2020年10月7日,ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下,SIE)は,その時点で未発売の次世代ゲーム機「
PlayStation 5 」(以下,PS5)の分解動画を公開した。製品の発売前に公式が,それも非常に詳しく内部を説明する動画を公開したとあって,かなり話題を呼んだものだ。未見の人は,まずこれを見てほしい。
SIEが公開したPS5の分解動画
鳳康宏氏
今回,この動画にてPS5の内部構造を紹介した
鳳 康宏 氏(ソニー・インタラクティブエンタテインメント PSプロダクト事業部 ハードウェア設計部門 メカ設計部 部長)にオンラインでインタビュー取材をする機会を得た。本稿では,取材で得られた情報をもとに,分解動画を見ただけでは分からない詳細部の解説を行いたい。
なお,鳳氏は,筐体デザインや内部構造設計,とりわけ冷却設計のスペシャリストであり,CEDEC 2014では,「
PlayStation 4 」(以下,PS4)の内部構造について解説した講演「
PS4の作り方。PS4の中身を大公開! 」を行ったこともある。興味がある人は,筆者によるレポートを参照してほしい。
まずはPS5の分解動画で基本情報をおさらいする
まずは,SIEが公開した分解動画をもとに,PS5の物理構造における基本的な情報を整理しておこう。
PS5の公称本体サイズは,縦置きの場合で104
(W)
×
260
(D)
×
390
(H)mmだ。初期型PS4(CUH-1000シリーズ)の公称本体サイズは,同じく縦置き時で53
(W)
×
305
(D)
×
275
(H)mmであったので,比べるとかなり大きくなっていることが分かる。鳳氏も動画の中で,「初期型PS4よりも一回り大きくなった」と述べている。
縦置き時で390mmという背の高さが特徴であるPS5
ただし,分解が進むと分かるが,曲面を多用したデザインを採用するPS5の場合,ボディ中央から端のほうにかけて,幅は狭くなっている。そのため実際の体積は,通常のPS5で約7.2ℓ,光学ドライブがないPS5 デジタル・エディションでは約6.4ℓとのことだ。競合製品である「
Xbox Series X 」の体積は,約6.86ℓなので,これと比べると通常のPS5が約1.05倍,PS5 デジタル・エディションが約0.93倍となる。
続いて動画内では,前面と背面のインタフェース類が明らかとなった。PS5の背面は,メディア向けの体験会でも撮影できなかったため(
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前面の上部には吸気用のスリット,背面は全体にわたって排気孔が設けられている。
前面に吸気用のスリットを用意
初披露となった本体の背面。全体に排気孔を設ける
前面は,USB 2.0対応のUSB Type-A端子とUSB 3.2 Gen 2対応のUSB Type-C端子を備える。
前面にUSB 2.0対応のUSB Type-A端子とUSB 3.2 Gen 2対応Type-C端子を備える
一方の背面は,USB 3.2 Gen 2対応のType-A端子×2と1000BASE-T対応の有線LANポート,HDMI 2.1出力端子,メガネ型の電源コネクタが並ぶ。
背面のUSB端子は,USB 3.2 Gen 2 Type-A端子×2となる
その下に,1000BASE-T対応の有線LANポートとHDMI 2.1出力端子が並ぶ
最下部にメガネ型の電源コネクタを配置する
PS5に標準で付属する専用スタンドは,縦置きと横置きの両方に対応する。縦置き時はコインネジで,横置き時はスタンドの爪をPS5本体の側面にひっかける形で固定する。
縦置きする場合は,コインネジで底面部に固定する
横置き時は爪で本体に固定する
動画は,いよいよPS5の内部構造に迫っていく。PS5本体の左右にある白いカバーパネルは,ABS樹脂製とのこと。本体との固定にねじは使用されておらず,爪を外してスライドすることで着脱可能だ。
カバーパネルは工具なしで取り外し可能だ
カバーパネルを外したときに,内部でとくに目立つのは空冷ファンだ。ファンは,直径が120mm,厚さが45mmという大型の両面吸気タイプを採用しており,本体内部を貫通するように設置されている。
存在感のある空冷ファン
ファンの厚み45mmで,本体内部を貫通するように設置されている
