
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode01
のちに学園を救う事になるヒロインは入学した!
(その1)
わたし、揺れちゃうんです。
昔から、緊張すると、体がフラフラ揺れちゃって。それで周りの皆さんに迷惑かけてしまって。ああ、もしも入学式で揺れちゃったらどうしましょう。あああ、そう思っただけで、あああああ、もう体が揺れ始めてしまってますあああああ。
って、いきなりごめんなさい、まずは自己紹介しますね。わたし、小鳥遊微風子っていいます。読み方は「たかなし・そよこ」。けど、一発で正しく読める人はいないんです。あらやだ、「一発」だなんて、はしたない言葉を思い浮かべちゃいました。しかも入学式の真っ最中に!
ああそうです、入学式です。入学式なんです。
生徒総数20万人という超巨大高校・蓬萊学園。今日はわたしにとって、その初日なのです。
わたし、新入生の一人として、この巨大な「穂北眞八郎記念大講堂」に足を踏み入れたんです。
ちょっとした野球場が10個ぐらい入りそうな広さ。天井もすっごく高くて、ここから見上げると霧がかかったみたいにボヤけて見えます、なにしろ新入生だけで約5万人ですから(1月入学や9月入学の生徒もいるので20万の三分の一よりはちょっぴり少なめです)。みんな同じ制服を着て、きっちり縦横に並んで立ってて、まるで深緑色のドミノ倒しみたい。
わたしの周りには、さまざまなタイプの生徒たちがいるんです。背の高い人、低い人、もっと低い人、踊ってる人、耳の尖った人、クマのぬいぐるみを抱えた人、ヴィクトリア朝時代に流行った例の小さな妖精の羽根を生やしてる人、ウサギの着ぐるみに入ってる人(でもちゃんと制服は着てます)、両手に大きなバケツ(牛乳が満杯)を抱えた人、レザーフェイスとピンヘッドのコスプレの人(それでも制服着てます)まで。
髪の色も、黒に金髪、赤、青、緑、白、クローム・イエロー、モヒカン、アイスラッガー、ダブルアイスラッガー、アホ毛、反射、点滅、サーチライト。みんな希望に満ちた顔をして、とっても楽しそう。
でも、わたしだけちょっと違います。わたし、何かというと最悪の事態を想像してしまうんです。妄想が止まらないんです。そのたびにとっても緊張して、するとわたしの体はまるで海に浮かぶ小舟のようにフラフラと揺れ始めてしまって。
(ああ、もしもステージに上がって挨拶することになったら、わたし、きっと転んじゃう。そしたら、みんなの前で大恥をかいてしまう。ああ、もう想像しただけで恥ずかしい……)
もちろんステージには上がらないんですけど。上がっているのは、まず校長先生、それから来賓の方々、順番にスピーチをしてゆきます。
続いて先輩の新三年生が、とっても幅広い壇上に、ズラリと一〇〇人ほど並びました。皆さん眉目秀麗、胸元には〈授業正常化委員会〉という徽章。制服の他の部分も、わたしたちのよりも豪勢で、あちこちに綺麗な金の縫い取りとかあって、肩のところにはヒラヒラの飾り(えーとあれなんて言うんでしたっけ、ああそうそう金モール!)もついてます。勲章を幾つか付けてる人までいます。まるでルイ王朝時代のフランス近衛連隊みたい。
その、ちょうど真ん中に立っている一人の先輩に、わたし、目を奪われました。
いいえ、心も一緒に奪われました。
なんだったら銀行の口座に入れてある貯金二九〇五円も全部奪われてたかもしれません。
その人は、いいえそのお方は、美形でした。美形としか言いようのない美形でした。超美形。スーパー・デラックス・ウルトラ美形。これ以上美形にしたら「美」と「形」の文字がパーンと弾けて宇宙の果てまで飛んでいってしまうくらいの美しさ。
長身。すらりと細身の立ち姿。ミケランジェロの彫刻よりも、ラファエロ前派の油絵よりも、オスカー・ワイルドの白黒写真よりも、あとなんでしたっけハンサムな男性の形容に相応しいのは……ああそうそうハリントン子爵レジナルド・アルジャーノン・パーシー・ブラックモア様の肖像画よりも麗しいのです!
そのお方の美しく長い黒髪は頭上のライトが反射して亜麻色に輝き、先っちょは縦ロールになっていて、一歩前に進むとフワリと風に乗って素敵な香りがするのです。
整った鼻筋、ほんのり緑がかった漆黒の瞳、長い睫毛、ほっそりとした眉毛は見事に整えられて、まさに王子様そのもの。透明感のある白い肌は陶器のよう、その微笑はすべてを柔らかくする最新発売の柔軟剤(20%増量)のよう。
その繊細な長い指は、バイロイトの指揮者のタクトさながら宙空を優雅に舞うのです。そうするだけで、この宇宙のすべての粒子が操られ、星辰が正しく巡り、銀河が一列に並び、巨大銀河集団が壁を成し、あらゆる熱量と質量が在るべきところにおさまって、因果律が整えられるかのようです。
その肩は神話に出てくるアポローンの弓よりもしなやかで、その胸は熱い鼓動を秘めて堂々と広く、その腰は採れたての果実のように瑞々しく、その下には、長い長い脚がありました。
そして、そのお方の立ち振る舞い、これまた完璧な美しさ。一瞬で講堂内の注目の的となっているのがヒシヒシ感じられます。授業正常化委員としての責任感を感じさせつつも、優雅で華麗でそれでいてどこか自由奔放な雰囲気。
すべてが完全、すべてが完璧。あまりにも完璧すぎてちょっとだけ乱調なところが欲しいねえどうだい八っつあんそうっすねえ御隠居、と思ったとたん目に入ってくるのがほんのちょっとしたお髪の乱れ、というメタ完璧さ。
と、ここまでわたしが脳内で描写するまでに0.08秒。そして0.09秒目にわたしの視線は胸元の名札へと吸い寄せられたんです。
〈北白川紫苑 KITASIRAKAWA SION〉
あああなんて素敵なお名前! 美しい顔にこれ以上ないくらいピッタリ、優雅で、柔和で、ちょっと古風で、さらには画数も前半スッキリ後半タップリ。
紫苑さま、わたしの視線に気づいたのか、微かにこちらを見やるのでした。そして、深緑とも漆黒とも思われる瞳がわたしをまっすぐとらえ、ほんのりとした笑みが浮かび上がったんです。
その瞬間。わたしは言葉を失って、心臓がドキドキ鳴り出して、身体が揺れ始めたことに気づきました。そして、もっと揺れるのを。もっと、もっと、もっともっともっと!
と思ってるうちにバッタリ倒れてしまいました――いいえ、倒れる寸前まで傾いたんです。でも、誰かの手がわたしをつかんでギリギリ支えてくれて。
それは、隣に並んでいた新入生男子でした。
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