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[TGS 2011]ソーシャルゲームとコンシューマゲームを分けるのはもう古い。ベテランゲームクリエイターによるパネルディスカッション「有名プロデューサーがソーシャルゲームを切る」がGREEブースで開催
参加者一覧
遠藤雅伸氏
日本デジタルゲーム学会理事研究委員
モバイルゲームスタジオ取締役会長
「ゼビウス」「ドルアーガの塔」など,日本のアーケードゲームのレジェンドともいえる作品をデザインしたプロデューサー。ファミコンでも「ファミリーサーキット」の制作や「ウィザードリィ」の移植を担当するなど,ヒット作を多数持つ。モバイルゲームにも初期から参加している
稲船敬二氏
comcept
CEO/コンセプター
「ロックマン」「バイオハザード」「ロストプラネット」「デッドライジング」など,初期から現在までさまざまなヒットゲームをコンシューマ機でプロデュース。アクション性のあるゲームと,ワールドワイドな展開にこだわってきた。近年,独立してcomceptを設立
土田俊郎氏
グリー
メディア事業部ゲームクリエイター
「アークザラッド」「フロントミッション」など,RPGや硬派なストラテジーなど,さまざまなゲームを手がけてきたプロデューサー。「ファイナルファンタジーX」「ファイナルファンタジーXIII」のバトルシステムのディレクションも手がける。「ルールを理解して敵を倒したときに,達成感を感じるゲーム」を目指してきたという。2011年3月にGREEに参加,ソーシャルゲームの開発を手がける
既存のゲームとソーシャルゲームの違い
これに対して稲船氏は,「20年以上ゲームの歴史を見てきた中で,いま新しくソーシャルゲームという歴史が生まれようとしている」とし,「僕自身,ゲームの変化を見てきた人間なので,あまり違和感はない。こういった変化は普通のことだし,そこで面白いことをやればいい」と語った。
土田氏も同様に「ソーシャルゲームは,時間やタイミングを選ばず遊べる。それが,ゲームをプレイする可能性を広げている」と指摘する。
そこで遠藤氏は,両氏がコンシューマゲームを作っていたときに大切にしていたものは何かを尋ねた。
稲船氏は,「やはり世界観やキャラクターの背景にある性格,そういったものが,ゲームシステムと同等かそれ以上に大事。RPGだけでなく,アクションゲームを作っていた僕も世界観やキャラクターは大切にしてきた」と語る。
「ゲームにとどまらない,映画や漫画,ドラマ,アニメ,キャラクターグッズへの広がりを常に意識していた。(ゲームは)開発費が大きいので,回収手段を大きく考えなくてはならない。ゲームだけで収益をあげることを考えていると,プロデューサーの立場としては辛い。コンテンツの広がりは,プロデューサーとしてあらかじめ用意していた」という稲船氏の言葉には,コンシューマゲームの開発に必要な予算の巨大化が感じられる。
土田氏は「フロントミッションという作品は,コンシューマの中でもニッチよりの作品。それもあって,兵器の重量感や大砲を撃ったときの空気感を表現することにこだわった」と述べた。またファイナルファンタジーのときはバトル担当だったので,世界観やストーリーは担当者に任せ,「敵を倒して前に進んだときに,やった! 俺だからこそやれたんだ! という感覚を持ってもらう。そういうシステム的な面白さで,プレイヤーを魅了することを心がけた」という。
プレイヤーにどう時間を使ってもらうか
稲船氏は「総プレイ時間をあらかじめ想定している。6000円,7000円という値段のゲームが,3時間で終わってはマズい。アクションゲームでも,10時間,20時間以上遊べるゲームを,開発予算とのせめぎあいの中で作っていく」と語った。そのうえで「全体が20時間だとしたら,20時間のなかで起承転結をつけていく。ここはソーシャルゲームと明らかに違うところだ」と指摘した。
遠藤氏はこれについて,「コンシューマゲームの場合,デザイナー側には,途中であきらめてしまうプレイヤーを出したくないという思いがある」と語る。しかし,「実際には最後までプレイする人は少ない」という稲船氏の言葉には,遠藤氏も強く同意した。
「作る側は,最後までプレイしてくれるだろうという前提で作る。だから,そこにちょっと乖離がある。調べたことはないが,買った人の半分がゲームを最後までクリアしているとは思えない。また,ゲームが難しいという以前に,プレイする時間がとれない場合もある」と稲船氏は語る。
ただし,「1回のプレイ時間に気をつけなくてはならない。コンシューマではテレビの前に座って,1時間は遊んでもらえるという考えで作る。しかしソーシャルゲームは,電車を待つ5分でプレイできなくてはならない。そのプレイサイクルを考える必要がある」と土田氏は指摘する。
稲船氏はこの時間の管理という問題について,「3分から5分で,ゲームとしてではなく,ユーザーの気持ちとして完結することが大事。つまり,その短い時間に世界観をどう盛り込めるかだ。僕はソーシャルゲームでも世界観やキャラクター性を重視していきたいし,それによってゲームはもっと楽しくなるはず」と述べた。
世界観やストーリー性という点において,スマートフォンの高い表現力は大きな意味を持つ。この変化について稲船氏は,「PlayStation 3やXbox 360ほど表現がリッチになるわけではないが,従来のフィーチャーフォンとは綺麗さにしてもアクションにしても,まるで異なる」と述べ,「ユーザーが想像する世界から,実際に見せるところに変化している。ゲームに入りやすくなっているのではないか」と推測する。
土田氏は「スマートフォンでは,ジャイロを使ったAR的な要素まで含めて,3Dで世界を表現できる。また,タッチパネルは,深い階層を作らなくても,プレイヤーがやりたいことを実現できる」と指摘。作り手の可能性が増大していると述べた。
ソーシャルゲームの魅力
ではコンシューマゲームに対し,ソーシャルゲームの魅力とはどこにあるのだろうか?
