
イベント
万博で語られる,ゲーム教育。トークセッション「ゲーム教育の未来 スコットランドと日本の連携」で示された,ゲーム産業の教育連携と国際交流
モデレーターを務める大阪・関西万博英国政府代表キャロリン・デービッドソン(Carolyn Davidson)氏は冒頭,スコットランドには7つの大学と11の専門学校がゲーム関連コースを提供しており,中でもアバーティ・ダンディ大学(以下,アバーティ大学)は25年以上にわたってゲームコースを提供しており,現在プリンストン・レビューによる国際ゲーム学校ランキングで世界第1位に選ばれていることを紹介した。
スコットランドのゲーム教育と産業の強さの原点は「才能ある個人」と「革新意識」
「スコットランドでは教育がゲーム産業の強さを生み出したのか,それともゲーム産業の成功が先にあって教育はその後に発展したのか」という“鶏と卵”の問いに対し,スコットランド在住のドロスト氏は「ゲーム産業の成功が先」という答えを出した。
「デイビッド・ジョーンズ※1のような才能ある個人が「レミングス」や「グランド・セフト・オート」といったヒット作を生み出し,その成功体験が教育システム構築の基盤となった」と説明した。
さらに彼は「一握りの個人たちの創造の火花から始まった」と強調し,スコットランドの文化的背景にも言及した。「スコットランドには創造的遺産があります。誰もがロビー・バーンズ※2を知っているように,同じ精神がゲーム産業にも受け継がれているのでしょう」と述べた。
![]() |
※1 DMA Designs社を設立し,「レミングス」や「Grand Theft Auto」の開発に携わるという華々しい開発経歴を持つクリエイター
※2 ロビー・バーンズ(Robert Burns,1759-1796):スコットランドの国民的詩人。日本では「蛍の光」の原曲「Auld Lang Syne」の作詞者として知られている。
Yaldi Gamesのホーゲ氏も同様の見解を示しつつ,「スコットランドの発明と革新の歴史的土壌があったからこそ,ゲーム産業の成功が可能だった」と付け加えた。
「ダンディー市は才能に溢れ,大学で学んだ学生が自分の会社を立ち上げ,そうした循環が生まれている。このようなエコシステムは他国では見られない」と述べた。
一方,日本は……「白紙の新人」に「長期な社内トレーニング」
![]() |
メルセロン氏は「日本には専門のゲーム教育機関がないのは事実です。工科大学や美術大学はありますが,ゲーム専門ではありません」と認めた上で,その歴史的背景を説明した。
「世界中どこでも,ビデオゲーム産業は最初に開発者たちが土台を築き,後から出版などの分野が加わり,教育システムはさらに後から整備されてきました。日本はまだその最後の段階に達していないのです」
この教育の遅れは企業にも負担がかかっている。「当社(バンダイナムコスタジオ)では,新卒者が実務で役立つようになるまでに6か月もの社内トレーニングを実施しています。これは大きな負担ですが,日本企業はこの状況に適応してきました」
スクウェア・エニックスのブエノ氏は,西洋と日本の企業文化の違いについて具体例を挙げた。「日本企業は新卒者を『白紙の状態』として見る独特の哲学があります。私が日本に来たばかりの頃,最も驚いたのは,私が環境アーティストとして指導することになった新入社員が『環境アートについては何も知りません。私の専攻は経済学でした』と言ったことです」と笑いながら振り返った。
しかしブエノ氏は,この一見非効率に思える方法にも利点があると指摘する。「この方式は様々な教育背景を持つ人材を柔軟に受け入れ,会社の必要に応じて育成できるという強みがあります。メリットとデメリットはありますが,チームの多様性を生み出す側面もあるのです」
国際的な人材交流とゲーム産業連携は,双方の利益をもたらす
スコットランドと日本の間の学生交流について,留学経験があったホーゲ氏は「実際の交流プログラムは把握していないが,それがあれば素晴らしい。留学は全員ができるわけではないので,異なる国の業界専門家がエコシステムに参加し知識を共有する機会が増えれば良い」と述べた。
一方でカリキュラム設計側にいるメルセロン氏は,「日本の多くの大学で講義をし,工科大学の研究支援やカリキュラム開発にも関わっています。優れたプログラマーを育成するのが目的です」と述べ,「英国大使館が日英交流プログラムを進めており,私も協力したい」と意欲を示した。
インターンシップについても「フランス出身の私はフランスの理系学生との交流を続けてきましたが,こうした国際プログラムをさらに発展させる価値があります」と強調した。
![]() |
ドロスト氏は日本滞在での手応えを共有した。「Ubisoftやバンダイナムコなど多くのスタジオと面会し,どこでも同じメッセージを聞きました。それは,交流とアイデアの相互交換への強い意欲です」と述べた。特に興味深い点として,「日本企業は豊富な歴史的価値を持つゲームIPを保有しており,懐かしい要素に新しい国際的視点を加えることに大きな関心を示しています。日本国内には,スコットランドのようなインディースタジオとの連携に驚くほどの関心があるのです」と述べた。
