企画記事
ゲーム業界は「スマホ新法」でどう変わる? アプリの課金方式が変わるかもしれない2025年12月以降の動向を,弁護士に解説してもらった
令和6年 法律第58号「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」,または「スマホソフトウェア競争促進法(MSCA)」,略してスマホ新法は,スマートフォン市場において特定少数の事業者による寡占状態を解消するための法である。
より分かりやすく書くならば,「iOS/Androidのアプリで,今よりも安い課金システムとかが使えるようになったりするかもね」だ。
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本題に入る前に,簡単にまとめておこう。
まず,スマホ新法で規制される事業者は「指定事業者」として指定される。スマホ新法が全面施行されるのは2025年12月のことだが,現時点で公正取引委員会が指定しているのは「Apple Inc.」「iTunes株式会社」「Google LLC」の3社だ。
規制対象は「OS」「アプリストア」「ブラウザ」「検索エンジン」の4種で,これらを指して“特定ソフトウェア”と定義される。指定は事業者×特定ソフトウェアの組み合わせでされ,上記の指定事業者に当てはめて考えると,以下のサービスが挙げられる。
| Apple(iTunes) | ||
| OS | iOS | Android |
| アプリストア | App Store | Google Play |
| ブラウザ | Safari | Google Chrome |
| 検索エンジン | / | Google検索 |
そして,これらがどうなるかは以下のとおり。
「ほかの会社がアプリストアを提供するのを妨げないでね」
「自社以外の課金システムの利用を制限しないでね」
「アプリ内の外部課金の利用時の価格表示や誘導リンクを制限しないでね」
「スマホのブラウザや検索エンジンを選べるようにしてね」
「いろんなデータの取り扱いも今まで以上にちゃんとしてね」
といったものである。より細かくはのちほど説明していくが,このうちゲーム業界における最大の焦点は「App StoreもGoogle Playも,アプリ手数料の30%ルールが高い」と言われてきたことにある。
端的に,両ストアでアプリを提供すると,売り上げの30%がストアに徴収される(※)。パブリッシャ側はこれを見越した料金設定にするため,ユーザーも相応の価格でアイテム類を購入せざるを得ない。
※手数料体系は特定の状況で引き下げられるケースもある
そこを是正する。今後は「うちのストアや課金方式なら,手数料が安くなったぶんだけお得に石を買えるよ」と公言しやすくなる。
もちろん,手数料分がふところにしまわれ,今と大して変化がない未来だってある。そのときはどこがバッシングされるのか見ものだ。
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今回はこうしたスマホ新法の具体的な解釈について,ゲーム好き弁護士の前野孝太朗氏に教えてもらってきた。
なお,スマホ新法は判官贔屓な感情をグッと抑えた,誰もがポジション取りしやすい話だと思う。端的に「Apple&Google帝国を切り崩せ!」といったスローガンを掲げれば,簡単に御旗になろう。
しかし,それぞれのサービスを事ここに至るまで最適化し,磨き続けてきたのは指定事業者たちのイノベーションだ。それゆえの寡占状態に新たな海を見られるようになったのが,これからの第三者たち。
どちらの気持ちも分かる人は多いだろうから,ここはいったんフラットな視点を思い出しつつ,あらためて公平な目で見ていくといい。
※本稿は,インタビュー実施日の「2025年10月21日」時点での状況で執筆しています。公正取引委員会や指定事業者からの新たな発表があったときは,それらを踏まえたうえでご参照ください。
スマホゲーム自由競争時代
前野孝太朗氏(以下,前野氏):
あらかじめ前提を申し上げると,スマホ新法はゲーム事業者やゲームユーザーを規制するものではなく,「市場を寡占している一部事業者を規制し,競争を活性化させるための法律」です。それがめぐりめぐって,皆さんの利益につながっていきます。
端的に,日本においてはAppleとGoogleを規制する法律ですね。
4Gamer:
それで生まれた隙間に他社がどれだけ体をねじ込めるか,みたいな?