土田氏は「日本のソーシャルゲームが,携帯電話で始まった」ことを踏まえ,「コンシューマゲームを作るときには,そのゲーム機がオンラインにつながるというだけでは,オンライン要素を前面に押し出すことはできない。なぜなら,つなげられないユーザーが確実に存在するからだ」と語る。これに対し,「モバイル/ソーシャルゲームのプラットフォームである携帯電話やスマートフォンは全員がオンライン。前提を考える必要がない。これは大きなメリットとなる」とする。
さらに,ゲーム専用機を買わなくてもプレイでき,気軽に始められるため,「プレイヤーの総人口が多い」ことも魅力であるという。「プレイヤーが多くて,全員が常にオンラインという要素は非常に大きい。作る側から見ると,ゲームの可能性が広がる」という言葉は,オンラインゲームという視点から見て納得できるものだ。
「最近では,コミュニケーションはコンテンツより上位にあると思っている。例えばデートで,映画を見に行こうと誘った場合,誘った側は映画を見に行くのが本当の目的ではない。コンテンツはコミュニケーションを加速するためのツールとして使われている」と語る遠藤氏は,「これと同じことがゲームでも起きている」と述べ,コミュニケーションとゲームという話題を提示した。
稲船氏はそれについて「GREEという会社がそれを体現している。GREEは,ゲームがたくさん並んでいることではなく,そのゲームを通じてコミュニケーションを取ってくださいという会社。そこに良いゲームがあれば人が集まりやすいし,良い人達が集まっていれば,面白いゲームが楽しめる」と指摘した。
ドライなコミュニケーション
これに対し遠藤氏は,「GREEはもともとソーシャルグラフ(実際の知人関係を前提としたコミュニケーションの輪)を構築していて,そこにゲームが乗る形。仲が良い友人とゲームを遊ぶのは,それだけで楽しい」と語った。「加えて,最近では見知らぬ人とゲームを通じて関わっていくことができる」のが特徴だが,ある意味でここにソーシャルグラフからバーチャルグラフ(ソーシャルゲームで構築されるコミュニケーションの輪)への変化があったのは事実だとする。
稲船氏はこの大規模なCo-op(協力プレイ)というモデルについて「協力してもらったから,協力し返してあげたいというところが日本人にある。従来のコンシューマゲームにはそういうコンティニュー感がなかった。ここはソーシャルゲームの強みだと思う」と語る。
ソーシャルゲームにおけるイベントも,他人との関わり合いの壁を下げる効果があると土田氏は語る。「普段はお願いしにくいことでも,イベントだから協力してくださいというエクスキューズが生まれる。イベントは,そういうきっかけとして機能する」と土田氏は述べた。
また,稲船氏は「まさにこういうパネルディスカッションのようなイベントが,ゲーム内イベントに通じている。新作ラインナップを流しているだけでは人が集まらないが,こうやってしゃべっていると人が集まってくる。これがソーシャルゲームの中でも起こっている。普段起きていること,やっていることを,ソーシャルゲームはゲームとして表現している」とした。
一方,ソーシャルゲームはオンラインゲームであり,ゲーム内部の人間関係に一種の中毒的な依存をしやすいのではないか,という懸念も一部で指摘されている。「ゲームの中ではヒーローでいられる」という遠藤氏の言葉は,ソーシャルゲームの利点であると同時に,弱点にもなりうるかもしれない。
これに対して遠藤氏は,ソーシャルゲームにはMMORPGほど強烈な依存を感じないと言う。土田氏もまた,「MMORPGと比べて,ソーシャルゲームのコミュニケーションはドライだし,ドライになるように設計されている」と語る。「自分の中のゲームがやりたいという気持ちが,行為となって伝わればいいというのがソーシャルゲーム。協力プレイにしても,イベントで受けた恩義を返さないと許さないという関係ではなく,恩義を感じてくれた人からお礼が帰ってくるとそれが嬉しい,そういうつながりがソーシャルゲームの良さ」であると指摘した。
ソーシャルゲームの今後と問題点
「今,GREEにはコンシューマゲーム開発者が急激に流入している」と遠藤氏は語る。これによってGREEのゲームはどのように変化していくのだろうか? 遠藤氏はまずハードウェアの変化について,スマートフォンは大きなアドバンテージとしつつ,一方でVitaの裏面タッチパネルを高く評価した。
