2023年3月2日にリリースされた
「メグとばけもの」(
PC /
Mac /
Xbox Series X|S /
Nintendo Switch /
Xbox One)が,Steamのレビューをはじめ各所で高い評価を得ている。
開発をしたOdencatは,2019年に設立されたインディーズデベロッパ。スマートフォン向けの
「くまのレストラン」(
iOS /
Android)は世界で100万ダウンロードを記録し,2021年には
PC(Steam)と
Nintendo Switchにも「完全版」として移植され,注目を集めていた。そんなOdencatが,初めてスマートフォンを経由せず,ダイレクトにPC&コンシューマ向けにリリースしたのが,メグとばけものという作品だ。
ネタバレを避けつつ本作を説明すると,「魔界に迷い込んだ少女『メグ』と,訳あって彼女を守ることになった魔物の『ロイ』が,困難を乗り越えつつ心の交流を深めながら冒険をするアドベンチャーRPG」といったところではあるのだが,それだけではない魅力があまりに大きい作品でもある。
徐々に明らかになる世界の真相や登場キャラクター達の背景,さらに驚きの展開など,クリア済みのプレイヤーであればきっと,「話したいけど話せない。でも遊んでみてほしい」という気持ちを抱いているのではないか。
また,3月9日に掲載した連載「
男色ディーノのゲイムヒヒョー ゼロ」においても,男色ディーノ選手は「2023年のベスト」と断言(気が早い気もするが……)しつつ,
「メグとばけものに関しては,なるべく多くの人に体験してほしい」ともつづっていた。
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男色ディーノ選手は,(まだ3月第2週ですが)「2023年のベストゲイムは『メグとばけもの』」であると断言。何がそこまでディーノ選手の心に響いたのか。今週の「男色ディーノのゲイムヒヒョー ゼロ」では,そんな話題をお届けします。
[2023/03/09 11:00]
筆者がその原稿についてディーノ選手とやりとりをした折,「どんな人がこれを作ったのか,すごく気になる。お話を聞いてみたい」と言っていたため,Odencatに連絡。結果,CEOでプロデューサーの
Daigo氏,シナリオとディレクターを担当した
Ryota氏に取材を快諾していただいた。
メグとばけものはどのようなコンセプトで生まれたのか,どのように作られていったのか,そしてOdencatは今後何を目指していくのかなど,多岐にわたった話題をまとめてお届けする。
左から,男色ディーノ選手,Ryota氏,Daigo氏
![画像ギャラリー No.002のサムネイル画像 / [インタビュー]「メグとばけもの」は構想約10年? Odencatに企画の成り立ちから開発過程の裏話までをまとめて聞いた](/games/633/G063301/20230403060/TN/002.jpg) |
Switch版「くまのレストラン」のヒットが
「メグとばけもの」に結びついた
男色ディーノ(以下,DD):
今日はお会いできて嬉しいです。
連載で「メグとばけもの」を取り上げたときにも書いたんですが,これはおそらく2023年のベストゲームになるんじゃないかと思っているんですよ。どんな人達がこれを作ったのか気になってしまって,機会をいただきました。
Daigo氏:
ありがとうございます。でもこれから
「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」も出ますから,ベストにはまだ早いですよ(笑)。
DD:
いや開発規模とかゲームのスケール感はともかく,どう心に残ったのかを基準に選ぶとなったら,なかなかこれを超える体験はできないと本気で思っているんです。……ちなみに,どれぐらいの人数,どれぐらいの期間で作られたんですか?
Daigo氏:
Ryotaがメインで,自分はフィードバックやゲームエンジンの部分を手伝ったぐらい。あとはアートをデンマークで暮らすTomas Anker Præstholmさん,音楽を裏谷玲央さんにお願いしました。ほかにもピンチヒッター的に手伝ってもらった方もいますが,コアなメンバーはこの4人ぐらいです。
小さいチームということもあって,開発には結果的に2年かかってしまいました。本当はもっと短くするつもりだったんですけど(笑)。
DD:
そんな規模でここまで心に残るものを作れるものなんですね。自分自身もインディーズ的な立ち位置のプロレスラーなので,なおさら刺激を受けました。どのようにしてこの企画は生まれたんですか?