前野氏:
そうですね。ゲーム事業者の皆さんは,この法律でなにか義務が課せられるわけではありませんが,「この法律によってどのようなメリットを得られるのか」を,しっかりと把握しておくことが大切になります。
しかし,現状は「スマホ新法ってなんですか?」というお問い合わせを多くいただいていて,まだまだ周知されていない印象です。
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4Gamer:
新しい法律の周知に最適な,いわゆる“見せしめ”のような分かりやすいホットニュースもないですしね。
では,あらためて今回もよろしくお願いしますといったところで,このスマホ新法はそもそもどうして法令に至ったのでしょう。
前野氏:
スマートフォンが日本で普及しきって久しいですが,スマホの基盤となる一部ソフトウェアは長らく寡占状態にありました。
例えば,アプリストアですね。現状スマホアプリは,ほぼApp StoreやGoogle Playで提供されています。そして,両ストアで提供されているアプリは,パブリッシャに30%の手数料が課されています。
つまり,ゲーム会社はユーザーに1000円払ってもらっても,売上は700円になる。ユーザー側も1000円を支払っても,手数料を見越した700円相当のアイテムしか買えていない,とも解釈できます。
4Gamer:
日本でもなじみ深い中間マージン。
前野氏:
そもそも寡占のなにがよくないかというと,競争が起きないからです。「手数料20%のアプリストア」「手数料10%の外部課金システム」などの他の選択肢があると,市場の競争原理が働き,App StoreもGoogle Playも価格競争を考えなければならなくなります。
一応,すでに「アプリ外でお得にアイテムを買える公式ストア」は出てきていますが,現状はAppleやGoogleによってそうしたものを宣伝しづらいルールになっていて,競争に発展しづらい。
だから,手数料30%も減ることがない。これって寡占企業以外にとってはすごく不利益なことですよね?
この状況を打破するために,スマホ新法が生まれたわけです。
4Gamer:
個々の解説はのちほどしてもらうとして,スマホ新法はスマホ以外のPCやタブレット,ゲーム機などは適用外なんですか?
例えば「スマホゲームをPCで遊べるPC版のストア」などは。
前野氏:
直接の対象にはなっていないです。あくまで,スマートフォンで利用されるOSやアプリストア等を対象にしています。
これは「長く寡占状態が続いているスマートフォンに絞って,今すぐにでも法律を作って状況を打開しよう」としたためですね。
4Gamer:
スマホ特化ゆえのスピード感が大切だったんですね。
前野氏:
まさにそのとおりです。
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4Gamer:
では,特定ソフトウェアと指定事業者の説明もお願いします。
前野氏:
特定ソフトウェアとは,「OS」「アプリストア」「ブラウザ」「検索エンジン」の4種を指します。
指定事業者とは,これらのソフトを提供する一定規模以上の企業のことで,公取(公正取引委員会)により指定されます。
公取によって指定されることで,指定事業者は初めて,特定ソフトウェアに関していろいろな規制がかかる,という仕組みです。
4Gamer:
現状,指定事業者になりそうなのは。
前野氏:
指定事業者に選ばれるのは,「ユーザー数が4000万人以上」など,公取が設けた各種基準を満たした企業となります。
そして,2025年3月に「Apple Inc.」,同社とApp Storeを共同提供する「iTunes株式会社」,それと「Google LLC」が指定されました。ほぼ,AppleとGoogleと考えて差し支えありません。
| Apple(iTunes) | ||
| OS | iOS | Android |
| アプリストア | App Store | Google Play |
| ブラウザ | Safari | Google Chrome |
| 検索エンジン | / | Google検索 |
4Gamer:
これを機に市場に乗り出す第三者には,追い風となるような補助はあるのでしょうか。それとも「規制はしたから,あとはがんばって」?
