
レビュー
スペシャルゲストとともにその内部構造へ迫るレビュー後編
CM Storm Mizar,Alcor
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前編で宿題としていたのは内部構造のチェックだが,やはり,両製品を語るとなればこの人しかいないということで,今回は,ビット・トレード・ワンの梅村匡明氏をスペシャルゲストとしてお招きして,氏に,中身をチェックしてもらうこととした。DHARMAPOINT時代に「DRTCM37」「DRTCM38」を開発した氏は,MizarとAlcorにおける類似性や,CM Stormのオリジナル要素をどう見るだろうか。筆者との対談形式でお届けしたいと思う。
なお,本稿では,前編の内容を繰り返さない。未読という人は,まず前編をチェックのうえ,あらためて戻ってきてもらえれば幸いだ。
「Mizar」「Alcor」レビュー記事前編
DRTCM37&38開発者による
Mizar&Alcorチェック
BRZRK:
本日はどうぞよろしくお願いします。
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僕,どっちのメーカーにも関係ないんですけどね(笑)。
BRZRK:
今回はApple関係の記事とかでよく出てくる「事情をよく知る業界関係者」としてお招きしました。顔出しですけど(笑)。
使い勝手のレビュー自体は自分のほうでやりますので(※編注:インタビューの収録はテストと並行して行った),まずは「結局のところ,MizarとAlcorはDRTCM37&38と同じなのか違うのか」という部分を,ズバリお聞かせいただけないかと。
梅村匡明氏:
分かりました。そうですね……,評価するポイントは2つあります。工業製品として見た場合と,ゲーマー向けマウスとして見た場合とですね。
工業製品としてどうか,というのは,「どう作ってるか」に関わってくるんですが,ここは非常によくできている気がします。
BRZRK:
ほう。
梅村匡明氏:
僕らがDRTCM37&38を作ってから,その後,「コストダウンしろ」「作りやすくしろ」というオーダーが出たと仮定して,「そのオーダーに対して,やれることをしっかりやっている」と言えると思います。
ならゲーマー向けマウスとしてどうかというと,MizarとAlcorから,これといったコンセプトは感じられませんね。
BRZRKさんにはDRTCM37&38の開発に協力いただいたので,すぐ分かると思いますけど,僕ら,けっこう話したじゃないですか。
BRZRK:
DPI切り替えボタンは1個あればいいよね,とか。
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梅村匡明氏:
そんな切り替えることはないから,上か下かだけでいいんじゃないかとか。それと比べると,MizarとAlcorの仕様はむしろ逆行しているんですよね。最初にBRZRKさんへお見せしたコンセプトデザインに近い印象があります。
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あと気になったのは,Alcorだけレポートレート(=ポーリングレート)が125Hzだったことです。これもなぜなのかは分からないですけど,「退化」ではありますよね。
梅村匡明氏:
たぶん,マイクロコントローラはMizarとAlcorで変わってないと思うんですよね……。
BRZRK:
じゃあ開けて確認しちゃいましょうか。ええと,僕がやりましょうか?
梅村匡明氏:
慣れてるので(笑),僕がやりますよ。ソールがよれちゃうかもしれませんけど(と言いながら手際よくMizarとAlcorを分解し,両者のマイクロコントローラを手持ちのルーペで確認して)……同じですね。(メーカーは)Holtek(※編注:台湾Holtek Semiconductor)だ。
ならなんで(Alcorのレポートレートは)125Hzなんだろう? ともあれ,マイクロコントローラは同じだって分かったので,DRTCM37と38もバラしていきましょうかね。ファミリー感が出ていて面白いな。
BRZRK:
“お店”が広がって,楽しくなってきました(笑)。
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AlcorとDRTCM37の比較 |
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MizarとDRTCM38の比較 |
僕は「『センサー前へ』派」なんですが,Alcorはそれよりもさらに前に行ってるんですよ。でも,Mizarは下がってますね。
BRZRK:
ホイールの位置を揃えてやると分かりやすいですね。これ,なぜだと思います?
梅村匡明氏:
分かりません。なので推測にはなりますが,2製品の位置関係を見ると,「ゲーマー向けマウスとしてのコンセプト」に基づくものではないような気がしますね。Mizarに関していえば,「マウスのセンサーは真ん中にあるもんだろう」という話になったのかもしれません。
Alcorのレポートレートが125Hz固定というあたりも含めて,まずMizarがあって,その後,Alcorを戦略上の目的で差別化したのかも,といった感じです。
BRZRK:
マイクロコントローラが同じなら,やろうとさえ思えば,Mizar用のと同等の設定ソフトウェアを用意できるでしょうし。
梅村匡明氏:
Alcorの125Hz固定でこのスペックはちょっと盛り過ぎですしね。32bit ARMプロセッサでフラッシュメモリ統合ですから。
BRZRK:
そういえば,DRTCM37&38はARM系プロセッサ搭載じゃありませんでしたよね。
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そこは時代ですね。DRTCM37&38の頃って,「SteelSeries Sensei」が32bit ARMプロセッサを載せ始めたタイミングで,あれから各社一斉にARMプロセッサに移行した感じでした。僕らもあのまま(DHARMAPOINTが)続いてたら採用したでしょうし。
なので,MizarとAlcorのマイクロコントローラは,時流に乗った改良だと思います。プロセッサ自体の性能で言うなら,MizarとAlcorのマイクロコントローラは,DRTCM37&38より段違いで高くなってますね。設定ソフトが使えないAlcorだと,ポテンシャルは相当に眠っているということになると思います。
BRZRK:
素人考えで聞いちゃいますが,梅村さんならAlcorのファームウェアをハックできちゃったりしますか。
梅村匡明氏:
いや,さすがに難しいですね。大変ですよ,ファームウェアの書き換えってのは。
BRZRK:
ちょっと期待したんですが,言われてみればそりゃそうですよね。
センサーとマイクロコントローラ以外で,基板を見てお気づきの点ってありますか。
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電源周りの保護回路が若干簡略化されていますけれども,USBから入った先のレイアウトはほぼ同じですね。構成はほとんど変わらないと言っていいと思います。
BRZRK:
いまUSBの話が出ましたが,USBケーブルと基板の接点も変わってますね。コネクタから半田付けになっていますが,これ,どういう意図なんでしょうか。
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梅村匡明氏:
そこは中国ならではの事情だと思うんですが,おそらく,人を使ったほうが安いんだと思いますよ。
BRZRK:
なるほど(笑)。USBケーブルのフェライトコアもMizarとAlcorでは省略されてますが,これもコストダウンですよね。フェライトコアって実際のところ,どれくらいの影響があるものなんですか。
梅村匡明氏:
プラスの影響があるかないかでいえば,あるのですが,おまじないみたいなもんですかね。僕らの場合は「分解されてナンボ」だと思ってたんで,見られてもいいようにしてあったというか。
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となると基板全体としては,センサーは何らかの意図でもって配置が変わり,マイクロコントローラはイマドキのゲーマー向けモデルらしくなり,USB周りにはコストダウンが入った,といった感じでしょうか。
梅村匡明氏:
そんな感じだと思います。ベースモデルとして,DRTCM37&38の基板があって,それをお手本にしつつ,直すところは直すよねと。ついでにコストダウンもするよね,みたいな。
CADデータをカスタマイズか?
コストダウンや作りやすさの改善が見られる外装
BRZRK:
マイクロコントローラの話から入って,そのまま基板に行ってしまいましたが,最初に聞こうと思っていたことに戻らせてください。
“ガワ”(=外装)は,どこからどこまで流用していると思いますか。
梅村匡明氏:
流用というより,基板と一緒で,「ベースモデルがまずあって,それを直した」と言ったほうがいいと思いますね。CADデータ(※編注:コンピュータを用いて設計したデータ)の基本的な数値は,そのまま使っていると言ったほうがいいかもしれません。
いま開けて分かったんですけど,変わったのって,「ボス」とかなんですよ。
BRZRK:
すいません,ボスって何ですか?
