映画「侍タイムスリッパー」は,“インディーなものづくり”の思いにあふれた作品だ。安田監督が語る,挑戦と再現の物語
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笑いあり涙ありチャンバラありの時代劇への愛にあふれた本作は,2024年8月の池袋シネマ・ロサでの単館での上映スタートからSNSを中心とした口コミで話題が拡大。最多で全国370館以上での上映を記録する大ヒットとなり,第48回日本アカデミー賞では最優秀作品賞を含む6部門を受賞するという快挙を成し遂げた。現在も劇場での上映が続いており,2025年3月にはAmazon Prime Videoでの配信もスタート。このタイミングで本作の名や評判を知った人,その面白さに触れた人も多いはずだ。
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Amazon Prime Video「侍タイムスリッパー」視聴ページ
さて,「なぜゲームメディアの4Gamerが『侍タイムスリッパー』を?」と思うかもしれない。
いち時代劇ファンのゲーマーとして,「SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE」に「Rise of the Ronin」,「Assassin's Creed SHADOWS」,そして続編が控える「Ghost of Tsushima」といった,近年注目度が上がっているチャンバラ&時代劇が好きなゲームファンにオススメしたいという気持ちからであるが,理由はそれだけではない。
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それが,本作に込められた“インディーなものづくり”への思いだ。
本作は,安田淳一監督が脚本・原作・撮影・照明・編集・VFX・整音・タイトルデザイン・現代衣装・車両手配・制作など十数役を1人でこなすという“超”自主制作映画。スタッフも10名に満たない小規模チームで制作費も低予算ながら,セットや衣装,所作,撮影方法に至るまで丁寧な作り込みが求められる時代劇というジャンルに挑み,そしてこれだけの高評価を得るまでの作品を生み出した。
そんな本作は,映画に限らず,インディーゲームを含むインディペンデントなものづくりをしている人,そうした作品を追いかける人たちにとって刺さるものがある作品なのだ。
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2025年4月15日,日本外国特派員協会(FCCJ)で本作の記者会見が行われ,安田淳一監督と主演の山口馬木也氏が登壇。現在もロングランヒットを続ける本作について,国内外の記者からさまざまな質問が寄せられた。質疑応答のなかで,まさにその“インディーなものづくり”に関する考えや姿勢も語られていたので,本稿にてそれをお届けしよう。
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「侍タイムスリッパ―」公式サイト
「簡単に作れるものは,人の心に届かない」――時代劇と向き合った理由
安田淳一監督には「時代劇が作りたい」という明確な動機があった。それは,子どものころの記憶――夕方には再放送,夜には新作と,時代劇が当たり前のようにテレビで流れていた時代の原体験に基づくものだ。
チャンバラの“ソードアクション”としての魅力はもちろん,困っている人を助け合う人々の姿に「日本人らしいあたたかさ」とも言えるような価値観が描かれた作品群を,この時代にもう一度届けたいという思いがあった。
主演の山口氏は,俳優として将来に悩んでいた時期に時代劇の所作を学び,自分の立ち位置を見出すことができたという。このように本作は,監督,主演の2人をはじめとした時代劇への“恩返し”の気持ちが込められている。
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とはいえ,時代劇を自主制作で作ることは容易ではない。衣装や所作,舞台設計,撮影方法など,どれもが専門的で手間がかかる。そして作品のスケールに見合った予算があるわけでもない。
安田監督はコメ農家としても知られているが,会見の質問に「監督と農家の両立なんてできません」「映画がヒットしなければ農業も続けられなかった。安心して米が作れるのは映画のおかげです」と,自費での映画制作,それも時代劇を作ることの大変さを語っていた。
それでも安田監督はこの難題に挑んだ。前述の時代劇への思いと,そして「簡単に作れるものは,人の心に届かない」という考えがあったからだ。
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といっても本作は“たまたまヒットした作品”ではない。安田監督は,映画の内容だけではなく「どうすれば広がるか」を徹底的に考え,実行に移していたという。
そう考えるきっかけとなったのが,2017年にインディー映画としては異例のヒットを記録した「カメラを止めるな!」だった。当時は同作のヒットに「あれは奇跡」「二度とこういう形のヒットは起こらない」といった声もあった。
しかし安田監督は,「しっかり中身を作り,見せ方も工夫すれば,あの熱狂は再現できる」と確信。作品の面白さはもちろん“広げ方”までも研究し,行動していたという。作品に情熱を持って取り組むのは当然であり,どんな作り手もそれは一緒。さらにプロモーションを論理的な思考と戦略で行うことが,多くの人が知る作品となり,それがヒットへとつながるというわけだ。
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主演の山口氏は,本作のヒットについて観客などに聞いたとき,「あのキャラクターたちに,もう一度会いたくて来ました」という声も多かったと話す。繰り返し観たくなる,また会いたくなる――そんなキャラクターや物語の力は,映画に限らずゲームにおいても重要な要素のひとつだ。
会見で印象的だったのが,“米作りと映画作り”についての安田監督の言葉だ。どちらも時間がかかり,すぐに結果が出るものではない。手をかけ,まごころを込めて大切に育てることで,ようやく人に届けられる。そんな感覚で作られたのが本作だという。
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いい作品を作ったからといって,それだけで世の中に届くわけではない。インディーだからこそ,どう届けるかを考えなければならないことがある。インディーにおいて成功の形は“売れること”だけではないが,しかし本作の作品性や作品を公開するうえでのプロセスは「多くの人に作品を知ってもらいたい」と考えるゲーム開発者にとってなにか得られるものがあるはずだ。
もちろん,受け手にとっても“インディー”というものへの理解が少し深まったり,「つくる」ことへの想像が膨らんだりするのは,とても豊かな体験だと思う。
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なんてことを書いておいてなんだが,本作は難しいことを考えないでまずは心から楽しんでほしい作品だ。「そうそう,こういうのだよ!」と笑って泣けるエンタメとして楽しめる一方,観終わったあとにふと本稿で伝えたようなことを考えたくなるような,インディー作品らしい余韻があるということを伝えたい。
映画「侍タイムスリッパー」は全国各地の劇場にて上映中で,Amazon Prime Videoでも配信されている。作品のさらなる詳細や上映館などの情報は公式サイトや各種SNSをチェックしてほしい。
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『侍タイムスリッパ―』15秒CM 祝☆日本アカデミー賞&ブルーリボン賞受賞版

「侍タイムスリッパ―」公式サイト
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提供:G123