
インタビュー
オリジナルアニメ「空色ユーティリティ」インタビュー。クリエイターの“やりたい”を止めない,Yostar Picturesのスタイルとは
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「空色ユーティリティ」は,Yostar Pictures取締役の斉藤健吾氏が,自身のTwitterで「ゴルフアニメをやりたい」とつぶやき,キャラクターやコンセプトアートを公開したことがきっかけとなって生まれた作品だ。
公開されたアートの美しさやコンセプトが話題となり,Twitterのつぶやきは実際のアニメ企画へと成長し,ついにはゴルフを楽しむ3人の女子高生の姿を描く15分アニメとして,大晦日にテレビ放送される形となった。
本稿では,アニメの放送に先立って実施した,Yostar Picturesの取締役である稲垣亮祐氏と,斉藤健吾氏へのインタビューをお届けする。
Yostar Pictures初のオリジナルアニメ「空色ユーティリティ」は2021年の大晦日にTOKYO MXで放送。公式サイトやPVも公開

Yostarは本日(2021年11月18日),同社子会社のアニメ制作スタジオであるYostar Pictures初のオリジナルアニメ「空色ユーティリティ」を,12月31日19:30よりTOKYO MXで放送すると発表した。また,アニメの公式サイトが開設され,キャストや制作スタッフ,プロモーションムービーも公開された。
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- 編集部:Chihiro
「空色ユーティリティ」公式サイト
Yostar Picturesは
クリエイターの「やりたいこと」を止めない会社
4Gamer:
まずは自己紹介を兼ねて,経歴などをお話いただければと思います。
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制作プロデューサーをやっている,Yostar Pictures取締役の稲垣です。斉藤とは以前,トリガーという会社で一緒に仕事をしていました。僕が制作進行,斉藤がアニメーターという肩書で「キルラキル」「リトルウィッチアカデミア」といった作品に関わっていましたね。
斉藤健吾氏(以下,斉藤氏):
劇場アニメでは「アルモニ」もやってました。
稲垣氏:
アニメミライ※のやつだよね。サンジゲン,Ordet(オース),トリガー,ライデンフィルムを取りまとめているウルトラスーパーピクチャーズという会社があって,自分はそこのプロデューサーだったんです。アニメミライの参加作品にも関わっていて,斉藤はその新人枠として来た人材の1人だった,という流れでした。
※アニメミライ
2010年から2015年にかけて実施されていた,文化庁のアニメーター育成事業(若手アニメーター育成プロジェクト)。現在は「あにめたまご」の愛称で活動が続けられている。
そうして仕事を重ねて,じゃあアニメ制作会社を一緒に立ち上げようという話になり,合同会社アルバクロウとして独立したわけですね。すると,その直後にYostarさんから「一緒にやらないか」とお声掛けをいただいて現在に至る,というわけです。
4Gamer:
独立にあたって斉藤さんに声を掛けたのは,やはり実力を見込んでのことなのでしょうか。
稲垣氏:
そうですね。当時の斉藤はもう作画監督としてバリバリと働いていて,信頼できる相手だと分かっていました。「SSSS.GRIDMAN」の作画監督として有名人なり,同人誌も出してフォロワー数が10万を超えていたりして名声も十分ということで,「斉藤を担ぎ上げて取締役兼顔役になってもらおう」という思惑はありました。
ただ,いわゆる“引き抜き”ではないことは強調したいです。トリガーにおける自分の立場は業務委託プロデューサーで,これまで率いてきたのも自分のチームでした。そのチームがそのままスライドしてきたという感じで,現時点でもトリガーをはじめとする制作会社さんとの関係も良好です。
4Gamer:
もともと社内にいたチームを引っ張り出してきたわけではない,ということですね。
稲垣氏:
そのほかにも,以前はスタジオカラーで「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの制作デスクに就かせていただいた経験もあり,現在でも取引が続いています。
4Gamer:
斉藤さんはいかがでしょう。現在は作画監督として活躍されていますが,それ以前の話をうかがえればと思います。
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アニメーターになったのは10年,11年くらい前かな。最初は動画マンとして働き出したんですが,ちょっとしんどさを感じて一度辞めてしまったんです。しばらくは郵便局でアルバイトをして,合間に動画の仕事を他社から受けつつ生活をしていました。その途中で稲垣さんと会って,あとは話してもらった通りです。
4Gamer:
動画の仕事は出来高制でかなり厳しいと聞きますね。稲垣さんと出会って現在まで仕事が続いているということは,そこで環境が変わったのでしょうか?