前野氏:
基本的には,後者ですね。
直接的に第三者を補助するというより,AppleやGoogleの行為を規制することで,間接的に補助されるという仕組みです。
4Gamer:
そこは公平なんですね。
前野氏:
そうですね。あくまで自由競争を妨害する行為を制限するのが目的で,不公平な現状を公平に正すための法律ですので。
4Gamer:
私は法律にうといのであれなんですが,例えば他業界でもこうした独占企業を規制する法律みたいなのって,やっぱりありますよね?
前野氏:
代表的な法律だと「独占禁止法」ですね。
4Gamer:
あー,小学生でも学んでるやつ(恥ずかしい)。
前野氏:
スマホ新法も性質としては似た部分がありますし,今回のケースに独禁法を適用していく方法もなかったわけではないです。
ただ,OSやアプリストアなどの個々の問題に独禁法を適用していくとなると,ものすごく時間がかかってしまう。昨今のスマホ市場の状況において,その速度感ではとてもじゃないですが間に合いません。
そこで先ほど申し上げたとおり,スマホに限っては,早急に動ける新法が生み出されたわけです。
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4Gamer:
日本のゲーム業界だと,表現系の規制は置いとくとして,ほかに大きな規制はありましたっけ。やっぱりコンプリートガチャ?
前野氏:
あれは景品表示法による規制でしたね。ゲーム業界(にも関わる法律)で,ここまで大きな立法規制は初めてかと思います。
4Gamer:
ちなみに海外事例はどうですか? EUでも似たような法律ができて,「規制範囲が多すぎて大変」などと言われているそうですが。
前野氏:
先んじて法律を制定させたEU圏では,日本と同じく事前に包括的なルールを作り,対象のサービスを規制しました。
しかし,EUのデジタル市場法(DMA)ではデジタル市場全般が規制対象で,対象となるサービスは,オンラインの仲介サービス,検索エンジン,SNS,ビデオ共有プラットフォームなど多岐に渡ります。
対象の事業者には,AppleやGoogle(Alphabet)のみならず,Amazon,Metaなども含まれており,影響が拡大しているわけです。
その点,日本は「スマホの4つのソフトだけ」に絞っているため,より分かりやすくシンプルな法律になっています。
4Gamer:
私が熱望している「新型AirPodsのライブ翻訳機能」もそういうのに引っかかると,「(法規制に即した仕様にしづらいから)発売できない」といった企業判断もありうるとかなんとか。
ほかにも,アメリカがちょうど動き出しているそうですね。
前野氏:
アメリカは,EUや日本のように先んじてルールを設けるのではなく,日本でいうところの独占禁止法「反トラスト法」に従い,裁判を通じてこれらのルール形成を図っていく考えです。
2020年に「Fortnite」がApp Storeから削除されたことなどに端を発して裁判になりましたが,あのような裁判を通じて,新たなルールを議論していく動き方ですね。
これらの海外事例も,スマホ新法を早期に法律化させた動きに,間接的な影響をもたらしてきたといえますね。
4Gamer:
なんというか,あくまでイメージの話ですが。
日本だとそうした受動的かつ能動的な動きがすばやい印象がないので,「とりあえず包括的に作って様子見」は,実にらしく思えてきたり。
前野氏:
一応フォローしておきますと,この問題には公取もけっこう力を入れていて,かなり前々から動いていたんですよ。
多くの事業者へのヒアリングを通じて,事業者がなにに困っているのかを積極的に調査していました。そうした調査の結果が2023年に出て,1年後にはスマホ新法が成立しています。
また,今年も公取による説明会が活発で,東京ゲームショウ2025でも講演をするなど,意欲的に動いています。
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4Gamer:
となると,公正取引委員会はしばらく新しい仕事で忙しそうですね。
前野氏:
そうかと思います。
具体的な規制内容に迫る
4Gamer:
ここから,各種の具体的な規制内容を聞いていきます。
前野氏:
分かりました。
■具体的な規制内容一覧
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4Gamer:
まず「アプリストア間の競争制限」とはなんでしょう。
前野氏:
一例として,これまでiOSアプリの流通経路は基本的にApp Storeのみに限定されていました。それは,Appleが,App Store以外のアプリストアでiOSアプリを提供することを規約で原則禁じていたからです。
