業界動向
Access Accepted第846回:ワーナー・ブラザース争奪戦の途中経過。Netflix買収案に殴り込みをかけたパラマウント・スカイダンス
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アメリカ時間の2025年12月5日,Netflixがワーナー・ブラザースを827億ドルにも及ぶ金額で買収することをアナウンスした。だがその3日後,同じメディア大手であるパラマウント・スカイダンスが1084億ドルでの敵対買収案を提示し,混乱の様相を呈している。現在進行形のニュースだが,これまでの歴史や状況を踏まえて経緯を深掘りしておこう。
12兆円を超える超ビッグな買収協議
ワーナー・ブラザースといえば,「ハリー・ポッター」「バットマン」「ロード・オブ・ザ・リング」「ゲーム・オブ・スローンズ」「ルーニーチューンズ」「バービー」など,だれもが知る有名IPを抱えている。
1923年に創業された同社は,ハリウッドの興隆と凋落を間近で見てきた。「一家にテレビ一台」の時代が到来した1960年代中期には,ポール・ニューマンやロバート・レッドフォードなどの若手俳優,さらにはスタンリー・キューブリックやマーティン・スコセッシといった若手監督を起用し,さらなる飛躍を遂げた。
そして1970年代にはテレビ業界にも本格参加し,1976年にはAtariに出資してゲームビジネスにも手を付けるなど,さまざまな方面で活躍の幅を広げてきた。
その後もメディア産業の変革に合わせて統廃合を繰り返してきたが,現在は動画配信サービスの一角を担うHBOおよびHBO Max,DC Entertainment,そしてCNNやTNT,Cartoon Networkなどを抱えるTurner Broadcasting Systemなどを保有している。
2018年には通信企業最大手のAT&Tに,ワーナー・ブラザースの親会社であるタイム・ワーナーが850億ドルで買収されたが,その後AT&Tはディスカバリーとワーナー・メディアを合併し,「ワーナー・ブラザース・ディスカバリー」を設立。AT&Tからスピンオフして現在に至っている。
現CEOのデヴィッド・ザスラフ(David Zaslav)氏は,ディスカバリー側からワーナー・ブラザース・ディスカバリーのトップに着任した人物であり,彼の指揮下でHBO MaxとDiscover+を統合し,Amazon Prime VideoとNetflixに続く動画配信ビジネス第3位に成長させてきた実績を持つ。
そんなワーナー・ブラザース・ディスカバリーだが,動画配信サービスがデジタル世代のエンターテインメントとして持て囃される一方で,コロナ禍以降の映画やテレビビジネスの斜陽は留まらず,売却先を模索し続けていたことは周知の事実だ。
そして現地時間12月4日,Netflixとワーナー・ブラザース・ディスカバリーが買収交渉を独占的に行うことで合意したというニュースが駆け巡り,その翌日に827億ドル(約12兆8400億円)で買収契約を締結したことがアナウンスされたのだ。これは,MicrosoftがActivision Blizzardを買収した,690億ドルを優に凌ぐものである。
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このスピード感でNetflixがメディア大手を巨額買収することについてハリウッドは危機感を示しており,全米劇場所有者協会のマイケル・オライリー(Michael O'Leary)氏は,「Netflixの成功はテレビやストリーミング分野で築かれてきたものであり,映画館は地域文化と経済の基盤だ」と発言している。
ドナルド・トランプ大統領も,買収発表より事前にNetflix共同CEOのテッド・サランドス(Ted Sarandos)と面会したが,買収案の報告を行った人柄や姿勢を評価しながらも「市場占有が懸念され,問題になりかねない」と独占的買収について懸念を示している。
また,少し前となる10月のNikkei Asiaによるインタビュー記事ではあるが,ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントでハリウッドに足場を築いてきた十時裕樹氏は,巨額買収による資産掌握について,「良い原作を持つ小さな非上場企業との関係を育んでいくことが重要である」と,昨今の現状を批判している。
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我々消費者にとって,より良い買収先はどちらなのか?
ところがその3日後の12月8日。パラマウント・スカイダンスのデイヴィッド・エリソン(David Ellison)氏が,Netflixよりも高額となる,1株あたり30ドルの評価額――企業価値にして1084億ドル(約16兆8900億円)での敵対的買収提案を発表した。
ワーナー・ブラザース・ディスカバリーのザスラフ氏による売却プロセスが早急で誠実なものではないとし,株主に対してアピールする提案を示したわけだ。
現状でザスラフ氏は,「エリソン氏による関与は予想されていたこと」としており,取締役会と一丸になって買収認可まで取り組んでいくとしている。パラマウント・スカイダンスは1990年代に「ハリウッド史上最も激しい買収攻勢」を経験し,結果として1950年代からメディア・コングロマリットと台頭したバイアコムによって買収されたことがあるが,このワーナー・ブラザース・ディスカバリーを巡る争いも,それと同様に激しく,長引くことが予想される。
豊かな資産を持ちながらも多額の負債を抱えているワーナー・ブラザース・ディスカバリーが,いずれどこかに買収されることは仕方がないとして,消費者にとってより良い売却先はどこなのか。それは消費者の視点によって変わってくるのかもしれない。
もはや劇場で映画を鑑賞するどころか,テレビさえも時代に取り残されつつある現状では,Netflixが提供するサブスクリプションサービスにHBO Maxが統合され,さらに多くのコンテンツが楽しめるようになるのは,多くの消費者にとって大きなメリットとなる。
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それに比較して,パラマウント・スカイダンス傘下になった場合,早急なビジネスモデルの変更はなく,これまでと同様に劇場映画やテレビコンテンツに力を入れていくことは想像に難くない。エリソン氏もそれを保証するような発言をしている。
しかし,ストリーミング市場3位のHBO Maxと,2021年にスタートしたばかりで6位の市場シェアに甘んじる「Paramount+」が統合されるのは,同じ市場で競い合う両社の価格競争を生むことにつながるかもしれない。もちろん,Netflixだけでなく,ほかのサービスの価格も抑えられる可能性もあり,消費者に優しい市場効果がもたらされることは期待できるだろう。
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Warner Bros. Gamesのゲームビジネスはどうなる?