斉藤氏:
稲垣さんと会ったときは原画マンとしての仕事が多くて,バリバリ仕事を回していました。原画マンとしてはけっこう手が早いほうなので,それでわりと稼げるようになった感じです。
4Gamer:
ありがとうございます。では,そんな形で出来上がったYostar Picturesですが,どのような会社なのかお聞かせください。
稲垣氏:
ひとことで言うと「やりたいことをやれる会社」です。昔ながらの長年続いている会社だと,どうしても前提として実績がないと企画を通せない部分がありますよね。ウチでも当然ちゃんと実績は見るんですが「やったことがない」をマイナス評価にはしません。
自分もそうだし,李社長(李 衡達氏)もそうなんですけど,基本は「やりたいならやったらいい」というスタンスなんですね。言い出したのに走り切れなかった場合は,次はちょっと難しくなるかもしれないけど,初回の「やりたい!」という気持ちは可能な限り止めないことにしています。
4Gamer:
やりたいことがある人間にとっては最高の現場ですね。
稲垣氏:
そりゃあ最初から会社がぶっ飛ぶような金額は出せないですけどね。許容する範囲でものづくりをしていって,それを発表していくサイクルについては,ある程度の自由があったほうが盛り上がるじゃないですか。
いろいろな仕事現場で「若いときはこれだけやってろ」みたいなのがありますよね。もし,それをやりたくない場合は,自分がやりたいことをいきなりやってみてもいいんです。それで「やれない」って言い訳をするような人間は,たぶんあとからも企画はできない。
4Gamer:
自由であるがゆえの厳しさといいますか,逆に「好きな現場で働きたいだけ」といったファン的なノリがそのまま仕事につながった人にとっては,ちょっと大変そうな気がします。
稲垣氏:
ええ,最近は若い人のなかに「下働きしかしたくない」という人も稀にいるんですよ。基本のコンセプトは「やりたいという人はやればいい」なんですが,人に合わせた運用が求められるので難しい部分もありますね。
自分はアレコレ指示されるのは誰でもイヤなものだと思っていたので,逆にガチガチにしてほしい人もいるってことは最近になって理解しました。みんなそう(自由にやりたい)だと思ってたので,当初は驚きましたが。
4Gamer:
働き方についてはどうでしょう。やはり,従来のアニメスタジオとは違うスタイルになっているのでしょうか。
斉藤氏:
テレワーク化はかなり進みましたね。そういう意味でも,かなり自由に働ける会社だと思います。
稲垣氏:
会社を設立した直後にコロナ禍が始まったこともあって,僕も斉藤も「仕事さえしてればどこにいてもいい」というスタンスで働いています。実際,ほぼ会わないで仕事を回している時期もけっこうありましたし,それで回っています。
もちろん,締め切り前とかに終わってなかったら怒りますけどね。何かトラブルがあっても「もう1週間延ばすからこれ何とかして」で処理できるとか,要所で調整できれば対応できます。全社員に対して同じ対応ができればすてきな組織になるんじゃないかなと。可能な限り,みんなが自主的に動く組織を作り上げたいですね。
斉藤氏:
地方のアニメーターさんも採用していて,確かオーストラリア在住の人もいましたね。その場合でもリモートでつないで対応したので,距離はほとんど関係なくなってるんじゃないかな。
稲垣氏:
タイムカードとかはいちおう日本の労働基準法に則った形で打たないと怒られちゃうから,ちゃんとやってますけどね。主婦の方や学生のアルバイト,事情があって東京に来られない方も,お互いに「やることはやる」という信頼関係が築けていれば一緒に働けます。なかには,設立してから一度も実際に会ってない人もいますよ。
4Gamer:
ゲーム業界の視点からすると,ややインディーゲームの開発に近い印象を受けました。
稲垣氏:
Yostarにも同人的な風土が元々あったので,そこからの流れで現在の体制が成立しているのかもしれません。そのおかげで許されたというか,そもそも「いや,許すも許されないもないよ。そういうものでしょ」みたいなノリでした。
斉藤氏:
テレワークといえば,あれやってみたいです。リゾート地とかでリモートで働きながら遊ぶっていうやつ。沖縄行って仕事してみたいです。
稲垣氏:
別にやろうと思えばできるでしょ。やることやってくれればいいですよ,大阪行っても沖縄行っても。
4Gamer:
お聞きしたとおりの自由っぷりですね。
稲垣氏:
メタバースの流れにも乗っかりたいな。仮想現実世界でも仕事ができるみたいな。
斉藤氏:
VR空間での仕事,いいかも。VR関連の仕事もあるだろうし,手を出せそうなところはたくさんありますよね。
アニメ映像から劇伴,歌まで全部こなす
多彩なクリエイターが活躍できる現場へ
4Gamer:
先程のワーケーションのやり取りで,なんとなく会社の雰囲気を感じ取れたような気がします。ほかにも「こんなことしていいんだ」と,会社の自由さを感じたエピソードってありますか?
