
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode01
のちに学園を救う事になるヒロインは入学した!
(その2)
わたしよりも背の低い、ちょっと可愛らしい、大きな丸メガネにお目々パッチリ、黒髪巻き毛の子です。あら、「子」だなんて。新入生ということは、わたしと同い年のはずなのに。でもホントにそれくらい可愛いんです。どのくらい可愛いかといいますと、マチアスとロビン・カーを足して2で割らないくらい可愛いのです。
「誰がクック・ロビンですか、誰が」
巻き毛の子がツッコミを入れてきました。あらいやだ、わたしったら声に出してた?
「いや、出してはいないですけどね」と彼は続けます。「ボク、人の顔色とか表情読むのが得意なんです。何を考えてるのか解っちゃうくらい」
そして彼、ニコリと笑いながら、
「あ、自己紹介遅れちゃって申し訳ありません。ボク、栗尾京太って言います」
自分の胸元の名札を指差したんです。
それから京太クン、わたしの名札にさっと視線をむけて、
「ことり…びふう…?」
と口走りました。
「そよ子です。たかなし・そよ子」
わたし、すかさず言いました。そうなんです。わたしの名前、パッと見ただけで正しく読めた人は、これまで一人もいないのです。今日みたいに、たとえ名札に読み仮名が振られていても!
「え、あ、そ、そうですよね! ローマ字で読みかたも書いてありますし! ご、ごめんなさい!」
京太クン、顔が真っ赤になってます。
こちらもちょっとドキドキしちゃいます。なんだろう、ウブで可愛い弟がいたらこんな感じなのかしら。
「いえいえこちらこそ」と、わたしもニッコリ顔。「読みにくくてごめんなさい。あ、それより、ありがとうございます助けてくださって……」
「い、いいえそんな! 同じ新入生ですから、助け合わなくちゃ……なにしろこの学園、普通に生活するだけでも命懸けの大冒険ですから」
「えええっ?」
思わず声が大きくなってしまいました。
ちょうどその時、わたしたちの隣を通り過ぎながら、背の高い上級生の方がジロリと睨んできました。腕章には〈式典実行委員会〉と書かれています。ああ委員会! とっても偉そうで強そうな響き!
しかもその委員さま、手元のタブレットに何かを入力してるんです。
パパパピピピと指先が動きます。ああもう間違いないです、わたしの名前と学籍番号を記録して『素行マイナス5点(不良)、要注意』とか書いてるに違いないです! あああどうしよう、もうこれでわたし、先輩がたに目をつけられてしまった! もう生きていけない!
だから、わたしは大急ぎで口を手で押さえ、京太クンに目で合図をしました。
京太クンは同じく口元を手で隠してから大きく頷き、小声で、この蓬萊学園の「大冒険」とやらの要点を説明してくれました。
――この学園が、東京都を南に離れること約2000キロメートルという絶海の孤島・宇津帆島、その大半を占める超巨大高校であること(ここまでは〈入学のしおり〉にも書いてありました)。
――学園の教育方針は自由。そして自主と自律。そのため部活・サークル活動・ボランティア活動も非常に活発、といえば聞こえは良いですが、生徒たちの権限はとてつもなく強くて幅広く、その立法・行政・司法すべてが生徒会とその隷下の委員会によって運営されている……すなわち生徒総数20万人プラス教職員や島民で合計25万人とも30万人とも言われる私立蓬萊学園は、完全な自治・自衛・自活・自足、いわば一個の完結した社会になっていること。
――それら委員会の中でも〈授業正常化委員会〉が近年いちばん強い権限を持っていること。
――幾つもの委員会を束ねる生徒会の権力はさらに輪をかけて大きく、ことにこの数年は正常化委員会を縦横無尽にあやつって、生徒会長以下の役員たちは王侯貴族以上の権勢を誇っていること。等々。
わたし、目を丸くして京太クンを見つめました。そんなこと〈入学のしおり〉のどこにも書いてませんでした! て言うか、学園のこと詳しく調べずに選んだわたしも悪いんですけど……でも授業料もとっても安いし、せっかくAO入試で一発合格しちゃったし。って、あらまたわたしったら「一発」だなんて、はしたない。
それにしても京太クン、なんて詳しいんでしょ。もしかして他の新入生の皆さんも、これくらい調べてきてるのかしら。
「あ、ボクこの学園に詳しいんです。親も親戚もここの出身なんで。まあ一族の伝統みたいなもんですかね」
ほえええ。わたし、感心して、つい声に出してしまいました。
さっきの生活委員さまがわたしのほうを、いいえ、わたしたち二人のほうを睨みます。
なんてことでしょう。わたし一人だけならどれだけ素行不良ポイントだか何だかを付けられても構いません。どうせわたしったら良いとこ無しのダメな女の子なんですから。でも、わたしのせいで知り合ったばかりの生徒さんにご迷惑がかかってはなりません。
何とかしなくちゃ! でもどうしよう? ここで生活委員さまに釈明するべきでしょうか? ぜんぶわたしのせいです、どうなりとでもしてください、煮ても焼いても構いません、あ、でも痛いのはちょっとイヤかな。なので、できるだけ痛くない方法でわたしを存分に苛んでください! でも京太クンには指一本触れないで!
でもそんなことを言ったら、きっとわたし、本当にすぐさま両腕を掴まれて委員会センターに連れて行かれて(そういう建物があるってことは〈しおり〉に書いてありました)、地下三階の暗くて狭い取調室にぶち込まれて、あんまり美味しくないお水一杯と、もっと美味しくない固い黒パンひと切れで三日三晩コミケの男性向け変態趣味をお持ちの先輩がたに拷問じゃなかった詰問されるに決まってます! ってこれは別に〈しおり〉には書いてなかったんですけど、ネットでちょっと検索したら蓬萊学園にはそういう地下牢とかダンジョンとか巨大地下空洞がタップリあるって書いてあったんです! ああもうダメわたしの悲劇的運命は決まってしまいました!
だから、わたし、恐怖と絶望のあまり、そのままフラフラと倒れちゃったんです。
「危ない!」
京太クン、そう叫びながら私を支えてくれます。あああありがとう京太クン、いいえ京太サマ!
でもちょっと力が足りなかたみたい。わたしをつかんだ京太クン、そのままわたしと同じ方向へ、ゆっくりと、まるで切り倒された巨木のように、倒れていったんです。
そして。
ああそして! なんということでしょう!
その隣にいた新入生の誰かさん(名札は読めませんでした……何しろわたし、この時はもう半分以上気絶してたんですから!)も、京太クンに押されてグラリと傾き始めたんです。
そしてその隣の女子も、そのまた隣の女子も、そんでもって右側の男子生徒たちも、またまたその向こうの女子の列も……。
もう止まりませんでした。
新入生たちが――人間ドミノ倒しを開始してしまったんです! 前へ前へ、あるいは後ろへ、右へ左へ……わたしと京太クンを中心にして、まるで大きな深緑のお花が咲き誇るみたいに!
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