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印刷2007/09/26 20:54

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ウィリアム・ギブスンにおける「サイバーパンク」とは? 第14回:『クローム襲撃』→SF,サイバーパンクモチーフ

 

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『クローム襲撃』
著者:ウィリアム・ギブスン
訳者:朝倉久志
版元:早川書房
発行:1987年5月
価格:571円(税込)
ISBN:978-4150107178

 

 かつて,「サイバーパンク」という言葉があった。
 もちろん今でもその言葉は存在する。「攻殻機動隊」はサイバーパンクの文法上にあるし,「シャドウラン」は元来,サイバーパンクそのものだ。「BioShock」はサイバーパンクから派生したスチームパンクの文法を背負っているし,スポーツ系のSFモチーフFPS(Halo,Unrealなど)もまた,サイバーパンクなブラザーだ。
 だが我々はもはや,それらの作品が「サイバーパンク的」であることを格別意識しない。かつてSFにおける最先端であるとともに異端でもあったサイバーパンクというムーブメントは,いまやSFであるかどうかを問わず幅広いジャンルに溶け込み,サイバーパンクであるということに対して特別な意識が発生しないくらい一般化している。要するに,サイバーパンクはもはや日常なのだ。

 だがサイバーパンクという言葉が生まれた頃,サイバーパンクは決して日常ではなかった。サイバーパンクの最初期を作ったブルース・スターリングの「スキズマトリックス」やウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」,ジョージ・アレック・エフィンジャーの「重力が衰えるとき」が発表された1980年代中頃,「電子ネットワークが日常社会を覆う」「コンピュータが仮想現実を生み出す」「人間が機械と積極的に融合する」「巨大企業が国家レベルを超えた支配を達成する」といった概念は,十分に斬新だった。
 また,技術の進歩によって発展的な未来が訪れることを必然的帰結と考えない,という観点からそれらのギミックを扱うところも,サイバーパンクの重要なポイントだった。旧来のSFにも,そういう前提に立った作品はあったが,サイバーパンクはそうした明るくない未来を,最もスタイリッシュに描いた作品群だったのだ。

 そしてこのスタイリッシュさに,サイバーパンクの悲劇があった。サイバーパンクが持ち込んだギミックがあまりにスタイリッシュだったため,サイバーパンクという文法が人口に膾炙するにつれて,「サイバーパンクな感じのギミック」だけがサイバーパンクたる要件となってしまった。結果,現実世界が近未来SFたるサイバーパンクで描かれた技術や状況を実現していくにつれて,サイバーパンクの持つエッジは失われていった。
 しかし,ロケットが飛べばSFであるという議論が極論でしかないように,小型でハイパワーなコンピュータを駆使してハッカーがデータバンクを襲撃すればサイバーパンクであるという議論もまた,あまりに一面的に過ぎる。

 では,そもそもサイバーパンクとはいったい何だったのか? それは来るべき日常を,格好よく誇張して描いただけの作品だったのか? これは簡単な問いではないし,おそらくあらゆるサイバーパンク作品で通用する定義付けなどできない。だが少なくとも,ウィリアム・ギブスンにおける「サイバーパンク」が何であったのかは,『クローム襲撃』(1986年)で鮮烈に描かれている。

 『クローム襲撃』はギブスンのサイバーパンクを端的に描き出した初期作品集であり,その精神は「ニューロマンサー」(1984年),「カウント・ゼロ」(1986年),「モナリザ・オーバードライブ」(1988年)というサイバーパンク3部作に受け継がれていく。1980年代を過ぎても,彼の作風はさらに「バーチャルライト」(1993年),「あいどる」(1996年),「フューチャーマチック」(2000年)の新3部作へ続く。
 『クローム襲撃』の中でとくに注目したいのは「記憶屋ジョニィ」(1981年。のちに「JM」として映画化)である。この作品はサイバーパンク世界を作るさまざまなモチーフにあふれているが,とりわけ重要なのはヒロインであるミラーシェードの女・モリィと,主人公を狙う殺し屋との決闘シーンだ。

 短編なのでストーリーに踏み込んだ説明は避けるが,最終的にこの決闘は,テクノロジーであったり,筋肉の量であったり,テクニックであったり,用意周到さであったりといった一般的な価値の差によって決着しない。ましてやサイバーパンク的ギミックの差など,一顧だにされない。
 この決闘の明暗を分けるのは,誤解を恐れずに言えば,アートであった。より芸術的であったほうが生き残り,自らの芸術性の限界を見せつけられた者は死を選ぶほかなかったのだ。
 世界を変える,あるいは世界の根底となっているのは,テクノロジーではなくアートなのだという主張は,これ以降の作品にも引き継がれていく。ギブスンのサイバーパンクにおいて,あらゆるギミックはその本人のアートを表現する手段であり,アートを表現することこそが生きることの本質として描かれる。

 そしてそのアートは既存のメソッドや価値には縛られないし,表現者の定義すら問われない――表現者にとってそれが必要なら,ありとあらゆる技術を無駄遣いしてでも作品を作るべきだし,あるいはAIだってアートが表現できるなら生きているのだ。だって,「サイバー」で「パンク」なんだから。
 この愛すべきナイーブさとエキセントリックさ,そして猥雑な多様性に価値を見出す態度こそがギブスンのサイバーパンクであり,サイバーパンクという異端を大きな潮流たらしめた原動力の一つであるようにも思える。そしてその態度の尖りっぷりは,ギミックの技術的新鮮さが失われた現在でも,十分な輝きを放っている。

 ともあれ,SF系FPSを遊んでいる人ならば,自分がどういう世界でゲームを遊んでいるのかを確認するうえでも,一度は読む価値のある作品である。また「アイドルマスター」や「初音ミク」に首ったけという人は,『あいどる』も強くお勧めする――デジタルなバーチャル存在に対し「○○は俺の嫁」と表現する発想が,1996年にはすでにアメリカで文学化していたという衝撃をご堪能あれ。

 

まあ,「サイバー」であることは,さておきまして

とりあえずパンキッシュな生き方を選択?

 

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■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
当サイトでは連載「ハーツ オブ アイアンII 世界ふしぎ大戦!」をはじめとして,Paradox Interactive作品を扱った一連の記事でお馴染みのライター。版元/編集プロダクションの一員として,本を書く側でもあるわけだが,この人の読書傾向も一筋縄ではいかない広がりを持つ。最近読んだ本の話題が,最近プレイしたゲームの話題に劣らず危険な匂いを漂わせているといった感じで,例によってそれを「どこまで出すか」が課題だったりする。
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