業界動向
Access Accepted第611回:欧米ゲーマーの評判が良くないEpic Games Store
2018年12月にスタートしたPC向けのゲーム・オンライン配信サービス「Epic Games Store」。北米のゲームメーカーであるEpic Gamesはこれを,「ゲームエンジンのライセンス」「Fortniteのサービス」に続く第3の柱とするべく,積極的な取り組みを続けている。時限独占の契約を結んだタイトルは利益を上げているようだが,欧米ゲーマーの間では,なぜか評価が芳しくないようだ。今回は,そんなEpic Games Storeの過去と現在を追ってみた。
快進撃を続けるEpic Games Store
Epic Gamesがオンライン配信サービス「Epic Games Store」のサービスを開始したのは,2018年12月のことだ。15年にわたってPCゲーム市場に君臨するValveの「Steam」に対抗すべく,「(Steamの30%に対し)12%のサービス料という,メーカーにとって有利な利益配分」や,「誰も遊ばないようなタイトルを取り除いた,厳選されたラインナップ」を謳い,ビッグヒットを記録した自社タイトル「Fortnite」をメインに,そのライブラリを拡充させつつある。
SteamのライバルといえそうなPCゲームのオンライン配信サービスは,「GOG.com」や「Green Man Gaming」などが古くからあって,Steamと共存していた。新参であるEpic Games Storeがそれ以上の注目を浴びるのは,独占タイトルが次々に発表されているからだろう。
最初は「Super Meat Boy Forever」や「Hades」などのインディーズゲームを独占タイトルとしていたが,やがて中堅パブリッシャとも契約を結ぶようになり,THQ Nordicの「Darksiders III」や,Deep Silverの「Metro Exodus」,Focus Home Interactiveの「World War Z」などのタイトルを独占販売するようになった。ちなみに,これらのタイトルの多くは「時限独占」で,いずれSteamなどほかの配信サービスでもリリースされることになるようだ。
こうしたエクスクルーシブタイトルとしては,Ubisoft Entertainmentの「ディビジョン2」や,未発売だが2Kの「ボーダーランズ 3」が独占タイトルとなることなどが発表されている。さらに,PlayStation専用だった過去作品のマルチプラットフォーム化をアナウンスしたQuantic Dreamの「Detroit: Become Human」や「BEYOND: Two Souls」のPC版をいち早く予告するなど,かなりアグレッシブに時限独占の期待作を発表し続けている印象だ。もちろん,こうした契約の多くは,Epic Gamesが開発資金の援助を行うことを条件に成立している。
パブリッシャやデベロッパは現在のところ,Epic Games Storeに好感を持っているようだ。
「XCOM」シリーズの生みの親でもあるジュリアン・ゴロップ(Julian Gollop)氏は,2019年秋の発売を目標に開発を進める新作「Phoenix Point」がEpic Games Storeの独占タイトルになったことについて述べており,ゴロップ氏によれば,75万ドル以上が集まった「Fig」のクラウドファンディングキャンペーンのバッカーには「91%のリターンが見込まれる」とのこと。「Fig」は,投資額に応じた利益配分が得られるシステムなので,Epic Gamesとの独占販売契約によって発売前から投資額の9割が保証され,赤字をほぼ回避したことになる。
また,PC版「World War Z」を独占販売タイトルにしたSaber Interactiveは,発売から2週間で,全プラットフォーム累計の25%にあたる35万本をEpic Games Storeで売ったことを明らかにしており,これはEpic Games Storeにとって,1タイトルについての過去最大の販売本数であるとのこと。こうしてみると,Epic Games Storeの滑り出しは非常に順調だと決めつけても間違いではないだろう。
北米ゲーマーの評判が芳しくないEpic Games Store
順調そのものに見えるEpic Games Storeだが,その一方,欧米ゲーマー達の評価は必ずしも高くはなく,恩恵にあずかるメーカーと反発を感じる消費者との間には,結構な温度差があるようだ。
