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Access Accepted第817回:生成AIはゲームづくりにどんな影響を与えるか。生成AIを使ったゲーム企業の取り組みにフォーカス
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MicrosoftとNinja Theoryの共同開発による生成AIモデル「Muse」がアナウンスされた。生成AIがゲーム業界のホットトピックとなって久しいが,ストーリーやゲームアセットの作成などで利用が進むなか,ゲームそのものをリアルタイムで生成するという実験段階の取り組みも進められている。近い将来にはゲーム開発現場でも活用されていくことになると思われるが,今回はこれまでの動きをまとめておきたい。
ストーリーやNPCの会話,アセットづくりではもはや実証済み
与えられたデータから新しいデータを自動的に生成する,人工知能の一種である「生成AI(Generative AI)」は,もはや我々の生活のなかでもよく耳にする一般用語となった。ここ最近の開発者向けカンファレンスでもホットトピックの1つとなっており,CEDEC 2024において,「将来的には80%のゲーム開発はAIに任せられる」と発信されていたことが記憶に新しい(関連記事)。
企業向けコンサルタントを行うBain & Companyが報告するところによると(関連URL),「今後5年から10年のあいだに,ゲーム開発の50%は生成AIを使って効率化が図られていく」という。
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当連載「第816回:ゲーム1本,100ドル時代は来るのか?」において,開発費の高騰によって,ゲームの市場価格が上がっていく可能性について指摘した。ゲーム業界は,昨今のリストラ問題があるにも関わらず,恒久的に人材難に悩まされているが,そこで活躍が期待されるのが生成AIやその基盤となる機械学習になるのは間違いない。
ゲーム開発は,コンセプトやアセットづくりから始まり,実際のゲーム開発とテスティング,リリース,さらにはライブオペレーションといったステップで進行していく。大企業であれば,これらの工程を長期間にわたって,延べ1000人を超える人材を使ってこなしていくことになる。開発環境は昔よりもはるかに整っているが,開発時間と費用は膨れ上がっていくばかりなのだ。
近年では,Blizzard Entertainmentが,新しいアイデアのコンセプトアートを作成するために,「World of Warcraft」や「Overwatch」などの自社タイトルを使って学習させた画像ジェネレーター「Blizzard Diffusion」を開発している。また,Epic GamesもAIベースのデバッグ用ツールを「Unreal Engine」に搭載している。
GDC 2024では,ゲーム開発向けに大規模言語モデル(LLM)を使って会話生成技術を開発するInworldが,最新デモとなる「The Quinn Ambassador」を出展し,筆者もテストプレイしてきた(関連記事)。Ubisoft Entertainmentは,このInworldのテクノロジーと,NVIDIAの音声・表情合成技術である「Audio2Face」を利用した,ゲーム内NPCの表現技術「NEO NPC」をアナウンスした(関連記事)。
Inworldといえば,2023年に「Inworld Origins」という,事件現場でAIと会話しながら真実を暴くミニゲームを無料公開したことは「第752回:急速に発展を遂げる生成系AIとゲーム業界」で紹介していた。ほかにも「Roblox」で,同様のデモをプレイできる「AI Wonderland」がリリースされているなど,企業やプロジェクトの規模の大小に関わらず,生成AIは本格的にゲーム産業に浸透しつつある。
こういった動きは日本のメーカーも同様で,先日Google Cloudの顧客事例としてカプコンにフォーカスしたブログ記事が掲載された。
ゲーム開発の序盤に必要となる,カプコンが“アイデア出し”と呼ぶ作業工程に,「Vertex AI」や「Gemini Pro」といったGoogleのソリューションが活用されていることが紹介されており,テレビの架空メーカーのロゴなど,使われないものも含めると数十万件にも及ぶオブジェクトのアイデアが生成AIで作成されたという。ゲームグラフィックスの向上に伴い,細かい部分までリアルさが求められるゆえの新しい開発手法だが,過去の手作業から効率がはるかに上がっているのは明白だ。
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Microsoftのゲームシーン生成AI「Muse」の行き着く先は?