しかし,スマホ新法により,Appleは,ほかの事業者によるアプリストアの提供を妨げることが禁止されました。
つまり,今後は「iOSアプリを配信する他社ストア」も生まれるかもしれないということですね。
4Gamer:
分かりやすい例だと,「Google規制によりサードパーティのプラットフォーマーが乱立した中国スマホゲーム市場」ですかね。
前野氏:
そうですね。とはいえ,日本もそうした状況になるかは分かりません。現実的に考えて,新しいストアを提供しやすくなったところで,その先はブランド選択などが加味される自由競争の場ですから。
現状では,Epic Gamesが「iPhone/iPad版 Epic Games Store」を2025年内に提供することを表明していますが,それ以外は各事業者の判断次第ですね。
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4Gamer:
まあ,普及しきった分かりやすさ的にも,App StoreとGoogle Playが使われなくなる未来は想像しづらい。将来的には分かりませんが。
となると,ゲーム業界で即効性の影響がありそうなのは,やはり「指定事業者以外の課金システムの利用制限」と「アプリ内でのユーザーへの情報提供制限」ですか。これらはいかがでしょう。
前野氏:
前者は,他社の決済システム(アプリ内課金をアプリ外の他社サービスで決済する仕組み)の利用を妨げてはならないというものです。利用時に不当な手数料を課すことなども禁止されます。
後者は,アプリ内での,「アプリ外で販売するアイテムの価格」や「アプリ外のウェブページへのリンク(アプリ外に飛ぶURL)」の表示を妨げてはならないというものです。
4Gamer:
それらが合わさると?
前野氏:
合わせると,ゲーム事業者は,アプリ内で,App StoreとGoogle Playで購入するよりも安い決済手段を提示できるようになりますし,購入するための外部ストアへのリンクも表示できます。
ただし,後述するセキュリティ上の要請による例外がありますので,AppleやGoogleは,これらに一定の制限を加えることが想定されます。具体的にどのような形で遷移できるかなどは見えない部分もありますね。
4Gamer:
今のユーザーが手慣れた操作で,「アプリ内のワンタップで,画面遷移もなく外部決済システムで支払う」はできそうにないですか?
前野氏:
なんとも言えませんが,AppleやGoogleの対応が見えない現状では,外部の公式ストアに遷移して支払うパターンが,第一案になるでしょう。
ただ,今まではアプリ内で「より安く買える外部ストアの情報」やそのリンクを載せられませんでしたし,ユーザーのなかにも,自分が遊んでいるゲームのアイテムが,実は,外部の公式ストアを使うとお得に買えることを知らなかった方々もいるでしょう。これらの情報がアプリ内で表示できるだけでも状況は大きく変わると思います。
4Gamer:
意味合いはぜんぜん違うかと思いますが,利用方法や料金だけ見ると,キャリアサービスと格安スマホの構図にも近いような。
前野氏:
ちょっと一手間かければ安くなる,といった意味ではそうですね。
4Gamer:
あと「海外の外部決済サービス」が参入して,また新たな税金問題でも生まれるんじゃないかとも疑っていますが。
前野氏:
そのあたりは国際税務の領域なので,別の話になりますね。
ただ,日本市場は今が狙い目ですから。決済サービスの事業者が,世界中から更に参入してくる可能性はあります。
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4Gamer:
ここまでの話だと指定事業者以外は利しかないように聞こえましたが,各方面で懸念されていることはあるのでしょうか。
前野氏:
あります。分かりやすいところでは,セキュリティ面の課題ですね。
例えば,AppleやGoogleの制限が緩くなることによって,違法や有害なアプリを入手しやすくなることや,フィルタリングが機能しないことによる青少年への被害などを懸念する声があります。
4Gamer:
今どきは欠かせない観点。
前野氏:
ただ,この点は,法律上でも一定の配慮がされています。例えば,EUでは「アプリストアだけでなく,ウェブサイトからもアプリを直接ダウンロードできるようにする義務」が設けられましたが,日本ではそれをしていません。これは,セキュリティ面に配慮したためですね。
そして,最初に話したアプリストア間の競争制限についても,サイバーセキュリティの確保などの正当化事由がある範囲に限り,指定事業者が制限を設けてもよい,という規定になっています。
4Gamer:
とどのつまり,「新興ストアでアプリをダウンロードしたら,ウイルス系マルウェアが含まれていた」みたいな事態の防止策に?
