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[CEDEC 2012]必要なのは「何でも自分でやってしまう覚悟」。タイトーのアーケードを支え続けた「組み込み技術者」が語る,“作る”技術の伝え方
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印刷2012/08/29 10:00

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[CEDEC 2012]必要なのは「何でも自分でやってしまう覚悟」。タイトーのアーケードを支え続けた「組み込み技術者」が語る,“作る”技術の伝え方

タイトー AM事業本部 技術顧問 三部幸治氏
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 ゲーム開発者向けのカンファレンスであるCEDEC 2012では,ゲームに纏わるさまざまな技術や知識が紹介されるのだが,そのほとんどはコンシューマゲームに関するものであって,それ以外のゲームに関する講演とはいうのは,実はそれほど多くない。
 理由は“それ以外”の市場規模があまり大きくないから……といってしまうと身も蓋もないのだが,まあ当たらずとも遠からずだろう。しかし日本には,例外的に大きな市場を持った“それ以外”も存在する。それがアーケードゲームだ。

 本稿ではCEDEC 2012の初日,2012年8月20日に行われたセッションの中から,そんな伝統的なアーケードゲームについて語られたセッション「アーケードゲーム技術の変遷と組み込みエンジニアの育成」を紹介しよう。登壇したのはタイトー AM事業本部 技術顧問の三部幸治氏だ。

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アーケードを支え続ける「組み込み技術者」


 セッションは,まずアーケードゲーム業界の現状について説明する,以下のスライドからスタートした。

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 これは2007年の世界のゲーム市場(ハードウェアを除く)について分析したグラフだが,全5兆円の市場規模に対し,日本のアーケード市場が18%と,大きな部分を占めている。日本のコンシューマゲーム(PC含む)市場が14%,北米のコンシューマゲーム(PC含む)市場が28%なので,そのシェアの大きさが分かるというものだろう。
 一方で,他国のアーケード市場は北米・アジア圏ともに3%で,日本のアーケードとは比べるべくもない。

こちらは2011〜12年の国内ゲーム市場を示したグラフ。プレイヤーがゲームに支払った金額(ハードは除く,つまりアーケードではインカム,コンシューマゲームではソフト代金)で比べれば,コンシューマゲームよりアーケードのほうが大きい
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 では国内での内訳はというと,2010年のデータでは,トップはクレーンゲーム機で約40%,メダルゲーム機が31%と続き,テレビゲームはその次,18%に過ぎない。ちなみにタイトーのアミューズメント施設タイトーステーションのロゴにもなっている「スペースインベーダー」の時代(1970年代後半)は,ビデオゲームが約80%を占めていたとのことで,これも時代の移り変わりというものだろう。

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 そしてそのクレーンゲーム機やメダルゲーム機といえば,とくにソフトウェアだけでなく,ハードウェアの設計が重要になるジャンルでもある。つまり,ここで必要になってくるのが“組み込み技術者”である。

 講演者である三部氏は,スペースインベーダーが日本を席巻した1979年にタイトーに入社し,アーケードゲーム機器のシステム設計やマネージメントを手がけたのち,1992年には世界初の通信カラオケを考案・事業化した人物で,タイトーにおける組み込み技術者の草分け的な人物でもある。
 以降のセッションでは,氏が関わり続けたアーケードゲームの30年を振り返りつつ,改めて,この組み込み技術者の重要性が説かれるものとなった。

ソフトのみならずハードやメカニックの設計が求められるアーケードゲーム開発の現場。三部氏によれば,この部分にこそ,コンシューマゲームとは違う,アーケードの可能性が秘められているという
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新しいものを生み出すには,何でも自分でやること


 プランナー,プログラマー,グラフィッカーと,今でこそ細かく分業が行われているゲーム開発だが,1970〜80年代の開発は,基本的に1人で行われるものだった。ハードの設計からプログラミングまでをすべて1人でこなすのが当たり前で,「1人1ゲーム」の時代だったと三部氏は語る。

