インタビュー
稲船敬二氏は,何を思い,何を考え,何を目指してカプコンを辞めていくのか。渦中の氏に直撃インタビュー
海外デベロッパとの付き合いは,とことん話し合うことと,マメに連絡すること
4Gamer:
外部開発会社の優位性は理解できましたが,なぜ意図的に海外なんですか? コスト以外の理由もありそうですが。
稲船氏:
優秀だからです。
4Gamer:
技術力がですか?
そう。あとなんていうかパッションみたいなものもはるかに上ですね。その理由のほうが大きいかもしれません。さっきもIPOの話とか出ましたが,海外のデベロッパは,日本より遙かに細分化されていて,下のほうなんか,言葉が悪いですがほとんど奴隷ですよ。いつレイオフされてもおかしくないという雇用状況で,とにかく言われたことをキチンとこなして,頭角を現せるように努力して,上のほうに這い上がっていく。
4Gamer:
日本に根深く残る終身雇用制度と違って,自分達の成功や失敗が「直接」自分達に返ってきますからね。そりゃモチベーションも違うというものです。
稲船氏:
そうですよ。やる気が全然違う。対して日本の開発者は,上から下までほとんど同じ感覚です。もちろん奴隷のようなものもありませんけどね。逆に,ヒット作を作ったからといって,大して自分には返ってきません。
4Gamer:
インセンティブはよくて数百万円くらいと聞いたことがあります。でもそれは,会社側としてもそれ以上は出せないでしょう。良いか悪いかは別議論として,手厚い雇用制度とのトレードオフだと思うんです。
稲船氏:
そうですね。インセンティブなんて,せいぜい数十万円。ディレクタークラスでも200万円とかじゃないですかね。もちろんそれだってないよりは全然よいとは思いますが,そんな制度の中でやるのと,本当に一発当てたら億の金が入ってくる状況でやるのと,そういう感覚の違いはもうどうしようもないですね。
4Gamer:
お金だけの問題じゃないですが,「上に這い上がって成功する」ということに対する感覚が全然違うのはよく感じますね。
稲船氏:
そう。最下層のレイヤーの人達は,本当に一生懸命仕事をして,みんな這い上がってこようとするわけです。海外のデベロッパは,ディレクタークラスになるとみんな個室がもらえたりするんですが,もう羨望の的ですよね。「おれもあの部屋に入りたい」って。そういうハングリーな精神がいい方向に向いていることが多いので,僕は海外のデベロッパが大好きなんです。
4Gamer:
では海外デベロッパを使うときのデメリットはなんでしょう?
稲船氏:
まず,放っておくとダメになることですかね。技術力はあっても,それを生かすアイデアとかコンセプトに欠けることが多いんです。だからこそ,僕と相性がぴったりなんですけど(笑)。仕事をするときは,一流の開発会社である必要は全然ありません。いいポテンシャルを持った元気でやる気のあるメンバーとやりたいですね。
4Gamer:
よく聞かれる,スケジュール管理やクオリティコントロールに関してはどうでしょう。いままでいろんな人から話を聞く限り,海外デベロッパを使って大失敗するときの大半の要因はその二つにあると思ってます。
「こういうゲームだぞ。頼むぞ」ってオーダーして,プロトなりが出来上がってから見ると,それがあまりに違うもので,とはいえもう納期も迫ってて決算も近いし,どうにもならないからそのまま進めちゃう,みたいな。
稲船氏:
確かによく聞きますね。でもそれは,海外に限らず,国内の,しかもパブリッシャ内部の開発者でも同じことですよ(笑)。
それを避ける方法は一つしかなくて,何が面白いのかを「どこまでもとことん話し合う」ことです。こっちはここが面白いと思ってる,けど向こうはそれを知らないから違うところが面白いと思ってる。そういうことが頻繁に起こってるから,最終的に形に仕上がったときに大変な事態になっちゃうんですよ。一致するまで話し合うべきです。どこまでも。あとそれを管理するために,マメに連絡すること。
4Gamer:
もっともシンプルで,かつもっとも難しい部分ですね。
稲船氏:
確かに難しいです。でもだからこそメリットがあるわけですよね。人が出来ること,人と同じことやってたって仕方ないじゃないですか。
日本語がしゃべれる100人の内部開発者で,ふんだんな予算とふんだんの時間を使って作品を作っていいって言われたら,どんな人にだってそこそこのものは作れます。当たり前のことです。そうじゃないことをやるから意味があるわけですよね。
4Gamer:
その状況でグローバルを目指す必要性というものを,いま一度改めて教えてください。
マーケットがそれを求めているからです。日本のゲームシェアは10%しかないんです。数字が明確に物語っています。さっきから話に出るような大量のお金を投下する作り方をする限り――そしてそれは一朝一夕では覆せないでしょう――もはや海外で稼ぐしか,回収の手法はないんです。
