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「悪役令嬢を探して」第3回:2010〜2024年は「むしろ悪役令嬢が減る」!? 総勢476作品から検証した「悪役令嬢ゲームの現在地」に迫る

 近年人気を集める「悪役令嬢」もの。だが,そのイメージソースとされる「乙女ゲームの悪役令嬢」の存在については,これまで幾度となく疑義が呈されてきた。では,本当に乙女ゲームに悪役令嬢は存在しないのだろうか?

 4Gamerではゲーム研究者・向江駿佑氏に依頼し,「悪役令嬢を探して」と題して,全3回構成で乙女ゲームの中の「悪役令嬢」史をお届けする。第1回は1990年代,第2回では2000年代を扱ったが,今回のテーマは2010〜2024年だ。トータル476作品にも及んだリストアップと分析の結果,見えてきた「悪役令嬢の現在地」とは……?

 最終回となる今回は,2010年代以降のタイトルを一気に見ていきたい。初回の公開が昨年の5月だったので,連載開始からはもう1年が経ったことになる。一応“連載”だと認識していただいている読者でも,そのコンセプトまで思い出すにはあまりに間が空きすぎてしまったであろうと思われるので,毎度ながらあらためて本連載の目途を掲げておこう。

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 近年人気を集める「悪役令嬢」もの。だが,そのイメージソースとされる「乙女ゲームの悪役令嬢」の存在については,これまで幾度となく疑義が呈されてきた。では,本当に乙女ゲームに悪役令嬢は存在しないのか? ゲーム研究者・向江駿佑氏による,乙女ゲーム史の裏側に迫る短期連載(全3回)をお届けする。

[2024/05/25 11:00]
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 近年人気を集める「悪役令嬢もの」のイメージソースはどこから来ているのか? 本連載「悪役令嬢を探して」では,その淵源を乙女ゲームに求め,10年区切りで作品を網羅的に検討,「悪役令嬢」を見出していく。今回は2000年代の悪役令嬢に会いに行こう。

[2024/11/27 08:00]

 各回の冒頭でも述べているとおり,本連載はいわゆるなろう系小説をはじめとするWebコンテンツに登場する「乙女ゲームの悪役令嬢」像そのものを,実際の乙女ゲームのなかに見出そうとする試みではない。ここで目指すのはむしろ,マンガやアニメのような先行メディアの影響を受けながらも,それらとは異なる独自の魅力的なキャラクターカテゴリーとして形成されてきた乙女ゲームの悪役令嬢像が,どのような点で後続メディアに解釈・改変・乖離されてきたのかを探るための参照点を抽出することである。

 そのため最初に一定のガイドラインを示しつつ,過去2回ではボーダーライン上のケースも含めあえて広く取り上げ,それらのキャラの共通点や核となる要素の検討,ストーリー展開のパターン化を試みてきた。悪役令嬢論争に終止符を打つことを期待してページを開いた方には申し訳ないが,我々の探している悪役令嬢は本来の乙女ゲームのそれであって,「なろう系小説がイメージする乙女ゲーム」の悪役令嬢ではないのだ(ただし「マイネリーベ」のように両者がオーバーラップすることもある)。

 とはいえ,どうしてもなろう系悪役令嬢が登場する事例が知りたいという向きもあるだろう。そうした読者や同様の世界観の作品を実際にプレイしたいという人のために,今回は悪役令嬢ブームにインスパイアされて制作されたゲームも取り上げる。

 「乙女ゲームの悪役令嬢は実際に存在するのか?」から「乙女ゲームの悪役令嬢は実際にはどのような存在なのか?」へと問いを横滑りさせることで,知らない世界だけでなくすでに馴染みの世界にも,新たな光を投げかけてみよう。

調査の対象と方法


 まずはいつもどおり,対象作品と検証方法について説明しておこう。今回は2010〜2024年に家庭用および携帯ゲーム機,PC向けに発売された商業作品のうち,フルリメイク以外の移植やバージョン違いを除いた476タイトルをリストアップした。ただ前回から調査範囲が300本ほど増加しているぶん,見落としも少なからずあると思われる。