 先ほども例に挙げられたスペースインベーダーは,まさにそうして生まれたタイトルである。開発者は西角友宏氏。1978年に世に出た,この歴史的な名作は,グラフィックスもプログラミングも,紙の上に手書きで行われたのだそうだ。

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「スペースインベーダー」開発に使われた資料と,実際のゲーム基板。プログラムはアセンブラで作られ,リストは100枚前後に及んだという
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 これは開発ツール類が非常に高価だったためというが,西角氏の掲げた「1人1ゲーム」の姿勢は以後も変わることがなく,すべてを1人でこなしてしまう。その姿を見ていた三部氏は,「新しいモノを生み出すには,何でも自分でやってしまう覚悟が必要。あれがない,これがないと不平を並べるだけでは何も始まらない」ということを学んだとのことだ。

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 またこの時代のゲーム開発者は全員が組み込み技術者であり,開発ツールもすべてが自作。デバッガーもアニメーターも,ゲーム基板を改造した手作りボードにカセットテープ式のデータレコーダを繋ぎ,開発も動作検証も同じディスプレイ上で行っていたそうだ。現在の開発環境しか知らない人に取ってみれば,もはやよく分からない世界だろう。

回路を設計するためには,ディスプレイの表示技術にも精通しなければならない。スプライトが登場する前にどうやって画面に絵を表示していたのか,知る人はもはや少ないのではないだろうか
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CPUの登場以前,ゲームはトランジスタと抵抗器などの集合体であるTTLという回路によって実行されていた。タイトーの「スーパースピードレースV」は,このTTLを200個組み合わせて制作されたタイトル。さまざまな回路からの信号が,最終的にビデオ信号に合成され,出力される
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スペースインベーダーは,TTLからCPU制御に切り替わった時代のタイトル。スーパースピードレースVに比べれば,かなりシンプルな構造になっているのが分かる。ただし,まだCPUに直接絵を描かせているため,画面を書き換える速度に上限があったとのこと。これがインベーダーの動くスピードの限界なっている
1980年代,スプライトが登場し,より高速なゲームの描画が可能に。スプライトは,キャラクターや背景などの画像データを,ラインメモリ上で合成してビデオ信号を生成する,専用の電子回路。CPUは画面にどの絵を表示するのかを判断するだけでよい
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250ページの教科書


 その後1980年代になり,アーケードゲーム市場が拡大すると,組み込み技術者が不足し,新人教育が急務となった。当初は先輩技術者が職場で新人に教えるOJT(On-the-Job Training)が行われたが,統一された教科書がなかったため,効果は指導する人によってバラバラ。むしろ優れた技術者ほど忙しく,新人指導に割く時間はない。結果,新人はバグチェックなどの雑用に回されがちで,新人が技術者として独り立ちするのはなかなか難しい状況だったそうだ。

 そこで三部氏は,先輩技術者の時間を奪うことなく,新人のレベルを上げるため,新人育成のための教科書を探すことにした。しかし,ゲームハードの回路設計に関する書籍など,当時は存在しておらず,結局自らの手で教科書を作ることになったという。
 まさに前述の「新しい物を生み出すには,何でも自分でやってしまう覚悟が必要」という心構えそのままだが,「ハード設計は大事だが,教科書がないのが非常に不思議だった」と,三部氏は当時を述懐する。

 こうして生まれた教科書「ハードウェアマニュアル」は,250ページという大ボリュームで,ハードの基本からソフト作りまで,「一通りマスターすればゲームハードが作れる」ほど充実した内容になったという。

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250ページにも及ぶ「ハードウェアマニュアル」。業者の手によって印刷しなくてはならないほど,かなりの部数が刷られ,現場で活用されたとのこと
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 タイトーではこの教科書をもとにした研修が行われ,新人は自分で回路を設計し,まずピンポンゲームなど簡単なゲームを作ることがゴールの一つとなった。ハンダ付けにICの取り扱い,電源供給など,回路設計に必要な工程を通して行うことにより,新人の多くがハードとソフトの基本的な,そして広範な事柄について,改めて勉強することになったという。