また,右側面には,ホコリを溜めることを目的としたダストキャッチャーが2つ設けられており,ここにたまったほこりを掃除機で吸い取ることができるという。カバーパネルが容易に取り外せるのは,ユーザー自身で手軽にメンテナンスできるように考えてのことだ。
2つのダストキャッチャーを設け,ここにたまったほこりを掃除機で吸い取れるという
続いては,増設用のSSDスロットを見てみよう。2020年3月に行われたMark Cerny氏のPS5技術解説プレゼンテーション(
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分解動画では,標準搭載のSSDは基板に直付けであり,これとは別に増設用のM.2スロットを用意することが改めて説明された。なお,増設用M.2スロットの接続インタフェースは,PCI Express(以下,PCIe) 4.0に対応する。
増設用のSSDスロット
このあと動画では,スチール製のシャシーに覆われた光学ドライブが外され,メイン基板が現れる。興味深いのは,メイン基板が1枚のみという点だ。Xbox Series Xの基板は,メインとサブという2枚構成となっていた。両製品における違いが大きく現れている部分として,注目したいポイントだと言えよう。
メイン基板は1枚のみ
メイン基板に搭載するSoC(System-on-a- Chip)は,Zen2ベースのCPUコアとRDNA 2ベースのGPUコアを統合した専用APUを採用する。メインメモリは当然だが,標準搭載のSSDも基板に直付けなので,ユーザーによる交換はできない。SSDのフラッシュメモリチップは,基板の表側と裏側に3枚ずつ計6枚を搭載するようだ。
SoCは,Zen2ベースのCPUコアとRDNA 2ベースのGPUコアを統合したカスタムAPUを採用する
また,動画内では,SIEがカスタマイズしたSSDコントローラも合わせて紹介されている。勘違いされやすい内容なので補足しておくが,このSSDコントローラに,PS5の高速データ転送を実現するために必要なデータ展開用チップを搭載しているわけではない。何をカスタマイズしているのかというと,一般的なSSDコントローラが,8/16/32チャネル構成なのに対して,PS5のSSDコントローラは12チャネル構成であるのが異なる。
12チャネル仕様のSSDコントローラ。コントローラ周辺にある3枚のチップがフラッシュメモリだ
続くシーンは,この分解動画のクライマックスと言える部分だ。
この中で鳳氏は,PS5においてAPUとヒートシンクの間にあるTIM(Thermal Interface Material,熱伝導素材)に液体金属を用いたことを明らかにした。
APUのTIMに液体金属を採用
液体金属は,熱伝導性に優れるものの,アルミニウムを腐食させる性質といった課題があり,民生用の家電で積極的に使われることはない。それをあえてPS5に採用したというのが面白い。鳳氏によると,SIEは2年以上の時間をかけて,液体金属の採用に向けて準備してきたという。
APUを冷却するヒートシンクは,筐体内部で3割ほどの容積を占める大きさだ。最も熱密度が高いAPUに触れる部分から,6本のヒートパイプがヒートシンクに向かって伸びている。鳳氏は「(一般的な)ヒートパイプを使っているが,ヒートシンクの形状やエアフロー設計の工夫により,ベイパーチャンバーと同等の性能を実現した」と述べている。
大型のヒートシンク
最後に取り外された電源ユニットは,定格出力が350W出力であるとのことだ。なかなかの高出力電源ユニットであるため,こちらもPS5全体の容積に対して,大きな割合を占めているのがよく分かる。
定格350Wの電源ユニット
ゲーマーにとって気になるSSDの増設について聞く
PS5の内部構造をおさらいしたところで,ここからは,鳳氏に対して行ったインタビューで得られた情報を紹介しよう。
まずは,ゲーマーにとって大きな関心事であろうSSDの増設スロットについて聞いてみた。PS5では,PCIe 4.0に対応したPC向けのM.2 SSDがそのまま利用できるそうだ。ただ,M.2 SSDは異なる基板サイズの製品がいくつか存在している。どの程度まで内蔵できるのだろうか。
鳳氏: PS5では,M.2 SSDとして一般的な幅22mm,全長30mm
/
42mm
/
60mm
/
80mm
/
110mmの基板サイズに対応しています。SSDモジュールを固定するスタッド(柱)とネジは,SSD増設スロット部分に最初から組み付けられています。