 たとえばゲーム機やPCに移植された携帯電話やスマホ向けアプリは含まれているが,未移植の作品の多くはすでにサービスが終了しており,情報収集には長時間のサルベージ作業が必要となるため,今回は対象外とした。また一部の成人向けや女児向けタイトルなど,乙女ゲーム関連メディアでのプレスリリースがなかったタイトルに関しても,筆者が気づいていないものがあるだろう点はご容赦いただきたい。

 さらに1作品に3,4人の攻略対象がいると仮定すると,計1500ルート以上,マルチエンドだと最低でも3000ルート以上が存在することになる。この数を前回までと同じ期間で検証するとなると,これまでと同じ方法では難しい。

 そこで今回は,公式サイトや公式ガイドブックなどで事前に目星をつけたうえで,可能性がありそうなキャラが登場する作品を優先的に購入して確認することとした(とはいえとくに移植されていない場合,10年前の作品でさえ価格が高騰しているものも多く,そもそも現物に触れられなかったものも少なくない)。

 QuinRoseのように撤退したブランドの運営していたサイトはすでに消滅していることもあり,実際のプレイ時間以上に,バックアップサイトを含む全タイトルの情報を把握するのに予想外に時間がかかってしまった。他方,(おそらく読者諸氏も含まれるだろう)ブレイヤーたちのツイートや個人ブログにしかない情報も多く,あらためてコミュニティの存在の重要性を感じた。有意義な情報を得られたことに感謝すると同時に,この連載が諸氏の新たな議論や考察のきっかけになれば著者冥利に尽きる。

 こうした制約のなかでも敵やライバルとして女性キャラが登場する作品は少なくとも30本程度あり,いわゆる悪役令嬢とみなせそうなのはその半分強だった。ただしこのなかに移植作品や,(別のキャラが該当するのでないかぎり)シリーズものの続編は含まれていない。

 PSPやPS Vitaといった携帯機の性能アップによって,より手軽に高画質のスチルを楽しめるようになったこともあり,2010年代に入ると移植やファンディスク,続編の割合は高まっている。PS2などのレトロソフトに関しては,前回紹介した「ワンド オブ フォーチュン」のような一部の人気作にとどまるものの,PSPで出た作品がPS VitaやNintendo Switchといった次世代機へと短いスパンで移植されていくことは,もはや当たり前の光景となっている。そのため実際のプレイヤー目線では,この時期でももう少し高い頻度で悪役令嬢ものに触れる機会があったと言える。

 しかしそうした事情をふまえてもなお,全体のおよそ1割程度にはみられるという前回までの割合と比べると,低いことは否めない。それを補うというわけではないが,数の上では不足分を上回る規模で確認できるのが,個人制作のゲームである。

 今回のもう一つの特徴として,悪役令嬢人気が高まって以降に発売されたタイトルが多数存在することがあげられる。とくにジャンルの代名詞ともなった「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(2014-)が投稿されていた2010年代半ば以降は,乙女ゲームとそれ以外のメディアで参照関係があってもおかしくはない。それについてはあとで述べるとして,ひとまずこの時期を分水嶺に期間を区切ってみていこう。

2010年代前半


「AMNESIA」(2011)


 移植作品ではない2010年代のオリジナルタイトルとして最初に取り上げるのは,アイディアファクトリー「AMNESIA」だ。本作は同一人物が複数のルートで別々の性格をもつというパラレルワールド的な構造になっている。その登場人物の1人であるリカは,とあるルートで主人公を闇討ちしようとしてくるなど,これまで紹介してきた悪役令嬢たちに比べ格段に危険度が高い(図1)。にもかかわらず,別のルートでは彼女は主人公の親友として登場する。

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図1 主人公が崖から転落し意識不明となり,攻略対象がリカたちを断罪するバッドエンドも