Daigo氏:
そこまで言われてしまうと照れくさいですが,ひとまずプロジェクトの成り立ちを振り返ってみましょうか。
Ryota氏:
実はすごく昔から,化け物と少女のストーリーでゲームを作れたらエモいなって,頭の中に漠然としたアイデアがあったんです。これは自分が昔描いた落書きに色をつけたものなんですが,ここが企画の発端です。
自分のTwitterをさかのぼってみたら,2019年5月にこんなツイートをしていて。
Ryota氏:
さらにさかのぼってみたら,2013年の年末の時点で,こんなツイートもしていて。
Ryota氏:
とにかくずっと,自分の頭の中にあったものをようやく形にできたのが,メグとばけものなんですよ。
DD:
ストーリー展開なんかも頭の中にはあったんですか?
Ryota氏:
ざっくりとしたプロットだけはOdencatのチームと共有していたんですが,そこまで具体的には考えていませんでした。2020年9月に
「ねずみバスターズ!」(
iOS /
Android)をリリースして,次のプロジェクトについて話し合っているときに,Daigoから「あのプロットのやつ,どう?」と提案され,そこから本格的に企画を詰め始めました。
「子連れクリーチャー」みたいなタイトルで,魔界に迷い込んだ子供を拾った魔物が,子供に振り回されて四苦八苦する……ぐらいのイメージで,そこから本格的にストーリーを考え始めました。
DD:
Ryotaさんが,お一人ですべて考えたんですか?
Ryota氏:
基本は自分が書いたものをチーム内で揉んでいく形でした。そうやって作りながら,もう少しスケールを広げたり,後から思い付いた要素を加えたりした結果,当初思い描いていたよりも大きな物語になった気がします。
DD:
作りながらストーリーにも変化があったんですね。なんとなくストーリーががっちり決まった状態で,いろんなシーンをゲームに当てはめていったのかと思っていました。
Daigo氏:
Odencatって,割と「このシーンを作りたい」というイメージが先にあって,そこから作っていくことが多いんです。個人的には「こういう表現をしたい」というものがあるほうが,うまくいくと思っています。プロットだけきれいにまとまっていても,プレイヤーに響かないものはあるでしょうし,極論,AIにストーリーは書けても泣けはしないみたいなことって,今後出てくると思うんですよ。
DD:
そういう意味では,Odencat作品はセリフ回しも絶妙ですよね。「くまのレストラン」でも感じたんですが,それほど長い語りはなく,最小限に収めているという印象があって。それはもちろん,ゲーム用のカスタマイズという側面が強いのかなと思うんですが。
Ryota氏:
正直,ほとんど感覚で作っている部分ではあるんですが,イベントシーンがあまり長いとだれるしな,というのはありますね。
Daigo氏:
それと,自分が元々
「ロマンシング サ・ガ」なんかの吹き出しを使った会話が好きだったんですよ。その影響を受けているのも大きいです。でも吹き出しにすると,文字がそれほど入らなくなってしまうんですね。それで自然と漫画みたいなペースで読めるような長さのセリフに落ち着いたところはあります。
DD:
なるほど。そういう事情もあるんですね。
Daigo氏:
もう一つ,あまり日本のプレイヤーさんには関係のない事情なんですが,Odencatでは全ゲームで多言語対応をしている関係もあって,日本語のテキストは絞り気味です。例えば,ドイツ語に翻訳をすると日本語の1.5倍以上のテキスト量になってしまうのでスペースに余裕を持たせないといけないんです。ローカライズのためにテキストを短くしたことが思わぬ効果を生んだといえるのかもしれません。
Ryota氏:
そうそう,多言語対応の話で思い出したんですが,ゲーム内に子供の嫌いな野菜の代表格としてピーマンを出しているんですけど,それって日本特有らしいんです。翻訳を担当してくれる方から,「ピーマンが子供に嫌われているというのは,ピンと来ない」と言われて初めて知ったんですけど。
Daigo氏:
なので,設定で言語を英語なんかにすると,ピーマンではなくブロッコリーが出てきます。
DD:
それはちょっと言語設定変えて遊んでみたくなりますね(笑)。
話を戻しますが,セリフでストーリーを読ませるにあたって,ビジュアルノベルのような形ではなく,アドベンチャーRPG要素を入れたのはどういった意図があったんでしょう。
Ryota氏:
意図というか,今回はスマホを経由せずに最初からSteamやコンシューマ向けに作ろうとなったので,それなりに分かりやすいゲームっぽさが求められると思ったんですね。開発していく過程で,例えば戦闘画面などはコマンドが表示されるような分かりやすいものにしたいな,と。そうやって考えながら作っていった結果,今の形に落ち着いた感じです。
DD:
なるほど。戦闘ってゲーム的な要素を入れようとすると,難度のバランス調整が難しいと思うんですよ。とくにストーリーを読ませたい場合,簡単すぎても難しすぎても,それはそれでゲーム性が損なわれたり,ストーリーが伝わりにくくなったりしそうで。そのバランスには、苦心されたんじゃないですか?
