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Access Accepted第842回:Electronic Artsの巨額買収で懸念されることと,その未来
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印刷2025/11/10 12:00

業界動向

Access Accepted第842回:Electronic Artsの巨額買収で懸念されることと,その未来

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 アメリカ最大のサードパブリッシャであるElectronic Artsが,9月末に550億ドルで現金買収されたニュースが,ゲーム業界を超えて大きな話題になった。アメリカの代名詞的なゲーム企業の1つとして,早くから「インクルーシブな企業文化」を標ぼうしてきた古参の企業が,サウジアラビアの国家ファンドが関わるコンソーシアムに買収されることになった背景を,同社の歴史と現状を踏まえて解説したい。


550億ドルという巨額買収を受け入れたElectronic Arts


 アメリカ現地時間の9月29日,「EA Sports」や「バトルフィールド」などで知られるElectronic Artsが,550億ドル(約8兆1780億円)で買収されることに合意したというビッグニュースが世界を駆け巡った。

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 米国時間2025年9月29日,Electronic Artsは,米国の投資会社であるSilver Lakeと,サウジアラビア政府系ファンドであるPIF,Affinity Partnersの3社からなるコンソーシアムによる買収を,取締役会が承認したと発表した。買収における評価額は,約550億ドル(約8兆1780億円)になる。

[2025/09/29 22:18]

 買収したのは,過去にはDellやMotorolaなどの大型投資を実現させてきたシリコンバレー系投資会社のSilver Lake,ドナルド・トランプ大統領の義理の息子が運営するAffinity Partners,そしてサウジアラビアの政府系ファンドであるPublic Investment Fund(PIF)の3社によるコンソーシアムで,全額現金で買収される事例としては過去最大であるという。

 この巨額買収には,JPMorgan Chase,Bank of America,Citigroup,Morgan Stanley,そしてBarclaysといった世界的銀行20社余りが参加し,全体の40%ほどとなる200億ドルを出資。コンソーシアムは,これまで売買されてきたElectronic Artsの2億6000万余りに及ぶ全株を1株あたり210ドルで買い戻し,同社は株式非公開企業になった。

 株式非公開化によって短期的な業績に縛られることなく,長期的な目標に向けて経営に集中できるようになるため,数年単位でプロジェクトが進行するゲーム企業にはメリットが大きく,敵対買収のリスクも軽減される。これにより,これまで12年にわたってElectronic Artsを率いてきたアンドリュー・ウィルソン(Andrew Wilson)氏が解任されることはなく,現状では従業員の解雇やスタジオの閉鎖調整などは行われない見込みだ。

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 Electronic Artsは,アメリカでも最古参のパブリッシャの1つ。ゲーム産業がまだ“産業”ではなかった1975年に,ゲームを生涯の生業にしたいという思いからハーバード大学在籍中に自ら「ゲーム理論学部」という修士課程を設計して大学側に認めさせたというトリップ・ホーキンス(Trip Hawkins)氏によって,1982年に起業された。

 ホーキンス氏は,Apple初のマーケティングディレクターであったが,Appleがゲーム開発に意欲を示さないことから,同社にいながらにしてElectronic Artsを発足させ,ゲーム好きなエンジニアたちを引き抜いたことで知られる。

 実際,創業当時のElectronic ArtsはApple IIをメインプラットフォームにした作品が多く,同社初のゲームになった「Hard Hat Mack」や,初のデジタルピンボール「Pinball Construction Set」,4人でプレイできるストラテジーゲーム「M.U.L.E」などが初期(1983年)のヒット作だ。

 さらには当時としては珍しく5年もかけてライセンス交渉やグラフィックスの開発を行ったという「John Madden Football」(1988年)が大当たりし,Electronic Artsのドル箱フランチャイズとなるEA Sportsが生み出される。また,「We See Father」(さらに遠くを見つめる)という広告を打ち,ゲームデザイナーやプログラマたちを“アーティスト”として宣伝するなど,アメリカのゲーム業界で早くから頭角を現していった。

ゲーム業界の見方が変わったといわれる,1980年代中期のElectronic Artsによる雑誌広告「We See Further」
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 一方でElectronic Artsは,一部のゲーマーからは「有能なデベロッパ潰し」といった批判を受けている。人気作品を生み出したメーカーを買収しては,少しでも失敗すると閉鎖に追い込むことで,ゲーマーが好きだったIPを埋もらせてきたためだ。

 1991年から2007年にかけてのラリー・プロスト(Larry Probst)氏のCEO時代には,Bullfrog Productions,Westwood Studios,Origin Systems,Mythic Entertainmentなどゲーム史に残る作品を開発してきたメーカーを次々と買収したが,それぞれ10年ほどで看板を下ろすことになってしまった。

 また少し前の2021年には,レーシングシムのライバルだったCodemastersを買収しながら,結局はそのIPを十分に生かせないまま傘下のCriterion Gamesに吸収させるとともに大量の人員整理を行っている。
 
 そのほか,ゲーム業界における超過労働という問題を浮き彫りにした2007年の「EA Spouse事件」,2017年にリリースされた「STAR WARS バトルフロント II」における「ルートボックス騒動」も触れておかねばならないトピックスといえるだろう。