稲船氏はソーシャルゲームがスマートフォンを含めた携帯電話ベースであることを認め,「必然的にハードウェアとしての制限はかかる」としたが,その一方で「Xperia PLAYのような,コントローラつきのスマートフォンも登場した。今後もハードウェアは進化していくだろう。こういった進化に対して,作る側がどう取り組んでいくかが面白いところ」と語る。
そしてまた「ソーシャルゲームで最初に思ったのは,操作系が押し付けられないことだ。ファミコン時代からコントローラの仕様は決まっていて,ハードウェアメーカーからそれを押し付けられていた。新ハードになるとボタンが増えたりしたが,主導権はハードウェア側にあった。しかしソーシャルゲームでは,どのようなUIにするかからスタートするし,そこにはチャレンジがある」と指摘する。
土田氏は,「フィーチャーフォンからスマートフォンになるというだけで,表現の幅は大きく広がった。プレイヤーが新しい場所に行けることを表現しようとしたとき,フィーチャーフォンではページ切り替えやFlashなどに頼るしかなかったが,スマートフォンでは,3Dでリニアな表現をすることもできる。よりコンテンツを好きになってもらう工夫はやりやすい」
また稲船氏は,スマートフォンのもつゲームUIとしての制限に対し,「ファミコン時代からゲームを作っていたので,そこに制限があるのは当たり前だと思っている。スマートフォンではボタンが直感的に機能しないというのであれば,それを前提として考えるのが仕事。そういう制限があったほうが実力が発揮できるし,制限に対応できる能力ができる。本物のクリエイターは,そんなことで文句は言わない」と語った。
土田氏もまた,「いいクリエイターは,文句は言わない」と述べるとともに,「ボタンを押す行為に固執して,パッドと同じ文法を持ち込んだらダメだろう。一方でフリックやスワイプは非常に直感的なので,得意,不得意を意識すればいいだけ」と指摘した。
しかし,スマートフォンそのものに文句がないと語る稲船氏も,その通信環境には言いたいことがあるようだ。「地下鉄に乗ると電波が切れてしまう。これだけ電車に乗る機会の多い環境で,電車に乗ったらつながらないというのは,スマートフォンを今後広げていくうえで障害になるのではないか」と語る。
遠藤氏は「地下鉄ではコンシューマゲームやればいいという考え方もある」と指摘したが,これについては「乗ってすぐ降りることもある。2駅,3駅の移動中,ちょっとゲームに触りたいというとき,ソーシャルゲームはとても便利」と述べた。
土田氏もまた,「つながるということが重要。つながれば,いくらでも面白くする自信がある。オンラインとオンラインでない,その微妙な隙間が減ってほしい」とする。
ソーシャルゲームとコンシューマゲームは対立しない
最後に,今回のパネルディスカッションのまとめを各氏が語った。
土田氏は,「ソーシャルゲームがこれほど話題になったのは,ゲームを遊んでくれるユーザーがそれだけ増えたということ。機械がどんどん高度化し,一方でみんな忙しくなっている。ゲームを遊んでくれる層が減っているという状態を,ソーシャルゲームは一気に変えてくれた。ゲームを作っている側としては,ユーザーのいる分野で,ユーザーの希望に合ったものを作りたい。その中で,よりやりごたえのあるゲームを作ってもいいし,5分で完結するものを作ってもいい。そこは住み分けができると思っている」と述べる。
遠藤氏もまた,「ソーシャルゲームとコンシューマゲームを切り分けるのは,もう古い」と指摘。そして「一時期,オンラインゲームとそうでないゲームの切り分けがあったが,今はもうない。それと同じで,やがてソーシャル機能はゲームの一要素になる。ソーシャル機能が必要,あるいはあれば面白いというゲームにはソーシャル機能がついていて,別になくてもいいようなゲームにはついてこない。どこに楽しさを求めるか,というところに進化していくと思う」と語り,パネルディスカッションの締めとした。
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