分解動画にて,M.2スロットのネジ孔はType2230,Type2240,Type2260,Type2280用の4種類が確認できたが,実際はType22110にも対応するという。また,製品版ではスタッドとネジは標準で付属する
細かいことだが,M.2 SSDの中には,ヒートシンクを装着した製品もある。そうしたSSDを増設スロットに搭載する場合の注意点はあるのだろうか。
鳳氏: ヒートシンクの高さが,基板面から高さ8mm以下であれば収納できる物理設計になっています。増設スロットには,金属製のカバーが付いていますが,こことの接触をなるべく避けたほうが望ましいです。
背の高いヒートシンク付きSSDを装着した場合,金属製カバーと干渉するかもしれない。金属カバーを組み付けるシャシーやネジ穴は,プラスチック製なので破損してしまう可能性がある。したがって,増設用SSDとして,極端に背の高いヒートシンクが付いた製品は避けたほうが良さそうだ。
赤丸で囲った銀色の部分が増設スロット用のカバーだ
また,PCIe接続に対応したM.2 SSDは,高負荷時の発熱が大きな問題になることがよく知られている。PC用マザーボードには,M.2 SSD用のヒートシンクを備える製品もあるが,PS5ではどのような工夫を採用しているのだろうか。
鳳氏: 増設用のSSDスロットに対して,排気孔を2カ所用意しています。増設用スロットは吸気ファン付近にあるので,排気孔から負圧で熱を吸い出す構造になっています。
縦置きと横置きに対応したスタンドに隠された秘密
SSDと並んで読者の関心が高そうな「PS5をどう設置するか」に関わる付属スタンドについても,面白いことが分かった。
PS5は,縦置き時の高さが40cm近いため,重心も相応に高くなる。転倒防止対策として,専用スタンドを標準添付としたのは,理解しやすい。
前述のとおり,スタンドは横置きでも利用できるのだが,分解動画では,縦置き用から横置き用へと切り替えるときに,スタンドを回転させていた。このギミックに興味を持った人も多いだろう。あの回転機構には,どんな意味はあるのだろうか。
鳳氏: PS5用のスタンドは,シンプルに見えてかなり凝った作りになっているんですよ。
このスタンド,よく観察すると,縦置き時にPS5をはめるへこみの両脇が傾斜していることが分かるだろう。横置き時には,この傾斜が白いカバーパネルを支える構造になっている。しかし,このままの向きでは,カバーパネルの曲面とスタンドの形状が噛み合わない。
PS5を支えるスタンドの両脇は,かるく傾斜がある。これは側面のカバーパネルを考慮した形状になっている
そこで回転だ。スライドを回転させることで,スタンドのへこみ部分に仕込まれていた滑り止め付きの台座がせり上がる。それと同時に,横置きのPS5を固定するフックが所定の位置に動くので,あとはPS5を横倒しにてスタンド上に寝かせ,このフックにはめ込めばいい。せり上がった滑り止め付きの台座とその両脇にある斜面が,カバーパネルの曲面をぴったり受け止めるという仕組みになっている。
横置き用の形状では,へこみ部分にあった台座がせり上がる仕組みを採用する
スタンドによって縦置きと横置きに対応するPS5だが,置き方によって放熱性能に差は生じるのだろうか。
PS5は,横置きと縦置きで放熱性能は変わらないという。置く場所に合わせて,自由に選択可能だ
鳳氏: これはよく聞かれる質問です。設計者の立場から言わせてもらえば,縦置きと横置きで冷却性能に違いはありません。「縦置きの方が煙突効果によって放熱効率は高いはず」と考える人もいるとは思います。しかし,アクティブファン(電動ファン)が組み付けられた冷却システムにおいて,煙突効果は測定誤差レベルです。横置き,縦置き,どちらでも仕様通りの性能で動作します。個人的には「PSロゴ」の天地が正しく見える縦置きが好きですけど(笑)。
また,筐体内にどのように空気が流れるのかといった構造解析には,最新のCAE(Computer Aided Engineering)が利用されているのだろうか。
鳳氏: それもよく聞かれる質問です。CAEは,部分ごとのエアフローを最適化するのに使うことがありますが,全体の設計には使わず,リアルでの実験を行って開発しています。具体的には透明の筐体模型を制作して,ドライアイスの煙を流して観察したり,あるいは各部での測温を行ったりしつつ,改善を進めていくようなイメージです。
PS5の背が高いのはなぜか?
