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セッション「ゲーミフィケーションの現在地と未来」をレポート。ゲーミフィケーションのこれまでと今後を,学問・業界・産業における有識者が語った
本稿では,2010年ごろ流行したゲーミフィケーションの考え方が,なぜ今再び脚光を浴びているのか,そして今後どのような未来が描かれていくのかなどについて,学問・業界・産業における有識者が意見を交わしたセッション「ゲーミフィケーションの現在地と未来」をレポートする。登壇者は,以下の3名である。
・東京大学大学院 情報学環 教授 藤本 徹氏
・遊びと学び研究所 ゲーミフィケーションデザイナーLv.99 岸本好弘氏
・ゲーミフィケーション研究所 所長 / セガXD 代表取締役 社長執行役員CEO 谷 英高氏
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ゲーミフィケーションの定義とは
トークの最初のテーマは「ゲーミフィケーションの定義とは?」だ。藤本氏は,学術的な定義としては,狭義だと「ゲームそのものではなく,ゲーム以外のことにゲームの要素を採り入れること」であると説明。広義では「学習ゲーム,あるいはゲームを採用した研修などの取り組み」も含まれるとし,「ゲームをさまざまな場面で活用したり,社会課題の解決に活かすこと」であると語った。
また,さまざまなゲーミフィケーションの事例が,経済産業省の「『令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)』に関する報告書」に掲載されていることも紹介した。
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岸本氏は,ゲーミフィケーションについて,より具体的に「遊び心を持つこと」と表現した。たとえば「部下や同僚のモチベーションを上げる」という課題に対して,過去何十年にもわたり効率化や合理化などの手法が用いられてきたが,それらのやり方では最早どうしようもないということに多くの人が気づき始めている。そうした人々が次に注目しているのが「遊び心」,すなわちゲーミフィケーションだというわけである。
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岸本氏は,「遊び心は数値的には無駄なことであり,効率化・合理化とは正反対」と説明する一方で,「それを許容する会社や組織が今後生き残っていく。たとえば若い人が入ってきたり,離職率が下がったりすることが期待できる」と見解を述べた。
また遊び心やゲーミフィケーションを,生きづらくなっているとされる昨今の社会情勢において,考え方次第でポジティブになれるような,言わばウェルビーイングにつながるような存在として広げていきたいと展望を語った。
谷氏は,ゲーミフィケーションを用いて事業者を支援する立場から,「遊び心やゲーム・エンターテイメントの感情を揺さぶる要素を,体験設計まで含めてしっかりノウハウやビジネスに落とし込むこと」が,ゲーミフィケーションの定義であるとまとめていた。
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ゲーミフィケーションを取り入れるために必要なこと
2つ目のトークテーマは,「ゲーミフィケーションを取り入れるために必要なことは?」だ。
昨今さまざまな企業がゲーミフィケーションに注目しており,すでに活用しているところもあれば,これからというところもあるわけだが,そのためにはどんな考え方などが必要となるのかが語られた。
岸本氏は再び「遊び心」を挙げる。高度成長期が終わり,日本の経済があまり成長できなくなってからは効率化・合理化が叫ばれたが,今振り返ると結局うまくいったとは言えない。また現在は,効率化・合理化だけならAIが人間を上回る可能性も高くなっている。
その一方でAIは過去の事例や傾向などを網羅し,うまくまとめることには長けているが,新しい何かを生み出すことに関してはそれほどでもない。
岸本氏は,クリエイティビティやイノベーションを生み出すのは人間の遊び心や,ひいてはゲーミフィケーションの考え方であるとし,それこそが今後の人間の価値ではないかという見解を示した。
さらに人間は遊び心があるからこそ,たとえば力ではクマに勝てなくとも地球の生態系のトップに立てたとし,「短期的な効率ではなく,本来持っている遊び心によって人間は進化してきた」と持論を語った。
ゲームに関する研究を長年続けてきた中で,さまざまな企業から相談を受けてきたという藤本氏は,「学術的な観点に限らないが,楽しく,ワクワクしながら試行錯誤してほしい」とし,単にゲームにすれば人が集まったり,やる気が持続したりすると思わないでほしいと語る。
たとえばゲームデザイナーやプランナーが,面白くなりそうな要素を試し,うまくいかなかったらまた考えて試してみるというスモールステップの繰り返しで,徐々にゲームを面白いものに仕上げていくようなプロセスが,ゲーミフィケーションを取り入れる際にも必要となるとのこと。
藤本氏の言葉を受けた谷氏もまた,セガXDでは顧客のサービスにゲーミフィケーションを取り入れるにあたっては,ランキングボードやリワードなどの機能だけを求められることに抵抗があると説明。「いかにしてユーザーに価値のある体験を提供するかという手法の1つがゲーミフィケーション」とまとめた。
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ゲーミフィケーションはいつから始まったのか
記事冒頭のスライドで示したとおり,ゲーミフィケーションはゲームに関する研究の変遷を経て,2010年前後から提唱され始めた。
藤本氏によるとそれ以前,2000年代にシリアスゲームが台頭したあたり,任天堂のWiiやニンテンドーDSが登場したころから学術分野では盛り上がっていたという。また実践の観点では,江戸時代や明治時代からスゴロクやカルタが文字や四季のイベントについて学ぶために使われており,それをゲーミフィケーション的なものと捉えると,古来から続いている手法との見解も示された。