稲垣氏:
まさに「空色ユーティリティ」は自由なノリの産物です。あるときから斉藤がゴルフに専念し始めて,インスタがゴルフアカウントみたいになり,ついにはTwitterで「ゴルフアニメ作りたいんですよね」と言い始めたんです。
すると,それを見た社内の人間から「作るの?」って声が出始めて,それを聞いた社長も「いいじゃん別に,片手間でやれるんだったらやったら?」とか言い始める。じゃあそういうことで,みたいなノリで制作が始まりました。
ゴルフアニメ是非やりたいのよ。 pic.twitter.com/EvhfcWMfZw
— 斉藤健吾 (@kengo1212) April 12, 2021
4Gamer:
ゴルフ好きが高じて,ということですね。
斉藤氏:
僕自身がやっているものや,感じているもの,楽しんでいるものを形にしたい,絵にしたいという気持ちが常にあって,それが今回はゴルフだったという感覚です。以前はロードバイクに乗っていて,サイクルジャージを自分で作ってみんなで着たり,販売したりもしていて,趣味自体は多いんですよ。
4Gamer:
すごいアクティブさだ。企画が立ち上がったとき,稲垣さんが何かしら注文したことなどはありましたか?
稲垣氏:
とくになんの対応もしていないです。「作りたいなら作ったら?」という感じ。
4Gamer:
ちょっとドライな雰囲気すら感じる自由さですね。それも信頼があってこそ,ということでしょうか。
稲垣氏:
そうですね。このチームは,テレビシリーズの修羅場をくぐり抜けたうえで仲良くしている仲間たちなので,その企画はできる(完成させられる)だろうという信頼もありました。
そもそも,本業のPVやアニメを作る隙間にはどうしても待ち時間が生まれちゃうんですよ。そういった時間を狙って,息抜き的にやりたいことをやるなら,僕から言うことはとくにないです。
4Gamer:
とはいえ,正式な企画として通すのであれば手続きが要りますよね。そのあたりの諸々はどうされたのでしょう。
斉藤氏:
企画書は自分で出しました。Twitterでいろいろな絵を投稿していたころから多くの人が反応してくれて,Yostarのマーケティングチームに在籍している熊ジェットさん(クリエイティブディレクター)からも声を掛けてもらえたので,すぐに動き始めることができました。
稲垣氏:
熊ジェットさんもちょうど入社されたタイミングだったので「よし,じゃあこれは一緒にやりましょう」って感じでしたね。
4Gamer:
ほとんどの会社では「こういうものを作りたいです」のあとには「なぜならそれはこういう形でマネタイズできるからです」が必要だと思うんですが,今回に関してはそれはなかったと。
稲垣氏:
なかったですね。当初は「Twitterに上げて終わりでいいかな」ぐらいのスタンスだったのですが。作り始めてみると望さん(望 公太氏)や雨宮さん(雨宮 哲氏)をはじめとする社内外の皆さんがアサインされまして。これは,もっとしっかりした形で世の中に出したほうが良いということで,年末に放送することになりました。
4Gamer:
スタッフの皆さんは,どういったつながりで集まってきたのでしょうか。
稲垣氏:
コンテを描いてもらった雨宮さんは「SSSS.GRIDMAN」で,脚本の望さんはトリガー時代に「異能バトルは日常系のなかで」で関わらせていただいたつながりです。
斉藤氏:
望さんもTwitterで「ゴルフの脚本をやってみたいな」ってお話しされていたので,その流れもありますね。
4Gamer:
制作期間はどれくらいだったのでしょう。
斉藤氏:
僕が「作りたい」って言ったのが4月ごろで,すぐに熊ジェットさんと動き出しましたね。4月が終わるころには望さんの脚本が終わっていて,ゴールデンウィークぐらいのタイミングでは雨宮さんに絵コンテをお願いし,5月中にキャラクター設定を構築して,アニメ映像は8月いっぱいで完成していました。
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4Gamer:
とても早い段取りですね。ボイスや音楽といった音響関連もその時点で完成していたのでしょうか。
稲垣氏:
ええ,8月で終わっていました。劇伴を含む音響関連も全部社内で完結させられたので,かなりスピーディーに運ぶことができたかと。