Ryota氏:
難しかったですね。開発者目線で作っていくと,どうしても難しすぎるものになっちゃうんで。いろいろな人にテストプレイをしてもらって,「ここの戦闘は難しすぎる」みたいな反応があったところは,細かく調整していきました。
Daigo氏:
セバスとのバトルでは,最初みんな苦労してましたね(笑)。
ただ企画当初に立ち戻ると,RyotaはもっとコテコテのRPGで,戦闘で勝てなかったらまたレベルを上げて……というのを作りたがっていたんですが,やっぱり工数の問題もあって。
Ryota氏:
当初はスマホ向けにリリースするという案もあったんです。となると,無料で配信しつつ広告などで収益を上げるような仕組みも同時に考えないといけない。なので,スマホ版の
「フィッシング・パラダイス」(
iOS /
Android)の育成要素のような感じで,ザコ戦を繰り返すといった方向に可能性を模索していた時期もありました。
Daigo氏:
だけど,スマホを経由しないと決めたことで迷いがなくなって,何を作りたいか,伝えたいかにフォーカスできたと思うんですよね。
DD:
ちなみにスマホを経由せずにSteamとコンシューマ向けに売り切りの形でリリースすることにした理由って,何だったんですか?
Daigo氏:
実は,メグとばけものの開発を始めた当初は,まだNintendo Switch向けのゲームを出したことがなかったんです。でも,くまのレストランをNintendo Switch向けに移植してみたらだいぶうまくいったこともあって,これならスマホを経由しなくてもいけるんじゃ? という決断ができたんです。そうなると,選択肢として無料モデルはなくなりますよね
もし,Nintendo Switch版のくまのレストランがまったく売れなかったら踏み切れなかったでしょうし,やっぱりうちはスマホかな? という判断をしていたかもしれません。
DD:
きっとスマホ向けだったら,マネタイズのことなどを考える必要があるでしょうし,こういうゲーム性にはなっていませんでしたよね。
Ryota氏:
そうですね。収益のための仕掛けなどにリソースを割くことなく,自由に作れた部分は確実にあります。
「メグとばけもの」は
今後のOdencatにとっても重要な作品に
DD:
クリアまでにかかるプレイ時間って,ゆっくり進めても5〜6時間ぐらいだと思うんですが,個人的にはこのぐらいの長さが絶妙だと思いました。ほかのゲームと比べると短いかもしれないけど,それでもしっかりプレイした満足感みたいなものはあって。このボリューム感も当初から想定されていました?
Daigo氏:
二部構成にしようと決めた時点で,前編で何時間,後編で何時間というような目安はつけていました。
DD:
二部構成は,最初から考えていたことなんですか?
Daigo氏:
途中からです。ネタバレしないように説明すると,前編の終わり方もあれはあれで切なくて,良いバッドエンドだとは思うんです。ただそれでも,ビターエンドにしたいよね,という話になって。
Ryota氏:
いや,でも二部構成にする前は分岐エンドを考えていて,そこに今で言う後編のエンドに近いものを追加する予定でした。
DD:
あ,じゃああの終わり方も当初から構想にはあったんですね。
Daigo氏:
はい。そこはけっこう私が強く推した部分ですね。
というのも,例えばヨコオタロウさんの
「ドラッグ オン ドラグーン」という作品はバッドエンドで有名で,私も大好きなんですね。だけどヨコオさんの作品だと,バッドエンドだけじゃなくなった
「ニーア レプリカント」「ニーア ゲシュタルト」「NieR:Automata」のほうが,世間的には好きな人が多いと思うんです。
バッドエンドを理解してくれる人はいるし,そういう作品があってもいいんですけど,より多くの人に受け入れられるようにしたいというプロデューサー視点から,ビターエンドにしたほうがいいだろう,と。ここはけっこう,Ryotaと話し合って納得してもらいました。
DD:
ちなみに話し合いで一番激しく意見が衝突したのは,どんなときでしたか?
Daigo氏:
何が一番っていうのは難しいですが,衝突の原因のほとんどは,お互いの意図を汲めなかったことですね。
例えば,Ryotaがなぜこういう形を選んだのかという背景を理解せず,自分が「ここはこうしたほうがいいよ」なんて一方的に言うと,RyotaはRyotaでむかつくわけですよ。で,そこはお互いにむかつきながらも話し合って,最終的には「なるほどね」と。
Ryota氏:
衝突といっても,大声で何かを言い合うとかそういう感じではないです。
Daigo氏:
ただ,けっこう大きな議論になったのは,ゲームの最後のほうですね。自分の中で膨れ上がったロイ像と,Ryotaが思うロイ像にいつの間にかズレができていて,「ロイがメグを泣かせるようなことをするわけがない!」って言ってしまって。
DD:
それも正解が難しい話ですよね。お互いに本気で入れ込んでいるからこその衝突でしょうし。そこはどうやって収拾を付けたんですか?