 本作はいずれのルートでも主人公の記憶喪失を軸としたミステリー仕立ての物語が展開されるのだが,作品全体の構造(ほかのルートすべてでGOODエンドをみないとあらわれない)からすると,こちらの方が真相ルートと言える。外見・言動・社会的な立場などあらゆる面で悪役令嬢の典型を示しながらも,突然の立ち位置転向でプレイヤーはどこか疑念を抱いたまま読み進めざるを得なくなってしまう。プレイアビリティを抑えて物語にフォーカスしてきたオトメイトブランドの強みは悪役令嬢ものでもうまく生かされており,このあともさまざまなかたちで続いていく。

18禁ソフト


 今回の18禁ソフトはいずれも昆虫がモチーフとなっている。いずれも人ならざるものの比喩表現としてのイメージをうまく活かしており,これまで紹介した作品とは異なる雰囲気が味わえる。

 「蝶の毒 華の鎖 〜大正艶恋異聞〜」(2014)は,タイトルの蝶ではなく蜘蛛に注目したい。エンディングの一つにもなっている「女郎蜘蛛」のことだ。主人公百合子の母の友人である天海鏡子は,四十路ながら大富豪の娘ゆえの財力によって性的に奔放な生活を謳歌している。令嬢に年齢の上限があるかは文脈によって意見が分かれるところだが,百合子がいうように,作中の鏡子は30代か,性行為のシーンではそれ以下の年齢にも見える。その欲望の対象は異性だけにとどまらず,下男に犯された百合子をも籠絡し堕落の道に引き摺り込む(図2)。

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図2 画像はCERO DのPS Vita版

 彼女とのエンディングはこれだけで,乙女ゲームでは珍しい百合エンドだ。だがBADエンドに分類されていることからも分かるとおり,主人公にとって鏡子は決して自立に向けた一時的な庇護者ではない。むしろそのエンディングタイトルは,蜘蛛の巣に絡め取られた彼女のその後の命運を示唆している。

 「蝶の毒」の蜘蛛に対し,「女王蜂の王房」(2014)はタイトルどおり蜂の世界の物語である。とはいえ主人公や攻略対象といった主要キャラは全員人間の姿をしており,冒頭から不穏な雰囲気ではあるが,一見普通の乙女ゲームとさして変わらない。本作のユニークな点は,女性が主人公の乙女ゲームに女王蜂を中心に巣を形成する蜂の生態をうまく援用していることと,そこに2人の主人公を登場させたことだ。

 2人の女王候補,と聞けば「アンジェリーク」シリーズを思い出すが,こちらはかたや次期女王として箱入りで育てられためのう,かたや同じ女王候補者でありながら邪魔者として排除され,下界でひたすら働き蜂たちの慰みものにされてきた輝夜という,対極的な立場に置かれている。

 女王の死に伴う輝夜の逆襲によって2人の立場は大きく変わっていくのだが,両者の共存を願うめのうにとって,女王暗殺の罪を自分になすりつけ,あまつさえ王宮から追い出した輝夜は悪役令嬢と呼べる存在だ。しかしその輝夜にも性奴隷からの脱却という背景があり,これまでの作品とはあきらかに異質な悪役令嬢像となっている。

 悪行に対する抵抗感のなさや(もとは強制されたものとは言え)性的な経験の多寡は,あたかもマルキ・ド・サドの描くジュスティーヌとジュリエットのような対比だが,本作もまた,それぞれの主人公ごとに独立してプレイできる別のディスクとして販売されている。両方をプレイすることで復讐と転落の両方を楽しめる点でも,悪役令嬢ものに倦んでいる向きにはとくにおすすめだ。

原作もの


 18禁ゲームとは対照的な少女漫画原作の恋愛ゲームも,引き続き多数発売されている。「12歳。〜ほんとのキモチ〜」(2014)と続編に登場する浜名心愛もまた,この手のタイプの学園ものに典型的な悪役令嬢と言える。主人公の綾瀬花日には最初から彼氏がおり,心愛もまたその彼に恋慕しているという,前回紹介した「DEAR My SUN!!〜ムスコ★育成★狂騒曲〜」のようなコミカルな路線だが,3人で顔をあわせる機会が多く,心愛が直接的に拒絶される場面が見られる点は,当該作品と異なっている。