約390mmというPS5の高さは,PlayStation史上最も高い。この突出した縦長(横置き時は横長)形状にも秘密がありそうだ。
鳳氏: 設計部門から必要寸法(≒容積)が出され,それから本体デザインの検討に入りました。開発初期からいろいろな案があり,たとえば高さを抑えて,その分横幅を広げるという案も出ました。ただ,今回は設計部門から「横置き時に薄く見えるようにしたい」という要望があり,背を高くして横幅を狭くするというデザインになりました。
この話だけ聞くと,見た目を重視した結果のように聞こえるが,もちろんそれだけではない。実はこのデザインによって得られるもう1つの大きな効果がある。それは実装基板の削減だ。横幅を広くとると,メイン基板1枚での実装が難しく,メイン基板とサブ基板の2枚構成になってしまう。
部品全体を見ると分かるように,メイン基板は1枚だけ
Xbox Series Xでは,横幅を取ったことが原因なのかどうかは分からないが,実際のところ2枚の基板でシステムを構成している。
鳳氏: 基板が2枚になると,製造コストと放熱設計の難度が上がってしまいます。横置き時に薄く見えるようにしたいというデザイン面からの要求と,1枚基板でコストを抑えたいという設計面の要求が噛み合ったということです。
メイン冷却システムのTIMに液体金属を採用したワケ
外装面に続いて,メイン基板の話題に入りたい。SIEはメイン基板の表面を「A面」,裏面を「B面」と呼称するそうなので,本稿もそれにならう。
先述したとおり,A面には,メインプロセッサたるAPUを実装する。SSDのフラッシュメモリチップは,AB両面に3枚ずつ搭載する形だ。基板の端はファンを収めるために,大きな切り欠きを設ける。
鳳氏: 電動ファンは,A面とB両面に送風できる設計としました。ファンの材質はガラス繊維ポリブチレンテレフタレート製です。この素材は強度があり,熱による形状変形も小さいことが利点です。羽の枚数は,必要とする正圧と風量のバランスから算出しています。かなり過酷な環境でも,本体が故障しないように余裕を持って設計してありますよ。
厚みのあるファンを採用して,A面とB面の両方に風を送る仕組みになっている
ファンのサイズは直径120mm,厚さ45mmで,ゲーム機に実装される電動ファンとしてはかなり大きく分厚い。これは大きなファンをゆっくり回すことで,高い静穏性を実現するためだ。ファンノイズの公称値は非公開とのことだが,「通常の使用環境,使用状況において,初期型PlayStation 3や初期型PS4よりも静かである」ということはいえるそうだ。
さて,メイン基板のA面に実装するAPUの冷却システムは,鳳氏のチームがこだわり抜いたものという。その最たる例として挙げられるのが,TIMに液体金属を採用する点だ。
鳳氏: 以前から液体金属を使いたかったんです。ただ,液体金属は導電性があるので,基板側に漏れてしまったらショートしてしまいます。なによりヒートシンクなどの部材に使われるアルミに対して強い腐食性があります。こうした部材を取り扱うには,製造設備に対しても対策が必要です。こうした問題をクリアするためにわれわれは,2年以上の時間をかけてしっかりと準備しました。
チップの周りにある黒いスポンジのような素材で,基板へ液体金属が漏れるのを防ぐ
液体金属の構成や協業メーカーについては明かされなかったが,液体金属系TIMとしては,一般的なガリウム系合金を採用しているという。ただし,インタビューでは,SIEがカスタムした独自品であることを強調していた。
また,分解動画のTIMを紹介する場面では,APU部分外周にスポンジのような部材を確認できる。これが液体金属を基板側に漏れ出させないようにする役割を担っているそうだ。
液体金属によるTIMは,PC用CPU向けにも存在しており,たとえばCPUのオーバークロッカーなどの間で使われている。ただ,鳳氏が言うような導電性や腐食性の問題がある。とくにヒートシンクによく使われるアルミに対して強い反応を示す。PC向けのTIMでも,銅ベースのヒートシンクを使用するように注意書きがあるくらいだ。
Gallium Induced Structural Failure of an Aluminum Baseball Bat
ガリウムのアルミへの腐食性を実験した実験動画。アルミ製の金属バットが,ガリウム系の液体金属と反応してぼろぼろになってしまう(この動画はSIEやPS5とは全く無関係である)。
そんな取り扱いが難しい素材を,なぜ2年以上の歳月をかけてまで使うことにこだわったのだろうか。
鳳氏: 大きな理由としてはコストです。熱設計の定石として,熱源に近いところにコストを掛けるというのがあります。一般的な熱設計におけるたとえ話として聞いてほしいのですが,あるシステムの冷却構造で,TIMに10円,ヒートシンクに1000円のコストをかけたとします。ここで100円のTIMに変えると,500円のヒートシンクを使っても同じ冷却効果が得られるのです。つまり,トータルのコストを抑えられるわけです。
取り扱いと製造工程への採用の難しさを乗り越えてでも,大きな効果が見込める液体金属を,PS5でようやく採用できたというわけだ。
APUを冷却するメインのヒートシンクは,亜鉛メッキ鋼板(SPCC:Steel Plate Cold Commercial製)の基板A面用シールド板を介して基板と接続する。なお,A面用シールド板のAPU部分には,四角い穴が開けられており,ヒートシンクのブロック部分が直接,APUと接触する設計になっている。
鳳氏: ヒートシンクの放熱板はアルミ製ですが,APUに接するところは銅製のブロックになっています。ただ,このブロックを銀色にメッキしているのが分かりますか。これは液体金属からの腐食対策になっています。
前述したように,ガリウム系の液体金属は,アルミに対して強い腐食性を持つが,銅ならばそれに耐えうるとされている。しかし,PS5の開発チームが行ったテストによれば,銅でも今回採用したガリウム系金属のTIMに対して,完全なる耐腐食性があるとは言い切れないため,メッキによる保護対策も講じているそうだ。
銅製ヒートシンクでも,液体金属にふれる部分(赤丸部)はメッキ処理を施している
基板表面よりも大変だった基板裏面の冷却
裏面にあたるB面にも見どころは多い。B面側は,GDDR6メモリやDC/DC電源回路,フラッシュメモリチップといったそれなりに大きな熱源が点在している。
B面にメインメモリであるGDDR6メモリモジュールを実装する。右端のチョークコイルが電源回路部分と思われる
こうした部分における熱対策は,どのような形で行われているのか。
鳳氏: 実は,A面よりもB面の冷却の方に苦心しています。振り返れば,あらかじめ高い熱源が予見できた分,A面のほうが対策は楽だったかもしれません(笑)。実はB面でも,PS4のAPU 1基分ほどの大きな発熱量があるんです。そのため,B面を覆うシールド板をヒートシンクとして利用できるような構造としました。
無線LANモジュール外すときに,B面のシールド板と放熱フィンがちらっと写っている
A面同様に,基板B面にも,電磁波ノイズを封じ込める目的のシールド板を被せている。鳳氏によると,このシールド板をA面側のような亜鉛メッキ鋼板製とはせず,熱伝導性と放熱性に優れたアルミ製としたのだ。
アルミ製シールド板の外側には,小振りな立体的な放熱フィンを,B面と接触する内側にはヒートパイプがあしらわれており,まさにシールド板兼放熱板といった様相になっている。なお,このヒートパイプは,主にDC/DC電源回路からの熱移動が目的で,放熱フィンに接続されている。冷却ファンからの風がシールド板を流れ,熱を拭い去る仕組みだ。
ところで,シールド板の内側をよく見ると,基板との接地面に灰色の材質が塗布されているのが見て取れる。これはなんだろうか。