藤本氏自身がゲーミフィケーションに取り組んだきっかけは,「ツラい勉強を避けながら,勉強できる手法を模索するような人間だったから」とのこと。学校も好きではなかったそうで,あとに続く子どもたちのために,なるべくツラい思いをせずに意味のあることを学べる教材や学習環境を提供したいと考えたそうだ。
岸本氏は,自身がゲーミフィケーションに取り組むようになったきっかけとして,講師として大学や専門学校の教壇に立つようになったことを挙げた。大学の大教室で行う講義では,意識の高い受講生もいればそうでない受講生もいる。その環境で全体のモチベーションを高めるために,グループワークや「発言するとポイントが溜まる」「レポート提出は必須ではないが,出せば追加ポイントがもらえる」といったゲーム的な要素を加えたという。
そうした試みを続けていたあるとき,同僚の講師から「それ,アメリカで流行し始めているゲーミフィケーションですよね」と教えられたとのこと。「理論が先ではなく,どうやれば人がやる気になるか,モチベーションが上がるかというデザインの実践から入った」と話していた。
「ゲームの力ってすごいな」と感じたところからゲーム業界に入ったという谷氏は,その力をもっと世の中に活用できないかと考えていたときにゲーミフィケーションという言葉と概念に出会ったそうだ。そして2019年から始まったコロナ禍の中で,ユーザー体験への注目が集まった際に,ゲーミフィケーションの活用や,それによる企業の支援を本格的に考えるようになったという。
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ナッジやモチベーション理論との違い
4つめのトークテーマは「ナッジやモチベーション理論との違いは?」で,藤本氏は「研究分野の違い」であり,扱っている分野と取り扱う観点が違うと説明した。
たとえば「ナッジ」は,レジ前の床に示された足跡型のマークなど,人々に強制することなく行動変容を促すような手法だが,ゲーミフィケーション的な要素も含まれているので共通する事例もあるという。
また「モチベーション理論」は心理学として研究され,いろんな分野で適用されている。ゲーミフィケーションの領域でも,教育工学分野でよりよい教育手法や教材を開発するために参照しているとのこと。
ゲーミフィケーションは,ゲームで使われているさまざまな手法を応用するところから始まっているため,ゲームデザイナーやプランナーが開発やデザインを手がけるといったように上記の2つとは関わり方が違うけれども,人間のモチベーションを扱うという意味では共通しているとの見解が示された。
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ゲーミフィケーションの注意点
5つめのトークテーマは,「ゲーミフィケーションの注意点は?」。岸本氏は「すぐに効果が出ないこと」を挙げ,それゆえになかなか流行しないと続ける。すぐに効果が出るなら,日本中の学校や企業がすぐに採用するはずだからである。
一方で,現在は「人生100年時代」「リスキリング時代」と言われるように,多くの人は高齢になっても新たな何かを学ぶことを強いられている。そんな状況の中,ゲーミフィケーションをうまく活用することで,「嫌なことはやりたくない」「今さらやれと言われても」という人も楽しく学習できる環境の構築を期待できるというわけだ。
またゲーミフィケーションを提供する側として留意しなければならないのは,「人間の弱い部分を利用できるところ」とのこと。スマホゲームなどと同じく,ユーザーに金銭や時間を必要以上に使わせたり,あるいは変な価値観を植え付けたりといったことができてしまうので,デザインにあたっては配慮する必要があるという。
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ゲーミフィケーションの課題とこれから求められること
最後のトークテーマは,「ゲーミフィケーションの課題とこれから求められることは?」だ。藤本氏はこれまでの話を踏まえ,あらためて,ポイントやレベルアップなどの機能を取り入れたらユーザーのモチベーションが上がると考える人が多いとし,「ゲームの好みは人によって違い,競争が好きな人もいれば,もっと平和な内容が好きな人もいる。何でもランキングで競わせればいいわけではない」ことを指摘した。
さらに藤本氏は,研究段階ではあるが個別のやりたいことに対応した要素を入れるとさらに効果が上がることを紹介。今後はそれぞれのニーズに合わせたサポートする仕組みが充実していき,より「プレイフル」(=遊び心)なデザインが広がっていくだろうという見解を示した。
また自身の展望としては,従来の学校教育とは異なる文脈での経験が人間にとっての学びであることをより前面に打ち出し,何かに楽しく参加することが,実はその人の成長やモチベーションにつながることを後押しするような研究を進めたいと話していた。
岸本氏は,あらためて遊び心に言及した。いろんな形で刷り込まれているため,勉強や仕事に遊び心を持ち込んではいけないと思い込みがちになるが,実はそうではないとし,「勉強しているときや職場に,ゲーミフィケーションという形で遊び心を採り入れることでモチベーションが上がる,成果が出ると考えてみれば,多くの皆さんが幸せになるのではないか」と語る。
また岸本氏は,「ゲームが根付いているからこそ,日本ではゲーミフィケーションが今一つ流行しなかった」との持論を展開する。すなわち,それまでゲームを作ったことのないエンジニアやデザイナーが,なまじゲームを知っているだけにランキングやバッチなど形だけゲームらしいものに仕上げてしまうからである。ゲームを作ることは「それで人の心がどう動くのか」をデザインすることであり,それができるゲーム開発者はゲーミフィケーションと相性がいいとも話していた。
谷氏は,DXやAIが社会に浸透する過程で,どこか“やらされている”感覚があったとし,ゲーミフィケーションを普及させるにあたってもその点が課題になることを示した。DXやAIのようにならないためには,本質的な人間の欲求に応え,価値を生み出す必要があるとのこと。
今後AIや情報セキュリティを学んだり,環境・インフラ整備のコスト削減につながる行動変容を人々に促したりするために,よりゲーミフィケーションの活用が広がってほしいとまとめていた。
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