日本時間2月20日には,Microsoftの技術開発部門であるMicrosoft Researchの公式ブログや,Xbox Wireで,自社製の生成型AIモデルMuseが発表された(関連記事)。
ゲームのビジュアルやプレイヤーの操作に対する反応までを生成する,「World and Human Action Model」(WHAM)と呼ばれるAIモデルをベースにしており,傘下スタジオであるNinja Theoryが2020年にリリースした「Bleeding Edge」での,匿名化された50万回のゲームセッションから,10億を超えるゲーム画像とコントローラ入力を抽出してAIのための学習素材に利用したという。10フレーム/秒の映像を初期状態として,そこから先はMuseがBleeding Edgeの複製に見える,複雑な3D環境でのゲームプレイシーンを作り上げることに成功した。
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Microsoftが今回行った内容は,あくまでもゲーム映像をリアルタイムで生成してみせるという実証実験だ。そのため,ただちにゲーム開発そのものをMuseが手掛けることはないだろう。AIが3Dゲームの世界を詳細に理解し,一貫性のある多様なゲームプレイをシミュレートできることが証明されたに過ぎない。「DOOM」の生成に成功したGoogleの「GameNGen」と似た,今後のゲーム開発のための前準備といったところだ(関連記事)。
Museの実験成果がアナウンスされたあと,Microsoftの会長兼CEOのサティア・ナデラ(Satya Nadella)氏は,自身のXにおいて,「Windows 11」に搭載されているGPT-4ベースのAIチャットボット「Copilot」にこのWHAMテクノロジーが活用される可能性を示した。
「一緒にBleeding Edgeを遊ぼう」とタイプ入力することで,クライアントをダウンロードしたりクラウドを使ったりすることなく,AIがリアルタイムで自動生成したゲームを,AI相手に対戦できるようなことが,それほど遠くない未来に実現するのかもしれない。
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一方,Xbox部門を統括するフィル・スペンサー(Phil Spencer)氏は,Museの活用については慎重な姿勢を見せており,「ゲームプレイデータとビデオから,モデルが古いゲームを学習し,モデルが実行できるあらゆるプラットフォームに移植できる世界を想像してみてください。(中略)このAIモデルでは,元のハードウェアで元のエンジンを実行する必要なく,ゲームのプレイ方法を完全に学習する能力は,多くの可能性を切り開くと思います」としており,まずはクラシックタイトルの保存活動やゲームプレイの再現に役立てていくという未来を語っている。
スペンサー氏とともにMuseアナウンストレイラーに出演したNinja Theoryのドム・マシューズ(Dom Matthews)氏も,「この技術は,AIを使ってコンテンツを生成するということではありません。実際には,100人のクリエイティブなエキスパートからなる当社のチームがより多くのこと,さらに先へ進むこと,より迅速に反復すること,頭の中にあるアイデアを具体的な形で実現することを可能にするワークフローとアプローチなのです」と,ゲーム開発が生成AIに取って代わられることを否定している。
Microsoftがこうして念を押すように,Museのようなテクノロジーが人間の創造性や雇用機会を奪わないとしても,GoogleのGameNGen,イーロン・マスク(Elon Musk)氏がアナウンスしているxAIから派生させたゲームスタジオ,メタバースを活性化させようとするマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏のMeta AIなどを見ても分かるとおり,大手IT企業が先を争うように生成AIのゲーム開発への応用に乗り出しているのは事実だ。
今後,早急なルールづくりが求められることになるはずだが,Bain & Companyが予想する「ゲーム開発の50%は生成AIを使って効率化が図られていく」という未来はそれほど遠くなく,あっという間にゲーム開発現場の在り様が変わってしまう可能性も否定できないのではないだろうか。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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