
業界動向
Access Accepted第655回:変革を進める「インディーパブリッシャ」とインディーズゲーム
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欧米ゲーム産業における存在感がますます高まっているインディーズゲームだが,その受け皿として,この10年ほどの間に成長してきたのが,「インディーパブリッシャ」を自称する中小パブリッシャだった。ところが最近は,リリースタイトルが増えているにもかかわらずヒット作が増えず,ユニークなゲーム性が話題になっても成功につながらないといった状況が続いており,「インディーパブリッシャは死んだ」という言葉まで聞こえるようになってきた。今週はそんなインディーズゲームシーンの現状をチェックしてみたい。
2010年代のゲームシーンを支えた
インディーパブリッシャ
インディーズゲーム(Indie/Independent Gamesの略で,インディゲームとも言われる)といえば,株式市場に上場している大手パブリッシャやベンチャーキャピタルなどから開発費を受けることなく,小規模な開発者達がゲームの内容と予算の双方を自らコントロールしつつ開発するゲームプロジェクト,といった受け取り方が一般的だろう。とはいえ,その定義は非常に曖昧で,カナダやEU圏では政府から多額の文化振興費を得てインディーズゲームを開発するケースもあるし,EA OriginalsやSquare Enix Collectiveのように,大手パブリッシャがレーベルを立ち上げ,独立系スタジオと契約を結ぶというパターンも登場している。
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本連載の読者ならご存じだろうが,1980年代から90年代のゲームの黎明期は,「ガレージにPCを置いて1人で開発した」というゲームがごく普通で,その意味では,ほとんどの開発者はインディーズであった。音楽や映画業界における「インディーズ」のような,明確な区分けはなかったのだ。ところが,1990年代から2000年代初めにかけて,ゲームプロジェクトが大型化すると共に開発の規模も大きくなり,さらに,ゲームの中心がPCからコンシューマ機へと移ったことから,こうしたスタイルのゲーム開発は過去のものになっていった。
インディーズゲームに再びスポットライトが当たったのは,2002年に北米でサービスが始まった「Xbox Live」だったように思える。Xbox 360の時代にはMicrosoftのゲーム開発ツール,Microsoft XNAを使って「Xbox Live インディーゲーム」と呼ばれる個人のゲーム制作が可能になっていた。
さらに,Valveのデジタル配信システム「Steam」が2007年頃からインディーズゲームにも門戸を開くようになり,パッケージや流通に回す予算が取れないメーカーや,1人でコツコツとゲームを作ってきた開発者にもゲームを販売できる道筋が出来上がった。それ以降,メインストリームにも影響を与えるほどの斬新で実験的なデザインのゲームや,二ッチな層にアピールするゲームが次々に生み出され,より多様で厚みのある分野に成長していったのだ。
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しかし,開発/販売の環境が充実することでゲームタイトルが大量生産されると,もはや,どんなメディアでもすべてのタイトルを紹介することはできなくなり,また,ふくれあがる情報で,せっかく作られた作品が人知れず消えていくという状況にも陥る。そんな中で新たに生まれたのが「インディーパブリッシャ」というコンセプトだ。
インディーパブリッシャは,玉石混交のインディーズゲームの中から消費者にアピールしそうな作品を選び出し,ブラッシュアップに必要な人材やサービスを斡旋するだけでなく,マーケティングやローカライズのサポート,プラットフォームホルダーとのやり取りなどを受け持ち,収益から応分の対価を得る「レベニューシェア」という枠組みを基本にしている。代表的なインディーズパブリッシャとしては,Annapurna Interactive,Devolver Digital,Fellow Travelers,Good Shepherd Entertainment ,HeadUp Games,Raw Fury,tinyBuild Games ,Versus Evilがあり,海外ゲーム好きなら一度は聞いたことがあるはずのこうしたパブリッシャが次々と市場に参入してきたことで,デベロッパやゲーマー達から熱い支持を得るようになっていったのだ。
インディーパブリッシャは死んだのか?