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やがては100%サウジアラビア企業になるメリットと弊害


 Electronic Artsが買収先を探していたというのは,「第725回:Electronic Artsが自社の買収/合併を積極的に持ち掛け? その背景にあるもの」で紹介したが,Bethesda SoftworksやActivision BlizzardがMicrosoftに,Bungieがソニー・インタラクティブエンタテインメントに,そしてZyngaやGearbox SoftwareがTake-Two Interactiveに買収されたように,ここしばらくのゲーム業界は大型買収による再編の動きが顕著だ。

 AAAゲームの開発には多額の投資と高度な技術,そして膨大な人材確保が必要で,有名ゲーム企業でさえも生き残りのために,巨額な資本投資を模索していることが背景にある。

 Electronic Artsも,久々のシリーズ最新作で大きな評価を得た「バトルフィールド」をはじめとする多くのゲームのバックボーンである「Frostbite Engine」や,カーネルレベルのチート対策プログラムである「Javelin」,さらには「EA SPORTS FC」に見られるキャラクターアニメーション技術と,競技大会でも利用できるマルチプレイのノウハウなどを有している。

 長らく買収先を求めていた大きな理由としては,株式企業特有の第4四半期ごとに結果を出さなければならないという圧力を回避したかったことが原因であったといわれている。

ディズニーへの転身もウワサされていたことがあるアンドリュー・ウィルソン氏もすでにCEO着任から13年目を迎えるが,今回の買収で舵取りの交代はないという
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 Electronic Artsは2025年3月時点で1万4500人もの従業員を抱えているが,年間にリリースする新作や大型アップデートは10本ほどしかない。そのビジネスモデルは,リピーターに支えられるスポーツタイトルに加えて,「APEX Legends」や「The Sims 4」のように,収益の予想が付きやすい年季の入ったライブサービスにある。

 2024年度にリリースされたのは「F1 24」や「ドラゴンエイジ:ヴェイルの守護者」といった大ヒットにつながらなかったシリーズ作品や,「Tales of Kenzera: ZAU」という小粒のインディーサポートタイトルしかなく,2025年度の「スプリット・フィクション」や「バトルフィールド 6」などはヒット作を飛ばしたものの,そのポートフォリオは薄いといわざるを得ない。

 今回の巨額買収による株式非公開化は,開発者たちがリリース予定日や予算,さらにいえば発売後の成績に縛られることなく,よりチャレンジングな新作を作り上げるための土壌を再整備しやすくなることに直結する。ゲームパブリッシャとして非常にうま味のある買収劇だったといえるだろう。

 一方で,コンソーシアムをリードするサウジアラビアのPIFは,「第754回:油田からゲームへ。次世代ゲームハブへと転身を図るサウジアラビア」で解説したように,石油依存からの脱出を目指して産業の多角化を図る“サウジ・ビジョン2030”という政策を掲げており,5兆円を投じる計画を進めてきた。

手堅いコミュニティで支えられる「EA SPORTS FC」は,サウジアラビアのPIFにとって大きな魅力のあるIPだ
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 この買収前の時点でPIFは,Electronic Artsの9.9%の株式を保有する筆頭株主であり,アメリカ政府による買収の認証後には,コンソーシアムへの利益還元によって徐々に支配率を高め,最終的にロールオーバーによって株式100%を保有する完全な企業所有者になる予定だ。

 PIFは,サウジ・ビジョン2030を実現するためにeスポーツのイベントなどを開催してゲーム文化の育成にも取り組んでいるが,「EA SPORTS FC」や「F1」「APEX Legends」のような対戦型のゲームプレイを有するタイトルを獲得したのは大きく,今後こうしたIPが活用されていく可能性が高い。さらにいえば,20以上存在するElectronic Artsの開発スタジオをサウジアラビアに誘致し,国内でのゲーム開発を推進する可能性もある。

 しかし,BioWareタイトルに見られるように,ゲーム業界でも早くから「インクルーシブな企業文化」を標ぼうしてきたElectronic Artsが,サウジアラビアという保守的な国柄とマッチするのだろうかという懸念点があるのは確かだ。「APEX Legends」にも,設定上はLGBTQフレンドリーなキャラクターは少なくないし,スタジオ誘致した場合に女性開発者の扱いや生活水準が維持されるのか不安視する声も上がっている。
 また,銀行各社から獲得した200億ドルは支払い義務も生じるために,現実的な経営を考えるとさらなる人員整理やスタジオ閉鎖,資産売却などが行われるかもしれない。

 海外独立メディアのGame Lifeを主催するスティーブン・トティロ(Stephen Totilo)氏が内部情報として報じるところによると(関連記事),自身を含める幹部や従業員の解雇は予定されていないという。

 そして「Electronic Artsはクリエイティブコントロールを維持し,創造の自由とプレイヤーファーストの価値観という我々が積み立ててきた実績は,このまま維持されていく」ことを強調しているというが,その動きは流動的であると捉えるべきだろう。

サウジ・ビジョン2030実現に向けての大きな切り札になったElectronic Artsだが,その期待に応えることはできるだろうか?
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著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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