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[レビュー]何度でも出会い直し,世界の裂け目に飛び込んでいく。「Slay the Princess」は“ループものの新境地”だ
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印刷2024/12/14 11:00

レビュー

[レビュー]何度でも出会い直し,世界の裂け目に飛び込んでいく。「Slay the Princess」は“ループものの新境地”だ

 「Slay the Princess - The Pristine Cut」PC / PS5 / Xbox Series X|S / Nintendo Switch / PS4 / Xbox One)を今すぐにプレイしてほしい。今すぐにプレイする価値のある,凄いビジュアルノベルだ。

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 何が凄いのか? 膨大なテキストとルート分岐,可愛らしさとおどろおどろしさを併せ持つ独特の鉛筆画風スチル,チェコ・ナショナル交響楽団とコラボレーションしてコンテンポラリー・クラシカルなサウンドトラックを作り上げた,荘厳で上質な劇伴など,評価できる点は多岐にわたるだろう。

 しかし筆者は「Slay the Princess」のもっとも大きな達成は,「世界の裂け目」と呼べるような哲学的な主題を「ビジュアルノベル」というフォーマットを用いて見事に描いたことだと考えている。本作をすでにプレイした人にも,その内容が気になっている人にも,ぜひこのレビューを読んでいただけると嬉しい。

「Slay the Princess」はどんなゲームか?


 「Slay the Princess」はカナダのインディーゲーム開発スタジオBlack Tabby Gamesによって作られたビジュアルノベルだ。作者の1人(Tony Howard-Arias氏)がシナリオを書き,もう1人(Abby Howard氏)は全ビジュアル,さらにはプリンセスの声優まで担当している。

 2023年のリリース後,海外ですぐさま話題沸騰となった本作だが,10月25日に待望の日本語訳が実装され,非の打ち所のないローカライズ,大幅なボリュームアップ,コンシューマ対応とともに完全版――「The Pristine Cut」として再リリースとなった。先日「INDIE Live Expo Awards 2024」の大賞を受賞したことで,さらなる話題を呼んでいる。

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 本作のあらすじとプレイヤーの目的はきわめてシンプルだ。ある使命――プリンセスを殺せ――を「ナレーター」なる人物から与えられた主人公(あなただ)が,幾度となくループを繰り返す。あるループではプリンセスを殺し,あるループでは旅路の果てにプリンセスに殺される。ループは1回1回のストーリーがショートショートよろしく短いこともあり,(ゲームをやめない限り)何度でも続けられる。

 本作における「選択」はスタンダードなビジュアルノベルらしく,複数の選択肢(ただし,その数は一般的なノベルゲームとしては法外なまでに多い)の中からひとつを選んでいくこと。その選択によって(「プリンセスを殺しに行く」という大筋は同じであるものの)物語はときに大きく,ときに細かく変化していく。3章が終わると,たいていはエンディングに入る。その後[new game]を選択すると,再びナレーターの聴き慣れた声が聞こえてくる。「君は森の中にいる。この先にある小屋にいるプリンセスを殺さなければ,世界は滅亡する……」

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 主人公はプリンセスを殺しに(あるいは救いに),何度でも彼女が居る小屋へと赴く。だが,小屋の地下にいる彼女は常に同じ彼女ではない。プレイヤーの選択によって,彼女は会うたびに,外見も性格も性質も全く異なる様相を呈する。次はどんなプリンセスが現れ,どんな奇想天外な物語が展開するのか? その選択と分岐の多様さは,おそらくプレイヤーの予想を軽々と上回るだろう。

「Slay the Princess」に影響を与えた海外ゲーム


 次に,本作に大きな影響を与えたであろうゲームを2本挙げたい。

 ひとつはゲームファンのみならず文芸ファンにも大絶賛された「ディスコ エリジウム」(2019年)。ハードボイルド風味の推理ADVをTRPG的なデザインで仕上げた傑作であり,SFディストピアを生き延びる独特の世界観で人気を博した「シチズン・スリーパー」(2022年)など,近年のビジュアルノベルに与えた影響を鑑みても記念碑的作品と言える。

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「ディスコ エリジウム」(2019年)