斉藤氏:
最後にはエンディング曲もあるんですけど,実は僕,知らされていなくって。熊ジェットさんから「歌作れます」って言われてビックリしてました。まったく計画になかったので(笑)。
稲垣氏:
エンディングも作詞作曲まで全部社内ですからね。キャラソンも作ります。
4Gamer:
なんというか,いわゆるアニメ制作会社が単体でものを作る枠を超えている気がしますね。Yostarさんと連携して制作をした,という感じでしょうか。
稲垣氏:
いえ,Yostarにそういう制作部署はないんですよ。映像編集部門は存在するんですが,立場としてはパブリッシャーなので,開発に関わる部門はありません。
Yostar Picturesの主な業務はアニメ制作なんですが“全部できる”をコンセプトに人材を集めているので,そういう意味では今回の企画で十分に力が発揮できたんじゃないかと思います。
4Gamer:
そういったコンセプトは設立時点からあったのでしょうか。
稲垣氏:
もちろん,李社長と最初から話していたコンセプトです。「他社にお願いせず,インハウスで完結させられたら便利だよね」というのが第一にあったので,できることは多いほうが良いわけです。
斉藤氏:
こうなったら,もう声優の事務所もやっぱり作ったほうがいいんじゃないですか?
稲垣氏:
なかなか大変そうだけど,熊ジェットさんと本社次第ですね。どちらかというと,その前に出版は自社でできるようになりたいです。
4Gamer:
アニメ制作スタジオというと,やはり動画屋さんのイメージがありますよね。Yostarさんからの要請は当然あったかとは思いますが,総合的なものづくりができるスタジオを目指した意図があればお聞きしたいです。
斉藤氏:
アニメスタジオって,単体で金を生み出すシステムがないことが多いんですよ。その問題は常々言われていたことだったので,僕らはきちんと仕組みを作っていこう,と最初から話していました。
稲垣氏:
アニメ業界で「アニメーターを含む多くのクリエイターが薄給に苦しんでいる」って話,よく聞きますよね。あれは,単価でしかやってないからなんです。動画1枚200円とか250円で買われてしまっては,そりゃ生活できません。
でも,動画に加えて色塗りはできるとか,コンポジット(撮影)ができるとか,編集はできるとか,なんらかの付加価値が加われば一気に稼げるようになる。
4Gamer:
いわゆる“つぶし”がきかない,といった意味合いでしょうか。
稲垣氏:
近いかもしれません。もちろん専門技術ですから「動画ナメんな!」って声があるのは分かりますが,何年もかけて動画のスペシャリストになれるのはごく一部の才能ある人だけです。動画に触れたうえで幅広く手を付け,いろいろな仕事ができるようになるほうが,個人にとっても企業にとっても良い結果になるでしょう。
だって,今はもうパソコン1台でアニメ作れちゃう時代じゃないですか。それぞれのクリエイターが複数の持ち味を持っていれば,アニメだけじゃないさまざまな現場で活躍できるようになる。そういう業界を,みんなで目指していけばいい。……という考えが(Yostar Picturesには)反映されている部分があります。
斉藤氏:
あとは,自社で完結した作品を持っていると便利な部分もあるんですよね。
4Gamer:
というと,やはり権利に関する問題ですか。
稲垣氏:
ええ,“受け仕事”で作品を作ると手元に権利がまるで残らないなんてのはよくある話です。これはどんな仕事でも同じことだと思いますが,明確な「自分のもの」って,やっぱり大事なんですよ。
下請けのアニメ会社が権利を持ってるアニメなんか,ほとんどないんですよね。委員会方式で作っていたりすると,自社でグッズを売り出すときには権利者に確認が必要だし,お金を稼ぐとっかかりがない。そのとっかかりを構築するのが,僕らの最初の目標でした。
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4Gamer:
そういう意味では,完全な独自IPである「空色ユーティリティ」は重要な第一歩ということになりますね。特徴的な響きのあるタイトルですが,これは斉藤さんが決められたのですか?