前野氏:
そういったものですね。
現状,App StoreもGoogle Playも,AppleやGoogleがアプリの中身をちゃんと審査して,問題がなかったものをストアで公開しています。そうすることで,ユーザーに起きうるさまざまな消費者被害を防いでいます。
ですから,スマホ新法でも,サイバーセキュリティの確保などの理由があれば,他社のアプリストア等に制限を課す余地が残されています。
外部決済についても,同様の理由があれば制限が可能で,例えば,外部のリンクは表示しつつ,タップすると中立的な文言での注意喚起のポップアップを表示する扱いは許容されています。
4Gamer:
市場がフリーで開放されても,安全面は大きな壁になりそうですね。私を含む日本のゲームユーザーも,そういうところをつつきますし。
前野氏:
弁護士目線でいうと,条文の「妨げること」という文言も,単純な反論として,「いやいや,この制限は他社の行為を妨げているわけではありません」といった理屈で戦う余地があります。
例えば,利用しようとは思えないようなルールを作る,などですね。誰でもアプリストアを提供してよいけれども,セキュリティ審査は必須として,審査基準を非常に厳しくすることで提供できる見込みをなくす,つまり「妨げてはいないけれど,事実上提供できなくさせる」といった手段だって考えられるわけです。
4Gamer:
なんとも弁護士っぽい論点。
前野氏:
もちろん,そうした対応をさせないように,公取はルールを敷いていて,過度な手数料や審査基準を設定するようなやり方も「妨げる」にあたるという指針をすでに出しています。
ですが,まだまだ解釈の余地が残されているのが現状です。法律施行まで,関係各位による綱引きが起こる可能性は十分にありますね。
4Gamer:
最後の綱引き次第だと。
前野氏:
はい。おそらくAppleもGoogleも施行前になにかしらの対応を表明してくるはずです。その後は,それを公取が精査するでしょう。
事業者の声も聴きながら,必要であれば,AppleやGoogleに修正を求めることもあり得ます。
4Gamer:
さらに,事業者ごとに細かな意向もあるでしょうから,iOSとAndroidでそれぞれルールが違う可能性もありうるんですかね。
前野氏:
もちろんあります。現段階でもiOSとAndroidでは少々ルールが異なりますしね。そこもすり合わせ次第でしょう。
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4Gamer:
私は近々で,スマホ新法が今後に関わるいくつかの関係者たちと話したのですが,みんな「結局は12月に実際どうなるかが決まらないと,今は強くは出られない」といった所感のようでした。
前野氏:
まさに,前回の利用規約のインタビューでもお話しさせてもらいましたが,結局プラットフォームを支配するルールは,ときには法律よりも強いんですよ。法律でどう書かれていても,プラットフォームのルールにまず従うしかないわけです。法律に違反しているという主張をしている間に,自分たちのアプリが配信できなくなってしまいますから。
そのため,プラットフォームのルールが出そろわないと戦略が立てにくいというのは,おっしゃるとおりかと思います。
ただ,スマホ新法を完全に無視したルールが出ることはないでしょうから,外部決済などの検討は進めておいて損はないと思います。
4Gamer:
ついでに,これは我々メディアに対する話ですが,スマホ新法を足がかりに新たな海へと泳ぎ出す人の多くは,「Apple&Google帝国を倒しにいく勇者」などと見られると……いえ“メディアにそう書かれると困る”と複数名に言われました。野心家みたいなイメージがつくと,これから先のブランドストーリーに支障が出るのでしょう。
なので,これは我々への苦言ですね(笑)。あくまで純粋な未来志向,まっすぐなチャレンジャーと見てほしいみたいです。実際はツルハシかついでゴールドラッシュなわけですが。
いや,狙うポジション的にはツルハシ売りのほうでしょうが。
前野氏:
実際,ゴールドラッシュでしょうからね(笑)。
アプリストアも外部決済も自分たちで作れるところはそう多くはないでしょうし,営利企業として,新たなプラットフォーマーの立場を狙うのは当然だと思います。まさに,スマホ新法が目指した競争がすでに生じているともいえます。
4Gamer:
個人的に,アプリストアは「オンラインコミュニティありきの遊び場」の路線は活路がありそうに思えます。まあ,巨大すぎる挑戦コストは想像もできないので,夢の大きさ次第でしょうが。
外部決済は他社向けのソリューション提供以外にも,超大手ゲーム会社なら「自社外部決済システム」でも用意して,価格はお得に,かつ自社アプリのブランド力を高める課金方法(石を買ったらグッズやライブ抽選券も付いてくる,など)を構築するのではと妄想しています。
前野氏:
そういう動きもありそうですね。その結果,ユーザー数や手数料の変動が起きて,健全な市場競争が生まれるわけです。結局のところ,健全じゃないと困るのはユーザーですからね。
けれども,仮にですが,どこかの外部決済システムが一強になったら,そのとき彼らは「手数料を上げる」可能性が高いです。
4Gamer:
あー,PayPayやUber Eatsで見た流れ……。
前野氏:
(笑)。
ただ,健全な競争が起きていれば,ほかの事業者がより競争力のある手数料やサービスで対抗しますので,完全な一強にはならないはずです。
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4Gamer:
では話の流れを戻して。
このほかの規制についても軽く教えてください。
前野氏:
続けて大きなものだと,指定事業者に「アプリ事業者に対する不公平な取扱い」を禁ずる条文ですね。
これはゲームに限りませんが,各アプリストアではたまに「審査内容は分からないが,アプリ提供がNGになった」「アプリが急にBANされた」というニュースが聞こえてきたかと思います。
今後はこうした事態に対して,「それは不公正な取扱いだ」と反論する武器が生まれます。もちろん,反論にはポリシーを遵守していることが求められますが,重要な規定になるのは間違いないです。
4Gamer:
肝いりのゲームが審査をとおらず,泣く泣くプロジェクト凍結なんて話も,過去にわずかながら聞こえてきましたからねえ。
前野氏:
審査に限らず,なにか不当な扱いをされた場合には,まず,この規定での反論や公取への情報提供を検討するとよいと思います。
次に,「OSにより制御される機能への他の事業者のアクセスの制限」は,OSの制御機能を,どの事業者に対してもちゃんと開放しようというものです。これはゲーム開発者の方々が,OS機能を生かしたアプリをより作りやすくなることにつながります。スマホと周辺機器を連携するとき,OS機能を利用しやすくなるなどの影響があるかもしれません。
4Gamer:
クリエイターにも影響があった。
前野氏:
このほか「指定事業者以外のブラウザエンジンの利用禁止」は,ゲームとは直接関係がないのですが,AppleやGoogleが自社以外のブラウザエンジンの採用を妨げることを禁止するものです。
「検索における自社のサービスの優先表示」は,検索エンジンの利用時に,自社サービスの優先表示を禁じるものです。
4Gamer:
スマホとPCで,検索結果が露骨に変わったならおもしろい。
前野氏:
また,概要資料では省略されていますが,アプリ内でソーシャルログイン機能を使用する場合,AppleやGoogleが提供する方法の利用強制が禁止されます。
簡単にいえば,iOSアプリにおいて,ソーシャルログイン機能を導入していても「Sign in with Apple」を選択肢に表示しないことが可能ということですね。これは,ゲーム事業者にも影響があるでしょう。
4Gamer:
まさに,知っておくと活用法がありそうなやつです。
前野氏:
それと「指定事業者のサービスのデフォルト設定」ですね。
これはOSの初期起動時などに,デフォルト設定を一般利用者にも簡易な操作で変更できるようにさせることと,ブラウザや検索アプリを自社サービスで固定せず,ほかの同種サービスの選択肢を示す,選択画面を表示しなければならないという内容です。
例えば,今は,iOSならブラウザはSafari,AndroidならGoogle Chromeで初期設定されますが,それをほかのサービスに変える選択肢を示さねばなりません。これもゲームとは直接関係ないとは思いますが。
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4Gamer:
しかしながら,個人的には一番引っかかっている部分でして。
まず「簡易な操作にしろ」はこれ,お上の所感ですよね?