 「何事も最初から最後まで通して行うことで知識と経験が身につく」と,三部氏は指導の重要性を語った。同じ教科書を使った一貫した指導により,タイトーの新人組み込み技術者のレベルは,大きな向上を見せることになる。

 ハーフミラーを使い,3つのディスプレイを繋げた大画面がウリの「ダライアス」や,ポリゴンによる画面描画を用いたタイトルの先駆けとなった「トップランディング」,世界初の通信カラオケ「X-2000」とそのサーバ,そして初の家庭用通信カラオケとして1995年登場した「X-55」などは,すべてこの教科書で勉強した技術者達によって生み出された。これらの実績を見れば,三部氏が作った教科書の効果は,目覚ましいものだったといっていいだろう。

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自然と戦う,新時代の組み込み技術者


 先にも述べたとおり,2000年以降のアーケードゲーム業界は,ビデオゲームの比率が下がり,代ってクレーンゲーム機やメダルゲーム機の需要が増加している。メカやモーターの制御,ワンチップマイコンを使った組み込み技術が,従来に増して重要になっている。

タイトー製大型メダルゲーム「ダイノマックス」の開発資料とテストの様子。メダルゲーム機やクレーンゲーム機の開発は,自然に発生するノイズなどとの戦いだという
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 現在使われているワンチップマイコンは,モーターの制御やネットワークへの接続,アナログ入力やスイッチ入力の処理など,多数の信号処理が可能だが,「組み込み技術は自然が相手」と三部氏は語る。
 外部からの光,電源が生み出す熱,接点からのノイズなど,さまざまな自然現象が正常動作を妨げ,センサーからも綺麗な信号は入ってこない。そんな中で確実性の高いメカニックを作らなければならないのだから,組み込み技術者に求められる力量は,決して小さくない。

 三部氏は,これから有望な新技術として「ワイヤレス給電」「パワーセービング」「センサー情報の統計処理」を挙げる。
 電源コードなしに電気を供給するワイヤレス給電の技術を応用すれば,メダルゲームの中でコードのないロボットが自由に動けるかもしれない。
 電源の消費量を抑えるパワーセービング技術を使えば,電源をより小型化でき,省エネだけでなくコストダウンにもつながる。また発熱量が下がることで,ワンチップマイコンの動作を妨げず,動作により高い精度が期待できるだろう。
 またワンチップマイコンは,今や大量のデータを扱えるが,センサー情報を統計処理できれば,さまざまな可能性が生まれてくる。例えばタイトーのパンチングマシン「ソニックブラストヒーローズ」では,内蔵カメラが危険なプレイを見分けるようになっており,キックや助走を付けるなどの行為では,スコアが表示されないようになっているという。

 これらの試みは,ソフトのみならずハードウェアにも可能性を持つ,アーケードならではの事例といえるのではないだろうか。

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新しいものを生み出すための教育


 三部氏は最後に,「日本の教育機関には,学生が理系に興味を持つような工夫や,問題解決能力が向上するような教育が必要」と語り,セッションのを締めくくった。また海外の技術資料を読むために,「学問ではなく常識として」英語力のアップも必要とのことである。

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 三部氏の語るアーケードゲーム業界の歴史は,まさにゲームの歴史を凝縮したかのようで,個人的には興味深く聞くことのできたセッションだった。なお個々の技術解説については,あまりに専門的なため省略せざるを得なかったのが残念だ。興味のある人は,スライドの内容などを参考に,専門書などを当たってほしい。

 もの作りは技術であり,これを生み出すのは教育の力である。時代が変わっても,ソフトやハードがいくら進歩しても,人を育てていくことの重要性は変わらない。日本のアーケードはともかくとして,現在のゲーム開発に「組み込み技術者」がどれだけ求められるかは,意見が分かれるところだが,少なくともその教訓については,多くの人の参考になったのではないだろうか。

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