ドロスト氏は日本とスコットランドの人材交流の制度的枠組みについて触れる中で,「日本にはスタートアップビザプログラム※3というものがあります。まだ2年ほどの歴史で発行数も47件程度と少ないですが,注目すべき取り組みです」と紹介し,今後日本とスコットランドのゲーム産業連携を進める上で,このような制度が活用できる可能性があることを示唆した。
※3外国人起業活動促進事業:スタートアップビザ(経産省)
そして大企業の働きについてブエノ氏は「Vulcanus(ヴルカヌス)※4という欧州・日本交換プログラムを通じて学生を指導してきましたが,そこで実感したのは,こうした交流が学生だけでなく企業側にも大きな利益をもたらすということです」と語った。「実際,Houdini※5に精通したインターン学生が,私たちの制作パイプライン改善に貢献した」という経験を挙げ,「日々の開発業務に追われる企業では,新しいツールや技術を試す自由な時間がないことが多い。そこで学生や学術界が別の目標と時間枠を持ってアイデアをもたらすことが,企業にとっても大きな利益になる」
この「双方向の関係」という考え方は,日本とスコットランドのゲーム教育・産業連携の本質を捉えている。両国が単に知識や技術を一方的に提供するのではなく,それぞれの強みを活かした相互補完的な関係を構築することで,より大きなイノベーションが生まれる可能性を示している。
ブエノ氏は最後に「このような交流を促進するためには,ビザや補助金などの制度的支援も必要です」と指摘し,理念だけでなく実践のための枠組み整備の重要性も強調した。
![]() |
※4 ヴルカヌス・イン・ヨーロッパ Vulcanus in Europe (VinE)
1996年に開始された日本と欧州連合間の交換プログラム。日本の理工系学生を欧州企業に派遣し,3か月の語学研修と6か月のインターンシップを提供する。主に工学・技術系人材の国際的育成を目的とした,給付型奨学金つきプログラム。(一般財団法人日欧産業協力センター)
※5 Houdini(フーディニ)
カナダのSide Effects Software社が開発する,3Dコンピュータグラフィックス制作ソフトウェア。ゲーム開発においては3Dモデリングに代わり,アルゴリズムによって自動生成される環境やエフェクトの制作に重宝される。
その話を受けホーゲ氏は,「Techscaler(スコットランド政府のスタートアップ支援プログラム)で日本の文化や日常生活に触れることは,彼らがどのようにゲームをデザインしているかを理解する上で非常に役に立つ」と述べた。「実際にその文化に入り,そこの人々と直接交流することが重要。それが思考の幅を広げ,より良い製品を生み出すことにつながる」とも語った。
メルセロン氏は「西洋と日本のスタジオ両方で働いた経験のおかげで,ツールボックスに多くのツールが追加された」と述べ,「異なるプロセスや同じプロセスの異なる味を知ることで,チームとの協力方法が増え,障害に直面したときに克服する方法が増える」という点を指摘した。
言語の壁については「自動翻訳システムによって今後5年で解消されるかもしれないが,文化の壁は残るだろう」との見解を示した。
それについてブエノ氏は,「同じ言語を話す人々の間でも,例えばアーティストとエンジニアの間には別の種類の言語の壁がある」と指摘し,「文化交流の機会は,最小限の言語スキルでも多くを学べることを示してくれる」と語った。
![]() |
業界のネットワーキングや対話を増やし,それぞれの強みから出発した非対称なインターンシッププログラムを
パネルセッションの最後は,それぞれがどのような取り組みを期待しているかについて語った。
ブエノ氏は「インターンシップなどは政府支援や投資が必要だが,まずは業界人と学術関係者の間のネットワーキングや対話を増やすべきだ」と提案。「業界は実用性や予算,ツールの制約に追われ,学術界が持つアクセシビリティや倫理に関する視点を忘れがち。お互いの得意分野から学び合うことが重要」と述べた。
ドロスト氏も,「日本での今回のような活動をもっと増やし,産業界からのインセンティブと実践的な価値を理解することが重要」と同調した。
メルセロン氏は「日本とスコットランドの既存の関係をさらに発展させるべき」と述べ,特に「非対称なインターンシッププログラム」を提案した。
「日本のゲーム開発コミュニティは創造性や技術面では強いが,プロセスや制作面が弱い。スコットランドからの人々が日本でアート,デザイン,プログラミングを学び,日本の開発者がスコットランドでプロセスや制作について学ぶことができれば,双方にとって有益だ」と強調した。
最後にホーゲ氏が,「日本で学んだこと,特にIPへの独自のつながりやゲームを超えた視点について,スコットランドの企業や将来指導する開発者に伝えたい」と述べ,「スコットランドで現在考えているよりも,大きく考えることの重要性を広めたい」と締めくくった。
![]() |
- この記事のURL: