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印刷2007/09/12 21:16

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ゲーマーのための読書案内
コーヒーがたどってきた,ちょっと黒い歴史 第12回:『コーヒーが廻り世界史が廻る』→貿易/経営ゲーム

 

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『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』
著者:臼井隆一郎
版元:中央公論新社
発行:1992年10月
価格:714円(税込)
ISBN:978-4121010957

 

 季節は夏から秋へ。秋の夜長,長時間のゲームプレイにはうってつけの季節である。そして夜のゲームプレイのお供といえば,やっぱりコーヒーだろう。
 いや,自分は紅茶党だとか,エナジードリンクのほうが好みという人もいるだろうし,コーヒー好きといえども,1日や2日コーヒーなしで過ごすことは,そう稀ではないはず。コーヒーはあくまで嗜好品である。だからこそ,一次産品(農産物,水産物,鉱石など)としてコーヒーの国際貿易総額は原油に次ぐ,というデータには,ちょっと驚く人が多いに違いない。
 本書は,そうしたコーヒーが世界史に登場し,ヨーロッパ社会に根付き,そして国家経済に深く関わるようになるまでを,世界史上のエピソードと絡めながら描いている。著者はドイツ文学が専門の大学教授(執筆時)。逆にいえば,歴史や政治/経済は専門ではないのだが,それゆえ語り口は堅くはなく,飄々とした雰囲気を漂わせている。「茶飯時」の「茶」に「コーヒー」とルビをふるといった遊び心も随所に見えて,気軽に読める本でもある。もっとも,そうした語り口でありながら,内容は決して薄くない。1992年初版で,今なお版を重ねているロングセラーであるのもうなずける。

 イスラム社会におけるコーヒーの登場と定着を紹介する本書冒頭の第一章は,古い時代の異文化の趣に満ちたエピソードが多く,心和ませる歴史物語という感じ。このあと17世紀までにコーヒーはイスラム圏の重要な貿易産品になる,というのが第二章。ただ,その流通に関わっていたのがキリスト教貿易国家・オランダであったというのは,ちょっとしたトリビアだろう。そして17世紀の時点では,コーヒーはまだヨーロッパで多く消費されるものではなかった。
 それに続く時代,世界に進出した英仏は大きな社会的転換を迎え,近代市民社会が成立していく。その陰に,市民の集まる場所としてコーヒーハウスが果たした役割があったのだ,というのが続く第三章〜第五章。オスマン・トルコのウィーン包囲とコーヒーの関係,イギリスでコーヒー文化が衰退した意外な理由など,数々のエピソードが語られる。

 そして第六章・第七章では,「遅れてきた強国」ドイツが主役になる。植民地経営の歴史が浅いために経営で失態を繰り返す第一次大戦前のドイツの姿は,第二次大戦の日本の歴史にも重なるところがあるように思える。また大戦間期の経済に翻弄されるドイツやブラジルの状況はとても「苦い」。終章ではついに我が日本もちらと顔を見せ,第二次世界大戦と,現在に至る南北問題や,本書の出版時点ではごく最近の出来事だった東側の崩壊にも言及して,本書は締めくくられる。
 コーヒーという飲み物には,どこかしら知的な雰囲気や自由を感じさせるものがある。実際,かつてイギリスやフランスでは,新興の経済人や政治思想が,コーヒーハウスを舞台として生まれてきたのだ。だがその半面,その生産と流通は,コーヒー生産国が歴史的には押し付けられ,現在でも自力で脱却できない,モノカルチャー経済があることを再認識させられる。そうした光と影を感じつつ,我々はまたコーヒーカップを傾けるのだ。

 さて,「押し付けのモノカルチャー経済」は,歴史的/社会的事実としては改善されるべき問題である,というのは十分承知しているわけだが,しばしばそれをゲームとして楽しんでしまうのが,我らゲーマーの業の深いところである。植民地経営はその壮大な規模といいプレイヤーの前提知識といい,PCゲームにとって格好のモチーフである。

 商品作物のためのモノカルチャー的植民地経営といえば,前回引き合いに出した「ヴィクトリア レボリューション」が最もスケールの大きな例だろう。同じく前回触れた「トロピコ」だと,逆に植民地経済からの脱却が課題になる。とはいえ,商品作物を作らないことには外貨が手に入らないので,いきなりモノカルチャーを放擲できないのが難しいところ。現実とリンクした問題の所在が,ゲーム内で疑似体験できる。
 「ポートロイヤル2」には開発と貿易の両方の要素があるが,自国経済圏の需要を満たすのがテーマになっており,「創世記1701」はさらにその傾向を推し進めた感じのゲームだ。「やりとり」ではなく「必要なものを取りに行く」ほうが,パズル的な物集めにも似て,感覚的に分かりやすいのだろうか?
 ヨーロッパにおけるコーヒーの本格的な普及年代よりもやや遡ってよいならば,オンラインを含む「大航海時代」シリーズは,新大陸貿易をもクローズアップしたシリーズ作品だ。とはいえ「植民地の獲得と経営」を,最も重要な経済的側面からトータルにゲーム化した作品は,意外に少ないように思える。どこにゲーム性を求めるかという課題はあるものの,意外な盲点かもしれない。

 ゲームの話題から少々離れるが,近年,収奪的な生産方法を拒否した「フェアトレードコーヒー」が話題になることも多い。とはいえ,経済学的な見地からフェアトレードに反対する意見もあり,コーヒー生産が抱える問題は今後も続きそうだ。そんな現代の状況を,歴史的な背景から考えるという本来の視点からも,十分お勧めできる一冊だ。

 

原産地はアフリカ,イスラム圏を経てヨーロッパへ?

別に南米の作物ではなかったところがポイント。

 

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■■虹川 瞬(ライター)■■
「ニューアカ」の消長とヲタクの誕生に,パーソナルコンピュータと深く関わりながら立ち会ったPCゲームライター。当サイトでは「シヴィライゼーション4」の連載記事でおなじみだが,予想もつかないことに詳しいあたりが世代の刻印か。ライター業に留まらないスキゾな生き方が,どこまで狙いどおりでどのへんが単なる成り行きなのか,いつか聞いてみたい気がする。
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