我々ゲーマーにとって興味深いのは,ワーナー・ブラザース・ディスカバリーのゲーム部門であるWarner Bros. Gamesがどうなるかということだろう。
2004年にゲームビジネスに参入して以降,「シャドウ・オブ・モルドール」のMonolith Productions,「バットマン:アーカム・ナイト」のRocksteady Games,「レゴ スター・ウォーズ/スカイウォーカー・サーガ」のTT Games,「モータル・コンバット」シリーズのNetherRealm Studios,「ホグワーツ・レガシー」を3400万本のヒットに導いたAvalanche Softwareなど,日本でも知られる著名なゲームスタジオを多数保有している。
しかし,Rocksteady Gamesが2024年にリリースした「スーサイド・スクワッド キル・ザ・ジャスティス・リーグ」が商業的に大きな失敗となり,「Wonder Woman」の開発に手間取っていたMonolith Productionsを2025年2月に閉鎖するという苦渋の決断をくだしたように,2024年以降は業績の低迷が続いている。
現地時間の12月8日,Netflixが公開した業績報告会の中で(外部リンク),同社共同CEOのグレゴリー・ピーターズ(Gregory Peters)氏は投資家からのゲームビジネスに関する質問を受けているが,「Warner Bros. Gamesが,彼らの分野で素晴らしい仕事をしてきたことは間違いありませんが,この買収協議が始まった当初から同ビジネス分野に何の価値も置いていませんでした。なぜなら,全体的な状況から見れば,それは比較的小さな事柄に過ぎないからです」と発言している。
Netflixもゲーム開発部門を抱えているが,ピーターズ氏はその統合について将来像を示さず,Warner Bros. Gamesの築いてきたゲーム資産に興味はある,という程度にとどめている。
現在,Rocksteady Gamesは「バットマン: アーカム」シリーズの新作に取り組んでいることが明らかにされている。ほかにも,Avalanche Softwareが「ホグワーツ・レガシー」の続編を進行しており,ウィザーディング・ワールド(ハリー・ポッター・ユニバース)を題材にしたMMORPGを計画していることも知られている。
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まだ噂段階ではあるものの,NetherRealm Studiosも「インジャスティス」の第3弾を開発中らしく,Monolith Productions閉鎖時にWarner Bros. Gamesが公表したように,「すでに地に足が付いている自社IPへの投資」を重視し,業績を好転させようとしてきたのは間違いないようだ。
Amazon Gamesが2億ドルを投じて開発されたとされる「New World」も,2026年末をもってサーバーがシャットダウンされる予定であることがアナウンスされたように,ほかの産業からゲームビジネスに参入するのは非常に難しいこととされている。
MMORPG「New World」のアップデート終了と2026年末のサーバー停止をアナウンス。Amazon本社が発表した大量解雇の影響を受けた模様
Amazon Gamesは,MMORPG「New World」の能動的なアップデートを終了するとともに,2026年末をもってサーバーを停止することを明らかにした。今月はシーズン10の開始と「Nighthaven」アップデートが実施されたばかりだが,Amazon本社がアナウンスした大量解雇の影響を受けたようだ。
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- ライター:奥谷海人
Netflixも,ゲーム開発スタジオとなるNetflix Gamesを2022年にフィンランドに設立し,最近でも「Hades」や「Monument Valley 3」など話題のインディー作品をフィーチャーしたり,鈴木 裕氏が手がける新作モバイルゲーム「Steel Paws」を配信予定であることをアナウンスしたりしてはいるものの,そのビジネスモデルはサブスクリプションサービス拡充の一貫でしかなく,ゲーム産業に重きを置いている印象はない。
ワーナー・ブラザース・ディスカバリーがどこに買収されるのかで,映像エンターテインメント産業とハリウッドの未来は大きく様相を変えることになるはず。そして,Warner Bros. Gamesへの投資によっては,ゲーマーからも信頼を得られることが予想される。映像エンタメとゲームの両面への影響について,今回の買収劇の行く末に注目していきたい。
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著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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