 このように原作の存在するゲームは,原作とのテンポや描写のちがいを精査することで,ゲームという形式に落とし込まれたさいに削ぎ落とされる,あるいは逆に増幅される要素が見えてくるかもしれない。今回は対象作品の選出と分析で手いっぱいでその余裕はなかったが,次の段階として複数メディアで展開された作品についてはそれぞれのメディア間での比較検討が必要だろう。たとえば小説における心情の掘り下げやすさや,ゲームにおける繰り返しと主人公の一人称視点の多さなどは,それぞれの人物描写に少なからず影響していると考えられる。

2010年代後半〜2020年代


 2010年代後半は,小説を中心に「悪役令嬢」ブームが盛り上がってきた時期に当たる。しかし意外にも,乙女ゲームに登場する悪役令嬢の数は減少している。ブームの過渡期である2015年発売の2本を除くと,それらしい作品は「天涯ニ舞ウ、粋ナ花」(2018)が挙げられる程度にとどまる。ともあれ,まずはそれぞれをみてみよう。

「絶対階級学園〜Eden with roses and phantasm〜」(2015)


 本作は本連載にあたっての事前調査(初回を参照)でも,悪役令嬢が登場する作品として名前があげられていた。数十人を分析してきたあとで今回あらためて検証してみると,本作の悪役令嬢玖珂参月は,いくつかの点でこれまでのタイプとの差別化が図られていることが分かる。

 本作では主人公の立場が上下するのにあわせて,周囲の反応が変わる。また薔薇・ミツバチ・石ころの3階級のうち,攻略対象ごとに主人公が最上位のバラと最下位の石ころのバージョンのルートが存在する。図3は石ころ階級の主人公と薔薇階級の参月の会話の一場面だ。

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図3 彼女をはじめ,今回は日系とおぼしきキャラがほとんどだ

 参月の態度はこの後二転三転する。彼女の思い人である鷹嶺陸を救うためといって,それまでの主人公に対する不遜な態度を詫び,友人のように振る舞ったかと思えば,その後ふたたび本性をあらわす。これまでの悪役令嬢たちの,最初から一貫しているか少なくとも和解後に豹変することはなかった態度からみると,自らの目的のために表面的とはいえ下手に出ることさえ厭わないこのタイプもまた,ありそうでなかったものだ。どちらかと言えばコミカルな役回りが多い悪役令嬢のドラマ性を描くには,こうした起伏の激しさは有効な手段の一つと言える。

「帝国海軍恋慕情 〜明治横須賀行進曲〜」(2015)


 明治時代を舞台にした海軍軍人との恋愛譚ながら,本作にとって時代背景はエッセンス程度でしかない。それよりも,小説等でみられる悪役令嬢の特徴としてあげられることが多い婚約破棄断罪が,両方描かれているのが特徴と言える。攻略対象の1人である原正毅の許嫁,志賀京が本作の悪役令嬢だ(図4)。

 攻略対象であるからには当然原も彼氏候補であり,主人公は文字通り悪役令嬢から婚約者を奪うことになる。「はめフラ」の商業出版開始と重なるこの時期に,乙女ゲームにも別の視点からこのテーマを扱う作品があったことは興味深い。作品自体のボリュームが控えめなためあっさりとしか描かれていないが,自らの失言から父親の不正が暴露して親子もろとも断罪される結末や,修道院送りになった彼女がハッピーエンドで主人公と和解するシーンは,もっと掘り下げてもよかったかもしれない。

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図4 作中では彼女の葛藤も描かれる。それだけに登場シーンが限られるのが残念だ

「天涯ニ舞ウ、粋ナ花」(2018)


 こちらは昭和初期の赤坂の割烹が舞台である。降ってわいた主人公の婚約話とその取り消し,悪役令嬢たる割烹弥島の長女りん子の離婚と出戻りが描かれるように,婚約や結婚がより明確に物語を駆動させる軸の一つになっている。