斉藤氏:
望さんから「ユーティリティ」というタイトルをもらって,それが原型になっています。タイトルの会議では「ゴルフ」というワードを入れるかどうかで悩んでいたのですが,ユーティリティという言葉の優しい響きもあって現在の形になりました。
4Gamer:
ユーティリティはけっこう幅広い意味合いのある言葉ですが,これはゴルフ用語なのでしょうか。
斉藤氏:
「ユーティリティ」はゴルフクラブの種類ですね。とくに女性でも扱いやすいクラブの一つで,女性ゴルファーにとっては重要なクラブなんです。“空”も物語のキーワードになっているので,しっかりこの作品を表したタイトルになったんじゃないかなと思います。
ゴルフは競技ゴルフだけじゃない
手軽に楽しめるアマチュアの世界をあえて描く
4Gamer:
続いては,作品の内容についても踏み込んでいきたいと思います。作品のコンセプトや,意識した事柄などがあれば教えてください。
斉藤氏:
お話を作るうえで最初に決めたのは「ゴルフを説明をするのはやめよう」ということでした。尺が15分しかないのはもちろん,テンプレ的な説明を劇中には入れたくなかったんです。一番描きたいのは,ゴルフを通してわいわい楽しんでいる3人の関係性であって,ゴルフそのものじゃないから。
用語も極力説明せずに入れていますが,それが新しいことを知るきっかけになったり,コミュニケーションの発端になったりすればいいなと思っています。SNSで「あれ何だったんだろう」「あれはね,こういう意味で……」みたいな会話が生まれてくれたら盛り上がるんじゃないかな,なんて思っています。
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4Gamer:
なるほど,確かに耳慣れない単語を聞いたら検索しますし,放送後は有識者のツイートをチェックしたくなりますね。
斉藤氏:
僕らは「これを観てゴルフを始めてください」というアニメを作りたかったわけではないんです。どちらかと言えば「ゴルフにはこんな楽しさがあるんですよ」というのを知ってもらえる作品を目指しました。
4Gamer:
おっしゃられた通り,実際にプレイすることで得られる感情の流れみたいなものが表現されていたように思います。
斉藤氏:
ゴルフってルールよりも,マナーが重視されるスポーツなんですよね。だからルールは別に描かなくていいけど,マナーに関しては意識して描きました。そのうえで,友達と一緒に楽しく遊ぶ様子を見せたかったんです。
4Gamer:
劇中では初心者の美波,中級者の彩花,熟練者の遥と,それぞれ視点が異なっていますよね。そのおかげで,とても美波に感情移入しながら観ることができました。
斉藤氏:
ええ,美波自身を一番感情移入しやすいキャラクターにして,それを姉さん2人が引っ張っていくという構図にしたかったんです。美波が1年生,彩花と遥が3年生なのもそれが理由で,意図的に年齢差を作っています。
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4Gamer:
その意図は,どういったところにあるのでしょうか。
斉藤氏:
僕は個人的に,学校や職場以外のコミュニティの大切さを強く感じていて,今回はそれをゴルフと掛け合わせて見せられたらいいなと思っています。そういうコミュニティって,所属してる人の年齢がバラバラじゃないですか。
たとえば,僕が1人でゴルフに行ったとしても,そこには全然知らない人たちがいるんです。上は50代とか,もっと上だと80代の人たちがゴルフをやっている。いろいろな年齢,出身の人が,上下関係なく入り交じる場所ってほかにほとんどないんですよ。
4Gamer:
これが学校の部活だったり,もっと競技志向の強いスポーツだったりすると話が変わってきてしまいそうですね。今回の作品における3人の関係性にも,近いものを感じます。
斉藤氏:
ええ,彼女たちの関係は意図的に先輩・後輩にならないようにしています。呼び方についても,先輩でも「○○ちゃん」でいいかなとか,かなり悩みましたね。
最終的に「○○さん」の形に落ち着きましたが,美波が2人に気を使いすぎていない距離感になるようにしました。もちろん気遣いはあるんですが“先輩・後輩”ではなく“年齢が違う友達”という距離感を見せたかったんです。
4Gamer:
なるほど。キャラクターのセリフはもちろん,ちょっとした振る舞いに注目してみると見えてくるものがありそうですね。
斉藤氏:
また,脚本の段階で「嫌」とか「駄目」というワードを入れないようにお願いしています。つっかかりがなく,すんなりと楽しめるように,明確な“否定”の文言は入れていません。