 海外インタビュー記事によれば,「Slay the Princess」制作者も「ディスコ エリジウム」からの影響を認めている。その影響は膨大なテキストや一度に表示される選択肢の数に加えて,「自己内の異なる声たち」の存在が大きい。本作では騎士道物語「ドン・キホーテ」や不条理演劇「ゴドーを待ちながら」のように,主人公を導いたり反抗してくる同行者たちが現れるのだが,それらは全て変奏する自我の声である。そして「ディスコ・エリジウム」が本作に与えたもっとも大きな影響は,冒頭にも記した「ナレーター」という謎めいた第三者的存在だろう。

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 「Slay the Princess」におけるナレーターは(プレイヤーによって受け取り方は異なるだろうが),この世界を作り上げた「作者の声」とも「プレイヤーを支配下に置かんとする外敵」とも受け取ることができる。

 ゲーム外からプレイヤーに命令してくる「信用できないナレーター」は「The Stanley Parable」(2013年),「The Beginner’s Guide」(2015年),「There is no game: Wrong Dimension」(2020年)といったメタフィクション的なゲームでも肝となる仕掛けだったが,本作におけるナレーターは,それらとも異なる効果をもたらしている。詳しくは書かないが,彼の存在によってプレイヤーとプリンセスのあいだに,別の位相と関係性が避けがたく生じることになるのだ。

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「Doki Doki Literature Club!」(2017年)

 次に,2017年にリリースされた米国産ビジュアルノベル「Doki Doki Literature Club!(ドキドキ文芸部!)」。本作が海外ビジュアルノベル史においてエポックメイキングな作品であることは衆目の一致するところだろう。国内外のノベルゲームファンのみならず,所謂「美少女ゲーム」ファンにもその先進的な内容で大きな驚きを与え,熱狂的なファンダムを生んだ。

 先に結論めいたことを述べることを許して頂きたいのだが,筆者は「Slay The Princess」を「Doki Doki Literature Club!」が提示した主題を拡張・本歌取りした作品だと考えている。

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「グノーシア」(2019年)

 「Slay the Princess」には,人狼ゲームをメインに据えた「グノーシア」(2019年)や,TRPGを導入した「シチズン・スリーパー」のような,別ジャンルを大胆に組み合わせるゲームシステムの工夫や,プレイヤーによるスキルの違いはない。ひたすらループと再プレイを繰り返し,セーブとロードを繰り返しながら,提示された選択肢を選ぶことでストーリーを紡いでいくという意味で,本作は「Doki Doki Literature Club!」同様,きわめてオールドスタイルなビジュアルノベルである。それと同時に,ループもの・転生ものにおける新たな達成を示しているように思う。 

 その理由は,ビジュアルノベルのメカニクス・構造が否応なしに持つ「繰り返しと選択」というメカニクスそのものを主題に据えることによって,戦争,神学,フェミニズムといった多岐にわたるテーマを包摂する一大絵巻を作り上げたこと。もうひとつの理由は,前述の「Doki Doki Literature Club!」とは違った形で「世界の外に出る」という哲学的主題において,じつに斬新な描き方をしていることだ。

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「Slay the Princess」が持つ真の主題とは


 ここからは本作が持つ物語構造について多少触れる。前述したように「Slay the Princess」は,「この世界・この現実から“出る”ことは可能なのか?」という主題を「ビジュアルノベル」というフォーマットを利用して,巧みにプレイヤーに示唆し,問うてくる。さらに本作は「ビジュアルノベル」というジャンルそのものについて描いた自己言及的な作品に留まらず,その構造を「現実世界に生きる我々」に重ねているようでもある。
 
 たとえば,「わたし」はこの地球上で肉体を持った人間として生存しているが,“本当”はSF映画のように,プラグ(のようなもの)に接続されて「現実」という名の映像を見せられている別の存在であると仮定しよう。今,この世界にいる「わたし」は「現実」に属しながら,そのことを“本当“に理解・認識できるのだろうか?――そんな古典的な哲学的疑問は,次々と現れる新しい選択肢・新しい世界をあたかも輪廻の輪を彷徨し続けるように辿っていく「Slay the Princess」に通底する大きな主題のひとつであり,今なお有効,かつ切実な形而上的問いかけであるように思う。この世界はほかの世界の在り処を示し,移行するための「裂け目」を持っているか? もしそれがあるとしたら,「わたし」はそれを認識できるか?