 三代続く都心の割烹の長女として何不自由なく育ったりん子は,女性や妻だからといって家事をすることは当然視されるべきではないという姿勢をつらぬき,嫁ぎ先から追い出されてしまう。彼女の言い分と,結婚は無理にするものではなく女性も自立すべきという,米国留学帰りの彼女の伯母綾乃のリベラルな考えには,じつは共通する部分もあるのだが,「田舎の旅館からきたよそもの」である主人公に対する態度は両者で正反対となっている(図5)。悪役令嬢の保守性とは何かを考えさせられる作品だ。

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図5 本作もまた,結婚にまつわる現代との価値観のちがいが描かれる

2020年代


「テミラーナ国の強運姫と悲運騎士団」(2023)


 まだ2025年であるとはいえ,2020年代の新規タイトルにおける悪役令嬢の登場率ははっきりと低下している。むしろ毀誉褒貶のある巷間の「乙女ゲームの悪役令嬢」イメージに抗するかのように,あえて出さなくなっていると考えたほうが近いのかもしれない。

 本作は,そのなかで数少ない例外と言える。「女王蜂」の主人公たちは王位継承者ながら姉妹というよりは幼馴染のような描かれ方をしていたが,本作の主人公である第三王女セシリアと悪役令嬢こと第一王女クラウディア・ファリアス・テミラーナは実の姉妹だ(図6,なお第二王女のアンジェラもまたセシリアを嫌悪している)。

 本作の場合はいずれも最初から王女であるが,悪役令嬢の源流の一つとして挙げられることもある,「シンデレラ」の主人公姉妹と似た構図と言える。こちらは彼女たちの母親である王妃のイザベラが姉妹を分け隔てなく扱うため,クラウディアの悪意が空回りする場面もみられるとはいえ,ありそうでなかった姉妹間の諍いは,悪役令嬢ものに新たな展開(原点回帰というべきか)をもたらした。

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図6 ここにきて黒髪の悪役令嬢が増えているのも興味深い

「9 R.I.P.」(2023)


 本連載における商業作品のトリを飾るのは「9 R.I.P.」だ。本作も「AMNESIA」などと同様,ルート分岐によってまったく異なる展開へ進むのだが,一部のルートに登場する美住レイカは,ある意味でこれまでの作品の登場人物たちよりも一般に流布している悪役令嬢像に近いかもしれない。

 本作の登場人物はほとんどが死者や妖であり,レイカもまた,独占欲から想い人である香羊(ヨゾラ)と無理心中しようとして命を落としている。しかし作中の死者は地獄で独自の世界を形成しており,特殊な手段によって現実世界にも行き来できる。

 心中から逃れたが二つの世界の狭間にとどまっている香羊を,もう一度殺して自分と同じ地獄につなぎとめるため,レイカは両方の世界を行き来できる主人公珠沙に憑依して体を乗っ取ろうとするも,最後は別の攻略キャラである聖ヤによって魂を消滅させられる(図7)。

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図7 最後まで一片の反省もなく消えていく,ある意味理想的な悪役令嬢

 裕福な家庭に生まれるも対人関係がうまくいかず,人気配信者だった“ヨゾラ”に多額の投げ銭をして心の隙間を埋めていた彼女が,最後には無理心中をはかるも失敗して断罪されるというのは,いかにも現代の悪役令嬢という感じだ。本作には攻略対象やサブキャラクターの視点に切り替わるパートがあり,選択肢等で行動を変えることはできないが,レイカの心情もそこで知ることができる。

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表1 2010年代以降の悪役令嬢たち

 以上,今回は新たな展開を示した9本を紹介した(表1)。PCソフトを除くと大半がアイディアファクトリー製品であり,ジャンルとしての成長は停滞していると言える。一方で,最後に強烈な作品が登場したことは,今後これを超える“悪の華”が生まれてくるのか期待をもたせる結果となった。だが今回取り上げる作品はこれで終わりではない。冒頭で述べた商業タイトル476本以外にも,注目すべき作品は少なくない。次はそんなもう一つの乙女ゲームに目を向けてみよう。