筆者が最初にそれを感じたのは,「Metro Exodus」の発売まで2週間ほどに迫った1月末,パブリッシャのDeep Siliverが同作をEpic Games Storeの独占タイトルにすると発表したときだった。当時,Steamでの予約受付も行われており,ストアページのフォーラムにはファンの書き込みや開発者の発言が並んでいた。それだけに,Steamでの販売中止が発表されたとたん,プレイする日を楽しみにしていたファンのボルテージは一気に下がってしまったのだ。
結果として,予約者は発売後,そのままSteamでプレイすることが可能であり,また1年後にはSteamなどでもリリースされることが明らかになったため,大きな騒ぎにはならなかったが,発表直後のフォーラムにはEpic Games Storeに対する怨嗟の声があふれていた。
デベロッパの4A Gamesは,シリーズ前作に比べてEpic Games Storeの「Metro Exodus」は2.5倍のスピードで売れていると述べているが,上記のような理由から現在もSteamのストアページは残っている。予約者達のゲームの評価も多数,書き込まれており,4000を超えるそのほとんどが「おすすめ」で,プレイヤーのゲーム愛が感じられる。とはいえ,Epic GamesやDeep Siliverに対する批判や,中指を立てたアスキーアートもいまだに見られる。
さらに,北米ユーザーの反感は妙なところにも向かっているようだ。Epic Gamesは2013年以降,中国の大手IT企業テンセント(騰訊)から多額の出資を受けており,現在,テンセントは同社の株式の40%を保有する最大株主になっている。しかし,最近の米中経済摩擦の影響を受けてか,Epic Gamesが「アメリカのゲーム技術を盗んだり,スパイウェアを仕込んでユーザーデータを集めている」といった噂話が一部のゲーマーの間で盛んに語られているのだ。
Epic Gamesの創業者でCEOを務めるティム・スウィーニー(Tim Sweeney)氏は,こうした話題に敏感に反応し,自分のTwitterなどで説明を続けているが,その様子は,「PCプラットフォーム戦争は,(独占販売による)開発者との協力によって勝てる」と豪語していた頃に比べると,ずいぶん違って見える。
最近も,Annapurna InteractiveがリリースするMobius Digitalの宇宙探索ゲーム「Outer Wilds」が,Epic Games Storeの独占タイトルになったことから,ゲーマーとの間でひと悶着が起きている。
「Outer Wilds」は2015年,「Fig」でクラウドファンディングキャンペーンを行っており,説明の中に「バッカ―にはSteam版を配布」という記述があった。そのため,Epic Games Storeの独占販売は契約違反だとする多数のSteamユーザーが,投資の払い戻し要求を行っているというのだ。「Outer Wilds」は目標金額が12万ドルほどの小さなプロジェクトであり,Epic Gamesとの独占契約を結ぶのは経営判断として見れば無理もないという気はするが,一部のファンとの関係がこじれたことは,Mobius Digitalにとって良い話ではない。
Epic Games Storeのスタート以降,Valveが「それ」についてほとんど発言していないのが,ある意味,不気味だが,スウィーニー氏は4月末に「もしSteamがメーカーへの収益分配を88%に変更するなら,エクスクルーシブ戦略からすみやかに撤退する」とTwitterで語っており,現在のやり方を,あくまでゲーム業界の成長のためだと主張する。しかし,それにリツイートしたゲーマー達のメッセージには,辛辣なものが多い。
言うまでもなく,選択肢は多いほうがゲーマーに恩恵をもたらすはずで,原則論として,企業間の正当な競争は最終的に消費者の利益になることが多い。しかし,(一時的なことなのかもしれないが)エクスクルーシブ戦略に傾注するEpic Games Storeに反感を持つゲーマーの声は次第に大きくなりつつある印象で,Epic Gamesもうまい落としどころを探しているようだ。今後,どのように展開していくのか,注目していたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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