鳳氏: これはTIMです。シールド板と熱源であるDC/DC電源回路,GDDR6メモリ,SSDのフラッシュメモリと設置する部分に塗布しています。熱源からの熱をシールド板に移動させるための役割をはたします。
一瞬見えるだけなので,分かりにくいかも知れないが,シールド板に丸い灰色の点がいくつかあるのが見える。これがGDDR6メモリや内蔵SSD用のTIMだ
シールドに塗布されているTIMは,円形のゴムシートのように見えるが,製造工程段階では液状なのだそうだ。時間とともに硬化し,最終的にはゴムのような質感になるという。熱源となるチップ群は,ある程度高さのばらつきが想定されるが,このTIMならば塗布時は液状なので,そのばらつきを吸収できる。
鳳氏: このTIMの採用は,製造工程とも密接に関係しています。一般的には,シート型のTIMを貼り付けて,台紙を剥がすという形が多いと思いますが,台紙を剥がすという作業は,ロボットアームでは実現しにくい工程です。インジェクターで(液状のTIMを)射出する方式は,機械による自動生産との相性がいいんです。
光学ドライブと電源ユニット
残る光学ドライブ(UHD BDドライブ)と電源ユニットについても紹介しよう。光学ドライブは,スチール製のケースに完全に密閉されており,放熱性の観点からすれば,不利な構造のように見える。どうしてこのような設計になっているのだろうか。
鳳氏: ご指摘のとおりですが,ここでは静粛性と制振性を重視しました。高速読み出しが可能な光学ドライブでは,光ディスクの高速回転時に,それなりの騒音や振動が出ます。また,盤面にステッカーを貼ったディスクを挿入することもあります。そうしたディスクは,重量のバランスが崩れているので,さらに大きな騒音や振動を出します。騒音と振動を低減させる目的で,光学ドライブはこのような構造としました。
光学ドライブは,スチール製ケースで密封することで内部からの騒音を遮断する
また,光学ドライブモジュールは,本体シャシーと接する部分に,2重のインシュレーターを備える。これがサスペンションとして機能して,光学ドライブモジュールからの振動を吸収する仕組みだ。
2重のインシュレーターによって振動も抑える
一方の電源ユニットは,容量350Wと,ゲーム機に使われる電源としては高出力だ。発熱量もそれなりに大きいため,光学ドライブのような完全密閉型にはなっていない。樹脂製ケースの前端と終端には,スリットが開いており,空冷ファンからの風が,内部を抜けて外に出る構造になっている。
空冷ファンが吐き出す空気は,本体内部の構造設計により,「クロソイド曲線」(曲率が曲線長に比例して変化する曲線)を描くようになっており,電源モジュールの吸気スリットに衝突するように考えられている。
さらなる改善の可能性を残す冷却設計
PS5では,APU内部に実装された温度センサーのほかに,メイン基板上の3カ所にも温度センサーを実装しており,APU内部温度と3点の温度センサーの一番高い温度をパラメータとして,ファン速度を制御する設計となっているそうだ。
このファン制御パラメータは,オンラインアップデートによる更新にも対応するというから面白い。
鳳氏: これからさまざまなゲームが登場して,それぞれのゲームにおけるAPUの挙動データが集まってきます。これを元にファン制御の最適化を進める計画があります。
空冷ファンの回転数も含め,PS5の熱設計は,余裕を持ったマージンを取っているそうだ。長時間にわたって,高負荷状態が続くゲームが登場した場合,静粛性を犠牲にしてでも,ファンの回転量を上げて冷却性能を強化するようなことも可能ということである。これは興味深い話だ。
最後に鳳氏から,PSファンに向けての言葉を頂いた。
鳳氏: 欲しい人に行き渡るように,工場フル稼動で生産しています。頑張って作りましたので是非ともお買い求め下さい!