同人作品


 本連載ではこれまで商業作品のみを扱ってきたが,冒頭で述べた通り,個人制作の同人作品における乙女ゲームもまた盛り上がりを見せている。2万本以上の投稿作品がある国内最大手のフリーゲーム配布サイト「ふりーむ」では,アクションやシューティングといったプレイジャンルと並んで,物語ジャンルである乙女ゲームが独立したものとしてカテゴライズされるほどであり,最古のものはゼロ年代初頭に公開されるなど,じつはこれらも20年以上の歴史がある。

 その同人ゲーム界隈に,2010年代後半以降明確にみられるようになったのが悪役令嬢インスパイアものだ。これは「ふりーむ」だけでなく,「ノベルゲームコレクション」や「PLiCy」など同種のサイトにもみられる傾向で,毎年複数のタイトルが公開されている。一部男性主人公のものや,シミュレーションやマップ探索型のアドベンチャーなども含まれるものの,なろう系小説などに親しんでいる読者にとってはニヤリとする展開が多く,なじみがないプレイヤーにとっては手軽にステレオタイプを知ることができる,間口の広い設計だ。

 以下,筆者が実際にプレイしたおすすめタイトルをあげておく。すべて無料かつブラウザ上でプレイ可能,長いものでも1,2時間程度でエンディングをコンプリートできるものばかりなので,気軽に楽しめる。

転生してない悪役令嬢はまだ運命を知らない」 (2020)


 日英露の3カ国語に対応したマルチエンドノベルゲーム。ここにあげた作品の中では比較的早期に公開されているが,この時点ですでに断罪や婚約破棄といった,なろう系悪役令嬢の特徴が含まれている(図8)。

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図8 初っ端からお約束の展開が見られる

悪役令嬢は断罪を拒否します!」(2022)


 同人作品ながらフルボイスのノベルゲーム。こちらもベタな導入からのギャグエンドが多いので,ジャンルのお約束を知らなくても分かりやすい(図9)。エンディング数は6,いずれのルートも短いので手軽に楽しめる。

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図9 同時期の商業作品とはことなり,同人作品の悪役令嬢は金髪ロングが多い

ヤンデレ好きが推しに執着される、悪役令嬢に転生できたのに、プログラムに勝てません!!」(2023)


 「ドキドキ文芸部」(チーム・サルバト 2017)を思わせるような,いわゆる「メンヘラ」な攻略対象とメタな会話が特徴的な作品。攻略対象の方が世界(プログラム)の構造を理解しているというパターンは斬新だ(図10)。

 難点は分岐が選択肢ではなくミニゲーム(しかも結構難しい)の成功失敗によることだ。ブラウザのサイズを小さくして連打すると多少難度が下がるのと,クリックポイントの出現順や場所には各回に決まったパターンがあるので,覚えてしまうといい。なおMacの場合,Safariではミニゲームがプレイできないので,Windows版をダウンロードするかChromeなど別ブラウザでプレイする必要がある。

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図10 グッドとバッド,どちらのエンドもホラーチック

乙女ゲームは悪役令嬢と共に」(2024)


 本作では悪役令嬢はライバルとして登場する。攻略対象が複数いる点では,他作品より一般的な乙女ゲームの構造に近い。選択肢によっては主人公が彼女に始末されてゲームオーバーになるなど,短いボリュームの中に手際よく選択肢と分岐ルートが配置されている(図11)。

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図11 悪役令嬢リリー。怒らせると即ゲームオーバーになることも

転生した世界で推しの理想の悪役令嬢になりたい!」(2024)


 本作は選択肢のないノベルタイプなので,プレイに応じたストーリーの変化を楽しみたいプレイヤーには不向きかもしれないが,美麗なグラフィックスとともに悪役令嬢に転生した主人公の活躍を楽しむにはちょうどいいボリュームの作品だ。ゲームは苦手という向きにも最初の1本としておすすめできる(図12)。

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図12 主人公が転生する悪役令嬢シャルロッテと,主人公の推しで主人の傍若無人ぶりに心酔する執事ミハエル

悪役令嬢だから男はみんなあたしの言いなり」(2022)