前野氏:
そこは一応,公取が具体的な指針を出しています。一例としては「操作画面を一箇所に集約して容易に発見できるようにする」「デフォルト設定を変更できる旨のテキストを表示させる」などです。
ですので,指針に従った作りならば問題ないかと思います。
4Gamer:
サービス解約時にひたすらたらい回しにさせるのやめろ,みたいな?
前野氏:
すこし似ていますね。設定画面を何度もいじらないと出てこないような階層にあるものに,より簡単にアクセスさせろという話ですので。
4Gamer:
ただ,この項目はスマホ新法において唯一,レイアウト以上のクリエイティビティに口出しできる権利なのかなと考えています。
ですから,私もユーザーとしてはなんら不満がない一方,この一文は指定事業者のクリエイターを最もイラッとさせるのかなって。
前野氏:
ありえますね。まさにAppleやGoogleの担当者が「これのどこが簡易じゃないのか!」などと主張することはあるかもしれません。
ただですね。一般論として,そもそも「一部寡占企業が自社を有利にするためのデザインをクリエイティビティといっていいのか?」という問題があります。例えば,いま話題のAmazonのダークパターン(有料会員の自動登録・解約の困難さを誘発する構造)など,ああした複雑で消費者を混乱させるものまで,クリエイティビティの名で受容させる社会でいいのかということです。
これらを,それこそゲームの創作などと同じクリエイティビティの一語とまとめていいのかとは思いますね。スマホ新法と直接関係するものではないですが。
4Gamer:
あー,言われると確かに。いいように使われるマジックワードを一方的に主張させなくさせるためには,大切な観点ですね。
残りの疑問は,ブラウザと検索エンジンの選択肢の義務付けですけど,これ選択される側の事業者が挙手して入れてもらうとか,指定事業者側が勝手に決めるとか,そのあたりはどうなっているんですかね。
前野氏:
そこは,客観的かつ合理的な選定基準で複数のソフトウェアを表示することになっていますね。
4Gamer:
ない話としつつ,「iOSはSafari/Chromeで,AndroidはChrome/Safariで選ばせて義務付け完了」は法の抜け穴にはならず?
前野氏:
論点は,自分たちのもので独占するような表示をやめろということですから,客観的かつ合理的な選定基準でSafari/Chromeを選択できるとするのであれば,問題はないでしょう。
ただ,おっしゃったとおり,わざわざそうするメリットはないと思います。一番の競合に誘導するのはむしろマイナスにもなり得ますし,抜け穴にはならないですね。
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4Gamer:
ですよねえ。実際に選択肢となると,公私ともにいまだにメインブラウザなSleipnirやFirefoxあたりを期待したいところ。
前野氏:
選択肢については,ブラウザより検索エンジンの方が難しいかもしれませんね。スマホだろうと検索エンジンはGoogleの一強ですので。
4Gamer:
日本で考えると,Yahoo!検索か,Microsoft Bingあたり?
ここは正直いくら選べようが「スマホは別検索エンジン,PCはGoogle」といった使い分けをしたい人がいるとも思えないので,スマホ新法でも独占比率は揺るがない気がしてきたりも。
あとの,データ類などの取り扱いに関してはいかがですか。
前野氏:
データ類の義務についてはこまごまとありますが,中心的なものは「指定事業者による不当なデータの使用」の条文です。
AppleやGoogleは現状,人気アプリの利用状況や売り上げなどのデータを,プラットフォーマーの立場上,すべて得ることができます。しかし,それらは本来,アプリ事業者以外は知ることのできない内部情報でもあります。その情報を参考にすれば,彼らはただでさえ豊富な体力で,各種アプリの課題を解消した競合サービスを作れてしまいます。
そこで,そうした動きを禁ずるべく,取得したデータの使用に制限を加えています。また,取得条件も開示することが義務付けられました。
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4Gamer:
そう聞くと,これまでの実態も気になってしまう。
なんて疑いはさておき,12月の施行日,ないしそれ以降に,指定事業者や特定ソフトウェアの範囲が拡大する可能性はあるのでしょうか。
前野氏:
当面は大きな変更があるとは思えませんが,対象や範囲の拡大は情勢次第では十分にあります。逆に減ることはないでしょうね。
4Gamer:
規制に反したときは,指定事業者に排除措置や課徴金納付が下されるとのことですが,これらの措置も十分に機能するのでしょうか?
前野氏:
排除措置命令や課徴金納付命令は,公正取引委員会の調査のうえで行われます。つまり,機能するかは,公取がどの程度,機動的かつ柔軟に動くかにかかっています。
この点については,公取は,スマホ新法の説明会や東京ゲームショウの講演等で,関係者からの情報提供を呼びかけており,関係者の声を聴いて,積極的に動く姿勢を見せています。実際のところは施行後にならないと分かりませんが,私個人の印象としては,公取は,スマホ新法に関して,今後も積極的に動くのではないかと感じています。
AppleやGoogleの振る舞いで困ることがあれば,公取のスマホ新法の相談窓口から情報提供や相談を行うことも検討したほうがよいでしょう。
4Gamer:
指定事業者側は今後,なんらかの折り合いを見つけてスマホ新法に準じるものかと思いますが,もしも仮に,ないであろう未来としつつも,断固として従わない判断があったとき,「App StoreもGoogle Playもなくなった日本」になるんですかね? SNS系では各国でここ数年,規制されて使用できなくなったなんて話をよく聞きますが。
前野氏:
まあ,まずないでしょうね。例えばAppleでいえば,iPhoneのシェアが非常に高い日本の市場価値は分かっているでしょうから。
それに,スマホ新法の規制レベルで撤退するとなると,両社はEUからもアメリカからも撤退を余儀なくされるはずです。ですから,日本からの撤退は今のところは考えづらいでしょう。
なにより,スマホ新法は指定事業者を排除するための法律ではありません。あくまで過度な寡占を是正し,さらなる健全な市場を目指しましょうという法律です。公取もそのためにAppleやGoogleとも対話を重ねていますから,いずれ適切なルールが設定されることになるはずです。
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4Gamer:
なるほど。それでは本日はありがとうございました。スマホ新法のあれこれがなんとなく分かった気がします。
最後に,弁護士としてのアドバイスがありましたら,ぜひとも。
前野氏:
現時点では最初に申し上げたように,多くの方々は「そもそもスマホ新法を知らない」状況にあるかと思います。
これからセミナーなどの情報交換の場も増えるでしょうが,まずは皆さん,「この法律が自分たちの手助け・武器になるものだ」ということを把握しておいてください。そして,できれば,内容をしっかりと把握して,どのような手札が増えたのか知っておくと,よりよいと思います。
公正取引委員会のホームページでも積極的に情報公開されていますし,事業者であれば付き合いのある弁護士に話を聞くなどして,今後のスマホゲーム市場に向けた戦略を練ってみてください。
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新作ゲームが出たぞ! さあやるぞ! となって起動後に最初に目にする“利用規約”。垂涎の新体験を前に,流れ作業でガンガン同意してきたアレには,なにが書かれているのか。ゲーム好き弁護士の前野孝太朗氏に教えてもらった。
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