Daigo氏:
Ryotaが何度も折れずにメグのように立ち上がって私に反論をしたことで,「なるほど」と私が折れました(笑)。
DD:
そこはやっぱり譲れないラインだったんですか?
Ryota氏:
そうですね,あの件については譲れませんでした。
お互い負けず嫌いでもあるんで最初はムッとするんですけど,とにかく根気よくこちらの考えを伝えれば分かってもらえるという安心感はあります。
Daigo氏:
そういうものがないチームだと,常に一人のアイデアだけで突き進むことになるでしょうし,それがいい方向に作用することもあれば,そうじゃない方向に作用することもあると思うんです。さっきの話にも出ましたが,すごくとがったものにはなりますよね。となると,それが多くの人に受け入れられるかどうかはまた別になってきます。
DD:
そこは本当にバランスが難しいですよね。関わる人が増えれば増えるほど,いろんな意見が出て作品が丸くなってしまうのは,本当に良し悪しがあると思いますし。
Daigo氏:
でも今回,こういう形にまとめられたのも自分とRyotaだったからなんですよね。一応自分は社長という立場ではあるんで,「金を払ってるんだから従え!」と言えなくもないわけです。だけどやっぱりRyotaはRyotaで「俺が作りたい作品はそうじゃない」と言い返してくる。
DD:
「不満があるなら説得してくれ」という気持ちもあるんでしょうけど,最終的に「分かった,行け」と言えるのは良い環境ですね。そこを含めて,貴重な関係性のように感じました。
Daigo氏:
……実は今回,元々の企画やストーリーがRyotaなので,メグとばけものが売れて自分としては悔しい部分もあるんですよ(笑)。
DD:
そういう思いもあるんですね。ある種ライバルというか。波長が合うからこそ一緒に作れるし,相手の成功も嬉しいんだけど,しかしどこか悔しいという難しい感情。
Daigo氏:
もちろん何から何までRyotaがやったわけではなく,自分も深く関わってはいるんですけど,Ryotaがメインなのは自分が一番分かっていますから。
DD:
でもそこで悔しいって思えるのは,Daigoさんもまだまだいけるってことですよね。
Daigo氏:
次の作品はこの悔しい気持ちを抱えながら(笑)。
DD:
それがいいんですよ。とても素敵な関係じゃないですか。お金のことは抜きにして,お互いに相手の主張を受け止め合っているという意味では,プロレスラーの関係性に似ていると思います。
ところで,メグとばけものに関して,プレイヤーからはどんな声が多く届いていますか?
Daigo氏:
ストーリーに感動したという意見がほとんどですね。あとは音楽がとても良い,と。最終的にキャラクターを好きになってくれる人もいて,しっかり理解したうえで支持してもらえている気がします。
Ryota氏:
そういう意味だと,キャラクターまで好きになってもらえたのは,けっこう狙ったものがうまくハマった感じはあります。私がこれまでOdencatで作ったゲームは,キャラクターにそんなに力を入れていなかったんですが,今回はそこにも力を入れてみたらちゃんと気に入っていただけたのが本当にありがたくて。
DD:
Odencatさんにとっても,一つ武器が増えたという感じですね。
Daigo氏:
そうですね。「なるほど,こうやればこう響くんだ」という経験値をだいぶ稼げました。
DD:
そういう意味でもメグとばけものはOdencatさんにとって重要な作品になりそうですね。
Daigo氏:
ゲームをリリースするたびにいつもそれは思うんですけど,今回はとくに実感しますね。
ただやっぱり,くまのレストランがあったおかげで,メグとばけものを作れたのは間違いないです。ドット絵でキャラクターを動かしてストーリーを追うゲームが売れるのか? って,当初は半信半疑の部分もあったんですけど,ちゃんとそういうものを遊んでくれる人がいることに自信を持てましたし。
DD:
当時,くまのレストランの評判は,どんな感じだったんでしょうか?
Daigo氏:
ストーリーの評判は良かったんですけど,キャラクターについてはちょっと弱かったのが確かなところです。群像劇ですし,メグとばけもののようなバトルシーンもないのでキャラクターが大きく見える機会も少ないですし。なので,評価としては似ているところもあるけど,ちょっと違うところもありますね。