たとえば,彩花が写真撮影を提案する場面があるのですが,最初の脚本では「嫌ですよ〜」とハッキリと意思表示をしていたんです。今の子は写真撮影を楽しむのも普通だと思いますし,すんなりとストレスなく進行するよう調整しました。
4Gamer:
明確な意思表示をしなくても互いに汲み取り合っているというか,感情面においても説明的なセリフを削っているように感じました。意図的に優しい,通じ合った世界を作っているというか……。
斉藤氏:
昨今の異世界転生ものにおける,極端に主人公が強い物語の構造って,お話を楽しむうえでのストレスを低減する仕組みだと思うんです。
現代のストレス社会,というとちょっと大きな話になりすぎちゃいますが……。仕事で疲れて家に帰ってきて,いざ夜にアニメを楽しもうってなったときに,すっごく頭を使うようなアニメを観るのは,僕自身ちょっとキツいと思っちゃう。そんなときでも,何も考えず観られる作品にしたいなということで,ストレスの種になりそうな文言や展開は極力排除しています。
4Gamer:
そういう意味で,ゴルフという題材は落ち着いた展開に適しているように思えます。フィジカルが重要になるスポーツだと,趣味でやる場合であっても年齢や体重でレギュレーションを分ける必要が出てきてしまいますし。
斉藤氏:
しかも,アマチュアゴルフってスコアを気にせず楽しんでる人がたくさんいるんですよ。何点叩こうが楽しければいいって人も,最高のショットを打てればスコアは気にしないって人もいる。僕なんかも,お気に入りのゴルフウェアを着て行くこと自体を楽しんでるところがあります。
4Gamer:
競技ゴルフとアマチュアゴルフでは,やはり雰囲気は違うものですか。
斉藤氏:
スコアを競うとなると,どうしても雰囲気は変わっちゃいます。創作の世界でも「プロゴルファー猿」や「ライジングインパクト」など,ゴルフを題材にした作品はけっこう存在していたんですが,その多くが競技ゴルフものなんですよね。
それも良いんですけど,僕が描きたいのは気楽なアマチュアゴルフだったんです。どちらかというと,手軽に触れられて楽しく遊べるゴルフの世界があることを知ってほしいなと。
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4Gamer:
実際に会社の方で,アニメを入り口としてゴルフを始められた方はいらっしゃいますか?
斉藤氏:
始めた人はいないけど,始めさせた人はいます。いちおうやってもらって,始めたばかりの人の意見も参考にさせてもらいました。
4Gamer:
中心的な要素じゃないけど,小物や背景などで注目してみると面白いポイントがあればお聞きしたいです。
斉藤氏:
実は背景に僕の家が使われていたりします。写真から持ってきて他人の家を使うのはあれだし,権利の調整も面倒なのでウチでいいかなって。探さないでください(笑)。
4Gamer:
かなり急に立ち上がったプロジェクトですし,作るなかで苦労もあったのではないかと思います。これまでの作業で大変だったのは,どんな部分でしたか?
斉藤氏:
やっぱり,話を考える部分はけっこう悩みました。4月に熊ジェットさんと企画の打ち合わせをする段階でも,どういう形にしていくかを相談していた思い出があります。そのあとも,リモートで対応してくださっている脚本の望さんも交えつつ,メンバーを集めて,あれやこれやと話し合っていました。
稲垣氏:
最初は10分の企画だったんだよね。それから,いろいろあって15分になったと。
4Gamer:
話し合いでとくに調整が難しかったのは,どういった部分でしょうか。
斉藤氏:
コンテンツとして打ち出す以上は分かりやすさが必要なんですが,僕がそれをやりたくなかったというのは大きいです
たとえば,僕としてはキャッチフレーズに“青春”って言葉を使いたくなかったんです。すでに青春モノって世にたくさんあるし,高校生は主観として「今,自分たちは青春しているな!」とか,絶対に思わないじゃないですか。
青春って,大人になってから思い返すときに使うものなんです。3人がリアルタイムの青春をやってる作品に,青春ってキャッチをつけるのは絶対にしたくなかった。
稲垣氏:
実際,コンテンツのなかではその言葉は使わないことにしています。ただ,メディア向けの資料には分かりやすい文言の一つとして使っていますが,お客さんが見るテキストには入れないことにしました。
4Gamer:
最初にお話しされていた「説明を入れたくない」という部分に通じるものがありそうですね。そういったコンセプトをスタッフと共有しつつ,短期間で映像を作り上げるのは大変だと思うのですが,制作進行についてはいかがでしたか?