しかし,十分なノウハウを持っているはずのインディーパブリッシャにも限界があり,サポートしたすべての作品が成功を約束されるわけではない。本連載の第643回「ValveがSteamの販売成績などの情報を開示」でも紹介したとおり,Steamで「2週間で1万ドル」を売り上げた作品は全体の1割ほどで,リリースされた作品の9割が,十分に利益を挙げられないまま忘れられている。開発者が生活費を得て次のゲームを作れるほどの利益を挙げる作品となると,かなり限られるだろう。
これが,俗に「インディカリプス」(Indie-calypse。インディとアポカリプスの合成造語)という,ここ2年ほどの間に耳にすることが増えてきた状況で,成功できなかった多くの開発者達は,メーカーに就職するか,別の仕事に就くかという選択に直面するようになった。筆者の記憶では,ちょっと前までは「さっき,某インディーパブリッシャが来たよ」などとイベントで嬉しそうに話す開発者達が多くいたものだが,最近ではそういう声も聞こえなくなってきたようだ。
5月末,GamesIndustry.bizが主催したオンラインセッションで,インディーパブリッシャの1つ,tinyBuild Gamesの創設者でCEOでもあるアレックス・ニチポルシック(Alex Nichiporchik)氏が「Indie Publishing is Dead」(インディーパブリッシングは死んだ)と題されたトークを行った。
トークの様子はYouTubeにアーカイブされているが,その中でニチポルシック氏は,「COVID-19の影響で家にいる時間が増えたため,より多くのゲームが売れている」と前置きしつつ,これまでのように「良いゲームをラインナップに加え,販売をサポートする」という単純なストラテジーでは,インディーパブリッシャは生存競争に生き残れないと話す。
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最近,プラットフォームホルダーをはじめ,Epic GamesやHumble Bundleなどの配信プラットフォームを持つメーカーが,有望なインディーズ開発者やメーカーを囲い込むというケースが増え,インディーパブリッシャとデベロッパの関係が薄くなりつつあることを踏まえての発言だろう。
ニチポルシック氏が“変革”の例として取り上げたのが,2019年にtinyBuild GamesからリリースされたロシアのDynamic Pixelsのステルスアクション「Hello Neighbor」だ。モバイル版を含めてプラットフォーム累計で3000万本の大ヒットになったという「Hello Neighbor」は,ノベライズも出版されて200万部のセールスを記録し,1600万ドルの利益を得たという。こうしたマルチメディア的な展開は,もともと「怪しいお隣さん」というキャラクターしかいない本作の世界観を拡張するための戦略だったそうだ。
6月にはスピンオフの「Hello Guest」を,また7月には正式続編の「Hello Neighbor 2」の制作を発表しており,同時に,IP保護を目的としてtinyBuild GamesはDynamic Pixelsの買収を行っている。
トークセッションは買収前のタイミングだったが,「有能な開発者達と長期的な関係を築くという利点は,弱小パブリッシャの生き残りをかけた変革なのです」と,トークの中でニチポルシック氏は買収の可能性についても示唆していた。
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優れた独立系デベロッパをサポートするという目的でEA OriginalsをスタートさせたElectronic Artsは,「Fe」を開発したZoink Gamesの新作として「Lost in Random」を,また2018年に「A Way Out」をリリースしたHazelight Studiosの新作として「It Takes Two」を,6月に開催したオンラインイベント「EA Play Live」で発表している。
Zoink GamesもHazelight Studiosも,EA傘下のスタジオではなく企業として独立しているのだが,開発当初からEAのサポートを受けているという点で,「インディーズゲーム」のカテゴリには入らないだろう。このように,有能な人材やゲーム作品を確保するという戦略において大手パブリッシャとインディーパブリッシャとの差異はなくなりつつあり,一方で,“インディーズ開発者”という存在も,定義付けが難しくなっていく。欧米ゲーム市場が,膨大な開発費を必要としそうな次世代コンシューマ機の時代に突入する中,インディーパブリッシャを含めたインディーズゲーム市場がどのように変化していくのか,今後も注目すべきだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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