 同人作品はビジュアルノベルだけではない。本作は「VARIABLE BARRICADE」を彷彿とさせるダメ婚約者候補たちを,飴と鞭でしつけるシミュレーションゲームだ(図13)。プレイヤーは3人の候補の機嫌をとりつつ,忠誠心を高めなければならない。いわゆる「女攻め」ジャンルで,立場の逆転がないため,そのようなカテゴリの作品が好きな人は安心してプレイできる。

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図13 候補者たちは鞭を振るうほどに従順になっていく

悪役令嬢はワンマップで婚約破棄を回避したい」(2023)


 本作はタイトルどおり一つのマップのなかを探索し,幼馴染の王太子との思い出を集めて断罪を回避するアドベンチャーゲームだ。乙女ゲームやノベルゲームに興味がないプレイヤーでも,なろう系悪役令嬢のお約束は踏襲しつつもギャグ寄りのエピソード部分や,意外と手応えがある探索パートは十分楽しめる(図14)。

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図14 周回プレイやあえて記憶を消すことが分岐条件になっているなど,メタ要素も

見張り番」(2024)


 コミカルな展開が多い転生悪役令嬢ものの中で,看守の視点から断罪前夜の悪役令嬢との1週間の交流を描く本作は,作中に通底するシリアスさが異彩を放つ。操作キャラこそ女性ではないが,締めくくりにふさわしい読後感があるので例外的に紹介しておきたい。

 本作はマルチエンドのビジュアルノベルで,シンプルな作りながらグラフィックスやサウンドに独特の味があり,自然と引き込まれてしまう。悪役令嬢シャウラとの会話が星空の見える夜の監獄の鉄格子越しに行われるのも,幻想的な雰囲気を生み出している(図15,彼女の話の内容も星座や神話にもとづくものが多い)。監獄の中で処刑を待つ彼女のどこか諦観したような態度は,トゥルーエンドに到達した時にその意味が明かされる。

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図15 クリア後に見られるおまけでより深く世界観を知ることができる

おわりに


 最後に本連載を振り返ろう。まず1990年代には,先行メディアである少女漫画からの影響を強く受けた悪役令嬢像がみられた。しかし物語展開に関しては徐々に彼女たちとの関係性が複雑化し,受動的に交流するだけでなくこちらからアクションを起こしたり,友情関係を育んだり,といったプレイもできるようになっていく。

 2000年代にはバリエーションがさらに拡大し,相手がグループ化したり自分が悪役令嬢になったりできるなど,ゲームならではのあり方が模索された時期だった。造形に関しても金髪縦ロール一辺倒からの脱却がみられ,外見と内面の両方でこれまでとは異なるパターンが生み出された。

 そして今回,意外にも新規の商業作品における悪役令嬢の数は減少し,入れ替わるように同人作品においてなろう小説から逆輸入されたイメージが存在感を増すようになった。また前者が2000年代までの明るい髪色から今回は黒髪優勢へと移行する一方,後者では依然として金髪が多数派だった。それがある種のタイムラグなのか別の理由なのかの解明は,稿を改めたい。

 本連載はこれにて終幕となる。あわせて論文2本程度の長さに30年以上の乙女ゲームの悪役令嬢の歴史を詰め込んだため,取りこぼしや筆者の判断で捨象した作品も少なくない。全体の趣旨は各回の冒頭で述べたとおりだが,それでも悪役,あるいは令嬢かどうかのボーダーラインの引き方に納得いかない向きもあるだろう。もっと単純に,多くの作品をプレイするなかで筆者がほかの作品と混同したり,事実誤認したりしている部分があるかもしれない。

 これらにとどまらず,いただいたご指摘は今後の調査・研究のさいに留意するつもりだ。書かれたものは批判を受けてこそブラッシュアップされていくので,忌憚のないご意見をお聞かせいただけるとありがたい。

 ここまでお付き合いいただいた読者諸氏には,あらためて感謝する。一連の作業のなかでほかにもいろいろと面白そうな要素があることが分かったので(乙女ゲームの攻略対象における男の娘や女装男子の変遷なども興味深かった),またいつか拙稿がお目汚しすることがあれば,ご笑覧いただけると幸いだ。

※本項の執筆にあたって情報をお寄せいただきましたみなさま,ありがとうございました。

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