斉藤氏:
制作進行の担当は,予算周りも含めて対応するのが初めてだったこともあり,それのフォローをするのは少し大変でした。そこは稲垣が対応してくれた部分ではあったのですが。
稲垣氏:
大したことはしてませんけどね。最初は10分って聞いていたのが15分になっていたので「え,できるのそれ!?」ってビックリしていろいろ聞いたりはしていましたね。
斉藤氏:
あと,僕が監督初体験だったこともあって,指示の出し方や説明の仕方が難しかった部分はあります。アフレコで指示を出すときに,どんな表現でお願いすればいいのかを悩むこともありました。
4Gamer:
上に立って指示を出す立場になると,それ特有の難しさは出てきますよね。
斉藤氏:
とくに「上がってきた成果物に対して,どこまで自分のエゴを出していいのか」といった部分ですね。やっぱり,作業をしてくれる人にも気持ちよく仕事をしてもらいたいじゃないですか。不快に思わせない形で僕がやりたいことを伝えて,実現してもらえばいいのかといった部分は,かなり悩みました。
4Gamer:
そこは監督によってスタイルが違いそうですね。クリエイター側の苦労を知っているからこその悩みだと思うので,完璧な解決策を導くのは難しそうですが。
斉藤氏:
直されると,最初はどうしても「否定された」と思っちゃうんですね。一緒により良い内容にしたい,という感覚が伝わるように心がけています。具体性以上に,ある種の心のケアとして接するべきなのかなと。
4Gamer:
そんな本作も大晦日に放送が決まりましたが,放送を間近に控えた心境はいかがでしょう。
斉藤氏:
僕自身,すごく楽しみです。Twitterでみんなが反応してくれたおかげで完成まで持ってこられた作品ですから,本当の意味で「みんなで作った作品」だと思っています。
さらに反応がよければ続きを作れるかもしれませんし,そういった連鎖が起こったらどうなるだろうって,僕が一番ワクワクしています。
4Gamer:
見た人はぜひコメントをして,感想をつぶやいてほしいですね。
斉藤氏:
みんなで作ったコンテンツですから,みんなで一緒に育てていきたいですね。
稲垣氏:
すばらしい。現代にふさわしい理想的なコメントを残してくれてうれしいです。
「ちょっと気になるな」を見逃さないバイタリティが
新たな経験と企画を生み出す
4Gamer:
斉藤さんがゴルフに専念していたことが今回の企画につながったと考えると,仕事に限らずいろいろな知識を深めて,スキルを伸ばすことの重要性が分かりますね。
斉藤氏:
それはそうですね。いろんなことをやっていて損することはないし,クリエイターはそれを商売につなげることができる。それを会社と一緒にやっていければ,一番だなと思ってます。
稲垣氏:
ものづくりは愛ですからね。仕事だからと嫌々やっていると,絶対に良いものは出てこない。ウチは好きなことを勝手にやるのを止めないし,それを上手に形にしていきたい。ただ,さっきも言いましたが「やる」と言ったからには最後まで,キチンと走りきってもらいます。
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4Gamer:
お話をうかがっていると,斉藤さんはかなり多趣味というか,さまざまな分野に興味を持たれているんですね。
斉藤氏:
僕はなんというか,とにかくいろいろなことをやりたい人なんです。ロードバイクもそうですし,ゴルフもそうですね。
4Gamer:
あらゆる物事に興味を持って楽しめるのは,マルチクリエイターを目指す人の特殊技能という気がします。
斉藤氏:
逆に言うと,何か興味を見つけたときに待てない人なんですよ。衝動がその瞬間に解消されないとイヤだから,ネット通販とかは使えない。それが新宿で売っていれば,新宿に買いに行っちゃうこともありますし,思いついたらすぐに手を付けたくなるんです。
4Gamer:
「興味はあるけどなぁ」みたいな,腰が重くてなかなか動けないことってありませんか?
斉藤氏:
ありますよ。そういうときは,いつも一緒に遊んでいる後輩に「あれ手配して俺を連れてってくれ!」とか言って,無理やり動かしてもらいます。
4Gamer:
そのバイタリティには,いちオタクとして憧れるものがありますね。どうやって新しい興味を見つけて,それを吸収していくのでしょうか。
斉藤氏:
興味を持てる事柄って,そこら辺に転がってるものですよ。僕の興味はもうコロコロ変わっていて,小中学校のときは本屋さんで働きたいと思っていたし,みんなが使うガジェットも見てると興味が出てくる。そうやって「ちょっと気になるな」と思ったことに,できるだけ触れていくんです。
いろいろな経験をすると,それまでに培ったものと,新しく覚えたものをかけ合わせて考えられるようになる。その掛け合わせでできること,起こることを常に考えている感じですね。経験は多ければ多いほど掛け合わせ幅も広くなるから,どんどん経験したくなる。
4Gamer:
確かに,体験してみないと分からないことってありますよね。仕組みは調べれば分かるけど,そこで生まれる感情はやってみなきゃ分からない。それを楽しめるのは,一種の才能なのではないかなと思います。
斉藤氏:
あ,楽しむって部分は人それぞれだと思います。必ず楽しい感情が全部じゃなきゃいけないわけではないですね。僕なんかもう,超イライラしながらゴルフしてることもあるし。
でも,全然スコアが出てなくても楽しそうにしている人もいる。自分の感情の動きは同じでもいいけど,周囲の人がどんな楽しみ方をしているのかをよく観察することは,モノを作る際の助けになるんじゃないかなと思っています。
4Gamer:
今回の作品に関しても,やはりご自身が感じられたことをキャラクターに反映しているのでしょうか。
斉藤氏:
美波の感情は,僕がゴルフで感じていた感情とイコールに近いです。やっぱり,視聴者が一番感情移入するキャラクターですから,僕が体験したことを一番強く反映している。……というか,それしか描けなかったっていうのはありますね。
4Gamer:
今後のお話になるのですが,本作をきっかけとしてチャレンジしてみたいことなどはありますか?