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ネジ穴とか,ネジ穴を強化する部分とか,パーツを取り付けるための填め合わせに必要な突起部分のことなんですが,それが,若干変わっていると。だから部品単位での互換性はないですね。なので,「違う金型です」とは言えるでしょう。
(しげしげと見比べて)あ,すごい。肉抜き(※編注:製品の品質に影響しない範囲で,意図的に部材の一部を省略すること)の穴とか,どうでもいいところが完全に同じだ。
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BRZRK:
なるほど。金型を流用したのではなく,CADデータを流用して改良しているから,工業製品として進化しているけれども,それ以外のところは当時のデータのままになっているということですか。
梅村さん的には,もう「CADデータを手に入れた」ってことで確定の雰囲気ですか。
梅村匡明氏:
リバースエンジニアリングしてデータを取ったという可能性もあるでしょうが,まあ,CADデータかなと(笑)。
ただ,この改良はよくできてますね。たとえば,組み付け方法自体はDRTCM37&38から変わってないんですが,上面カバーと底面部の取り付け方法は変わって,填めやすくなってるんですよ。工場の工員に対して優しい仕様だと思います。
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BRZRK:
製造現場に優しくなったと。
梅村匡明氏:
こういう改良は,オリジナルを組んだ工場じゃないと難しいのではないでしょうか。おそらくDRTCM37&38を製造していて,気になってたんでしょう。「ここは面倒だから何とかしてよ」ってなって,こういう改良が入ったんだと思います。
BRZRK:
そのあたりは中国語ネイティブ同士でうまいこと調整したんでしょうね。
梅村匡明氏:
(ふと何かに気づき)ちょっと待ってください。Mizarの筐体にDRTCM38のカバーを填めてみると……填まった(笑)。
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BRZRK:
ハイブリッドモデル誕生の瞬間だ(笑)。
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梅村匡明氏:
当たり前ですけど,普通は別のマウス同士じゃ填まらないですからね。というか,填まっちゃいけないんですけど(笑)。
BRZRK:
これが,DRTCM37&38とMizar,Alcorの類似性のすべてを物語ってますね。
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構造とツメとかも同じなので,やはりCADデータ(の流用)でしょうねえ。守秘義務契約ってどうなったんだろう。
BRZRK:
DRTCM37&38の権利って,クラストが持っているんですよね? 訴えようと思えば訴えられるんでしょうか。
梅村匡明氏:
マウスに関する意匠権ってほとんど認められていないんですよね。なので,難しい気はします。
BRZRK:
あー,それでたまに中国から,Razerのもろパクリみたいなマウスが出てくるんですね。
![]() Mizar(左)とDRTCM38(右)。DRTCM38ではスクロールホイール周りの部品が取り外せるようになっていた |
![]() ネジ留めの有無に注目 |
ですね(と言って上面カバーの下にある構造をチェックしつつ)DRTCM37&38にあったスクロールホイール周辺の部品がなくなって,(MizarとAlcorでは)本体と一体化していますね。これだけで金型は1つ減りますから,安くなりますよ。
あと,筐体におけるコスト削減ということで言えば,固定のためのネジが減らされてますね。MizarとAlcorは基盤の固定にあたってネジを使っていませんが,DRTCM37&38では必ず2か所のネジ留めをしていましたから,底面と基板の密着性はDRTCM37&38のほうが高いです。
BRZRK:
あ,本当だ。
梅村匡明氏:
ただ,問題ないという判断ができれば,なくしてしまうのもアリっちゃアリでしょう。(スクロールホイール手前側のボタン用スイッチとサイドボタン用スイッチを搭載した)サブ基板についても同じことが言えると思います。
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サブ基板はともかく,メイン基板の密着性って,きちんと確保しないとマズいんじゃないんですか。基板が少し浮くなんてことになると,操作時の精度にも影響しそうな。
梅村匡明氏:
要は,固定しないと,センサーの軸がズレていく可能性が出てくるんですよ。負けたりしたとき,マウスやキーボードに当たるタイプの人だと厳しいと思います。それが原因で軸がズレると,さらに勝てなくなって当たって,負のスパイラルに入る可能性はありますね。
ただ,普通に使う分なら,ハードにゲーム用途で使っても大丈夫です。「だったらそれでいいじゃない」ということになっんだと思います。
「梅村氏のこだわり」が削られている
MizarとAlcorのスイッチ部
BRZRK:
基板,筐体ときて,スイッチ系ですが。
梅村匡明氏:
一番重要なのは,リップ(lip,唇)がなくなったことだと思いますね。僕が開発するときは,必ずリップを付けるんですけど,MizarとAlcorにはありません。
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BRZRK:
ええと確か,スイッチを押し込むときに,スイッチを底打ちするまで押しきらないようにする機構のことでしたよね,リップって(関連記事)。スイッチの長寿命化を図るためのものだと記憶しています。
梅村匡明氏:
ですね。あと,スイッチは底打ちさせたほうが,クリック音は静かになるんですよ。でも,スイッチ自体の耐久性は若干ですけど確実に下がります。
調整するのは面倒ですし,コストにしかならないという考え方もできますから,おそらくは「まあこれでいいや」ってことなんだと思います。
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BRZRK:
センタークリック用のボタンスイッチ,これ,メーカーお分かりになりますか。ロゴは「W」っぽいですが。
梅村匡明氏:
分からないですねぇ。
BRZRK:
分からないメーカーのスイッチがどんどん出てきますよね。最近は時間のあるときに,Alibaba.comなどでガーってひととおりスイッチを見たりしてるんですけど,さっぱりです。
梅村匡明氏:
特許が切れてますから,このあたりは(中国にあるスイッチメーカーの)やりたい放題でしょうね。
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あとはホイールか。Mizarで光ることもあって,ちょっと作りが変わっていますけど(と言って実機の刻印を覗き込みつつ)……機構自体はアルプス電気製で変わってない,という感じでしょうか。
梅村匡明氏:
いや,今回分解したDRTCM37&38は両方ともアルプス電気製でしたけど,ホイールのスイッチは何社か変えているので,MizarとAlcorが同じとは言い切れないですね。
使っていた当時,アルプス電気のホイールの品質に,ちょっとバラツキが大きかったんですよ。それで急遽切り替えたりして,いろいろなメーカーのものを採用することになったといういきさつもあります。
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BRZRK:
光らせることを優先して,操作性が犠牲になった?
