そこから先は……迷わず行けよ、行けばわかるさ! DAAAAHHH!』ってなんでやねん」
しかたなさそうにアミ先輩、そっと左側に回り込んで、首を伸ばします。さすがの先輩も、この(あらゆる物理法則に反して空中に浮いてる)物体にはあんまり近寄りたくなさそうです。
「えーと第四面、第四面……」
アプちゃん&わたしは右へ。
紫苑さまは、大胆にも真下を覗こうとかがみ込みます。
「八、九、……あれ、この印はさっき見たぞ?」
「十二、十一……これ回転してるから、わかりにくいです!」
そう。
その大きな多面体は、ゆっくりと、ちょうど惑星が自転するように、右回りに動いているのです。
あ、今度は別の軸で上下に回りだした!
と思ったら今度は左回りに斜め上向きのひねりを入れて来やがります! ますます数えにくい!
「ここが五だから……こっちが、四のはず……あれ違った、十三だった!」
わたしの声に、紫苑さまとアミ先輩が、
「ん?」
「なんて?」
そう。
そうなのです。
その瞬間――わたしたちは動くのをやめました。しゃべることも、考えることもやめました。
――正十三面体。
正多面体とはすべての面が合同の多角形から成り、発見者にちなんでプラトンの立体とも呼ばれ――そんな百科事典みたいな文章が頭の中で閃いたかと思うとすぐに消えてゆきました。わたしも、京太くんのようにWi-Fiを聞き取れるようになったのでしょうか。
でも。
でもでもでも。
正十三面体。
この宇宙では存在し得ないはずの。
そして空間が反転しました。
と説明するしかないのです。とにかく空間がめくれ、折れ曲がり、ゆっくりと裏返しになってくのを、わたしは感じました。
続いて今度は時間が暗転を開始しました。眩しいばかりの暗黒が、はるか彼方の眼前で、すべてを覆い尽くそうとしました。
「逃げろ!」
それは本能的な声、本能的な動きでした。
アミ先輩が、京太くんを大事そうに両腕で抱きしめたまま、通路の奥にむかって走ってゆきました。
紫苑さまが右へむかって駆け出しました。華麗な動きです。わたしは必死に紫苑さまのあとを追いました。
空間が、めくれます。
どっち? 出口はどっち?
時間が明滅します。
出口はどっち?――
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