斉藤氏:
たくさんありますよ。まず,僕がウェアを作ってみたいのもあって,ゴルフウェアとのコラボがあったらうれしいですね。なんだったら,ゴルフコンペみたいなものをアニメイベントとして開催できたらもっとうれしいです。
実際に声優さんと一緒にコースを回れるとか,チームごとでスコアを競うとか……。実際にできるかは別にして,やりたいことは多いです。
4Gamer:
まだ放送していない段階で恐縮ですが,続編も気になりますよね。
斉藤氏:
もちろん,そこは大前提です。僕も作りたいですよ。
稲垣氏:
ただ,Yostar Picturesはありがたいことに数年先までスケジュールがだいぶ詰まっているので,そこは今後の状況を見つつ考えていくことになると思います。
斉藤氏:
5分くらいのアニメだったら僕が1人で作っちゃうかもしれませんよ。僕なら1か月あれば60カット以上は切れますから。
稲垣氏:
手軽に作れるアニメを定期的に公開したい,というのは以前から話していることではありますね。やるなら,ちゃんと人を集めてやりますけど(笑)。
4Gamer:
では,会社全体としてはいかがでしょう。だいぶ先までプロジェクトが埋まっているとのことでしたが,今後に向けての意気込みや構想などがあればうかがいたいです。
稲垣氏:
サイズは小さくてもいいので,オリジナルのコンテンツをどんどん増やしていきたいです。トリガーにいたころに自分が担当していたのも「インフェルノコップ」とか「ハッカドール」とか,ややメインストリームから外れたものが多かったので,その方向性のものも作っていきたいなと思っています。
斉藤氏:
僕らの仕事,基本的にアウトローなんですよ。
稲垣氏:
いやいや,ちゃんと本筋の仕事もやってるからね。でも,自由にできる“遊び”って重要じゃないですか。Yostar Picturesは,それを体現した会社にしたい,なってほしいと思っているので。斉藤だけじゃなくて,メンバーそれぞれのやりたいことを形にしていきたいです。
斉藤氏:
メンバーのやりたいことと,僕ら全員の利害が一致すれば一番良いですよね。今回はテレビ放送っていう大きな枠を取りましたが,YouTubeに定期的にアップするような小さなコンテンツも用意していきたいかな。
稲垣氏:
そういった場所では,プロよりアマチュアのほうが活発に動いているくらいですからね。我々も負けないように,コンテンツの消化に追いつける作品の提供スタイルを作っていかなければいけないと,常々思っています。
4Gamer:
せっかくYostarさんがついてますし,ゲームとアニメを絡めた企画なんかはどうでしょう。
斉藤氏:
横スクロールゴルフゲームなんて面白いかも。3Dのカロリーの高いやつではなくて,もっと2D的なやつで。なんだったら今はやりの育成系,「パワプロ」系のノリも良いかもしれません。
4Gamer:
ありがとうございます。では最後に,本作を楽しみにしているファンの方にメッセージを一言ずついただければと思います。
稲垣氏:
「空色ユーティリティ」は,休みの日に気を抜いて観られるアニメになりました。ゴルフは知らなくても大丈夫ですので,ゆったりと楽しんでください。いろいろなものへの愛が詰まった映像を提供していくYostar Picturesを,今後ともよろしくお願いいたします。
斉藤氏:
みんなが一緒に楽しんでくれたおかげで作れた作品です。みんなで楽しみましょう。そして,今後もみんなで一緒に「空色ユーティリティ」を作っていきましょう。
――2021年11月18日収録
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