梅村匡明氏:
そんな感じでしょう。
工業製品として進化したMizarは
DRTCM38のバージョン1.5だ!?
BRZRK:
先ほど,Alcorで戦略的に差別化させているという話が出てきましたが,実際のところ,AlcorではMizarと比べて相当にコストダウンされていたりするんでしょうか。
梅村匡明氏:
いえ,MizarとAlcorでそんなに変わらないですよ。筐体の作りが一緒で,マイクロコントローラも同じですから。
コストの違いがあるとすると,センサーは当然として,あとは側面のラバーくらいじゃないですか。
BRZRK:
ラバーって,露骨にコストを左右するものなんですか。
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ラバーパーツの金型も含め,初期金額はもちろん変わりますが,製品価格に大きな違いを生むかというと,そういうものではないです。「違いは出るだろう」という程度でしょうか。
むしろ,設定ソフトの有無のほうが,問い合わせへの対応や,今後のアップデートを含めたサービス面など,トータルコストへの影響は大きいかもしれません。
BRZRK:
実際のところ,製造コストって,DRTCM37&38と比べてどれくらい変わっていると思いますか。
梅村匡明氏:
初期コストはどっこいどっこいだと思いますね。おそらく,大して違わないと思います。でも,ネジの省略だったりケーブルの半田づけだったりリップだったりといったコストダウンは,数万個作ったときのコストに効いてきます。
BRZRK:
最初の1個を製造するコストではなく,量産コストでMizarとAlcorのほうが有利だというわけですね。
梅村匡明氏:
そういう意味で,Mizarに関していうと,DRTCM38のバージョン1.5的な存在になっていると言えるんじゃないでしょうか。
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Mizarの基板 |
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Alcorの基板 |
分かります。僕もMizarにはすごくポジティブな印象を持っていますね。これでいいじゃん,的な。マイクロコントローラが最新世代になって,工業製品として進化したバージョン1.5というのは,分かりやすい話だと思います。
あと,僕個人の視点でいうと,開発に参加させてもらったDRTCM37&38の形状って,とても思い入れがあるし握りやすいんですけど,サイドの質がどうにかならないかっていうのはずっと言ってて。はげちゃうんですよ,すぐ。
梅村匡明氏:
すいません……。その点でもMizarはラバーコートによって改善してきていますね。
BRZRK:
ええ,このラバーがかなりいいです。Mizarは,DRTCM38の後継として,全然アリだと思います。
ただ,Alcorは,DRTCM37のバージョン1.5にはなれていませんね(※編注:このあたりの詳細は前編を参照のこと)。レポートレートは125Hz固定で,カスタマイズできる部分はほとんどなく,それでもカスタマイズしたいならファームウェアを入れ替えろと。もちろん,ファームウェアの入れ替えなんて,ものの30秒もあれば終わるんですけど,たかだかカスタマイズのためにユーザーへリスクを負わせるのはいかがなものかと思います。
光学センサー搭載モデルをエントリー仕様にしたかったのかもしれないけど,結果としてできあがったものを見る限り,Mizarがあればいいじゃん,ってところですね。
梅村匡明氏:
僕もMizarでいいと思いますね。「品質を引き上げるためのコストダウン」がマイクロコントローラくらいしか見られなかったのは,ちょっと残念ですが。
BRZRK:
僕はMizar,割と好きです。というわけで,長い時間ありがとうございました。
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CM StormのMizar製品情報ページ
CM StormのAlcor製品情報ページ
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Cooler Master(旧称:CM Storm)
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