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「Doki Doki Litearture Club!」(2017年)

 この「裂け目」とは,前述の「Doki Doki Literature Club!」のメインキャラクターであるモニカが見事な詩で描いた「壁の穴」と同じ類のものだと筆者は強く感じている(先に本作が「Doki Doki Literature Club!」の主題を拡張した作品であると書いたのはその意味だ)。

 「Slay the Princess」も「Doki Doki Literature Club!」も,その根本は形而上学的主題――この世界や他者の存在への懐疑が大きな原動力となっているように見える。本作は「Doki Doki Literature Club!」の主題をさらに推し進め,「裂け目」の存在を認識したままこの世界を「経験」し続けることの意味,そして,ここがおそらくもっとも重要なポイントなのだが――他者である「あなた」とともにそこから出ることは可能なのか? そんな無体な問いかけをしているように思う。

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 哲学者イマヌエル・カントは,客観的実在世界(「わたし」が認識している世界)の外に「物自体」という世界がある(はずだ)と著し,しかしそこは「語りえぬもの」であると説いた。たとえ外の世界が存在したとしても,現実というカテゴリーの外側にある場所について我々は言及することも,想像することもできないと。

 本作は果敢にも,外の世界への「裂け目」を探し,そこからの脱出を描かんとする。外の世界の存在を信じることは,他者の実在を信じることでもある。それは「あなた」に対する「愛」と「憎しみ」という形で表される。

 「Slay the Princess」において自我/主体である主人公と,客体/対象であるプリンセスの立場は徐々に逆転し,混ざり合い,わたしとあなた,男と女,加害者と被害者,求める者と求められる者,探索者と見つけられる者,与える者と受け取る者……そうした二項対立には収まらなくなっていく。

 愛し合っていたわたしとあなたは次の生で,別の世界で殺し合うことを選ぶかもしれない。この瞬間,わたしが望んでいるのは自分とあなたを知ること。あなたとわたしは共闘し,共犯し,共生し,ふたりの瞳に映る未知の果実を探し,もぎ取っていく。たとえ殺し合おうと,憎しみ合おうと,ひとつひとつの果実にはひとつひとつの真実があり,そのすべてに等しく価値がある。

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 このゲームはわたしとあなたを閉じこめ,同時に,この世界以外の実在を示唆する。そこではあなたは肉体を持たない亡霊であるかもしれない。うつろで儚い存在かもしれない。培養機につながれた脳であるかもしれない。

 だが,なんにせよ(なんにせよ,と言いきるくらいの覚悟が必要であるだろう),今ここに生きているわたしとあなたは,目の前の選択肢を選ぶことができる。もしわたしとあなたが生まれたことに理由があるとすれば,それはわたしとあなたが「経験」を求めていたからだ。わたしとあなたはここに留まることもできるし,怖れを捨て去り,裂け目に向かって飛びこむことだってできる。
 
 「早すぎる結末や,間違った決断はありません。新しい視点と新たな始まりがあるだけです。これはラブストーリーです。」

 本作の冒頭にはそんな作者からの文言が繰り返し明示される。それはアイロニーでもユーモアでもなく,真正なメッセージなのだろう。わたしは死ぬ時,全てを愛するだろう。自分を憎み,殺したあなたさえも。あらゆる経験は,あらゆる選択は,愛に繋がる小路なのかもしれないと,「Slay the Princess」は示唆してくれたのだった。
 
 本作をプレイしながら,ゲームってやっぱり素晴らしいなとひしひし感じていた。こんなふうに,ふたりのあいだに起きたことを全て忘れて,あるいは憶えているまま,何度でも新しく出会い直す機会を与えてくれるのは,きっとゲームだけだと思うから。

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■著者プロフィール■
ラブムー(Itsuki Horiuchi)
ゲーム,ポップカルチャーを深く愛するライター/ゲーム翻訳者。「Milky Way Prince -The Vampire Star-」「Mediterranea Inferno(メディテラネア・インフェルノ)」などの海外ビジュアルノベルを翻訳。人と本とお酒が大好き。
X:@Lovemooooooo
bluesky : @lovemoon

「Slay the Princess」公式サイト


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