なのに日本のゲームは,海外ランキングベスト50の中に,任天堂以外ほとんど入っていません。それがとても悔しいんです。だから絶対にグローバルで日本のゲームを認めさせたいと思ってますし,それが自分の使命でもあると思っています。
4Gamer:
グローバルで売れる作品ばかりを目指していて,稲船は日本を捨てたんだ,という解釈をされがちですよね。
稲船氏:
逆ですよね(笑)。僕が日本人である限り,僕が作るゲームはすべて日本のゲームです。そしてそれがグローバルで売れたとき,それは日本のゲーム業界を救うことになるんです。日本で売れたら日本の味方だ,アメリカで売れたらアメリカの味方だ,と。そういう話じゃないでしょう。デッドライジングは,カナダで作った日本のゲームなんです。洋ゲーじゃないんです。
4Gamer:
それを言い出したら,みんなが好きなiPhoneは中国製だったりするんですけどね。
稲船氏:
なぜかゲームではそれが理解されませんね。
独立後は,ゲームに限らずいろんなクリエイティブな活動をしたい――しかもすぐに
4Gamer:
しかし,そういう海外開発会社との協業というのは,カプコンでは実質稲船さんだけが進めていた案件なわけですよね。
稲船氏:
そうです。
4Gamer:
ではその「稲船メソッド」とも言うべきノウハウが存分に生かされた形で,辞めたあとに独立してゲーム業界に貢献する感じでしょうか。
稲船氏:
はい。辞めるに至るまでに,ここまでに話してきたようないろいろなことがあったわけですが,それにあえて追加するならば,最近カプコンでゲームを作ってて「なんのためにゲームを作ってるんだろう」と考えて一瞬むなしくなることがあったんです。
4Gamer:
本当にやりたいことではないからですか?
稲船氏:
うーん……そういうシンプルな言葉で言われてしまうとちょっと違う気もするんですが,同じかもしれません。今期の数字や来期の数字という,マネージャクラスであれば絶対にチェックせざるを得ない部分に左右されがちだったからです。個人的にはこういうゲームを作りたいわけじゃないんだけど,作らないと今期の数字をとうてい達成できそうにないからやるか,とかそういう部分がゼロではないですから。
4Gamer:
でもそれは,独立したってついて回る問題ですよね。
それはまったくそのとおりですが,少なくとも「やれること」は増えるわけです。何倍にもなります。それだけも僕にとっては十分プラスです。
端的な例で言うなら,1000人以上の社員の給料が自分の肩にかかってこないわけで,これは僕にとってとてつもないメリットです。繰り返しになりますが,カプコンはゲームを作って売るというビジネスが9割以上を占める会社であり,その会社の開発のトップをやるというのは,正直なところ相当なプレッシャーであったことは否定できません。常に数字に追われ,足りなければあらゆる手を打ち,どうやって数字を作っていくか……自分のやりたいことはガマンしてやっていたわけです。
でも今後はそうじゃありません。そういう部分を考えると,とても夢が広がります。カプコンという会社にいる限り,ゲーム以外のものは作れませんでしたが,そういう枠からも外れますし。
4Gamer:
ではせっかくですし,独立後の話も聞かせてください。
稲船氏:
それこそいろんなことをやりたいですね。僕は一つのタイトルだけに執着して生きてるわけじゃないですし,何かのIPに頼らないと生きていけないとは思っていません。ゲームはもちろんですけど,映画もやりたいし,小説もやりたいですね。
4Gamer:
クリエイティブな活動全般を進めていく感じなんですか?
稲船氏:
そう。「クリエイティブなこと」がしたいんです。その表現方法がゲームに限らなくてもいいんじゃないかと思っているだけで。
4Gamer:
若干の充電期間を経てから動き出す感じでしょうか。
稲船氏:
いやもう,すぐにでも動きたいですね。僕は止まっていると死んじゃうんで。
4Gamer:
マグロみたいですね。
稲船氏:
そう(笑)。できる限りすぐ動きたいです。もちろんゲームは作りたいし。
4Gamer:
ソーシャル周りにもなんとなく手を付け始めていて,さすがですよね。
稲船氏:
そうですね,ああいうものも含めて,いまは流れがすごく速いので。
4Gamer:
カプコンではああいうものは?
稲船氏:
ソーシャルゲームとかモバイルゲームとか,そういったものに対して……なんていうのかな,もちろん理解はしていますが,本当に分かっているわけじゃないと思うんですよね。
4Gamer:
分かるような,分からないような。
稲船氏:
じゃあ分かりやすいところでタバコを例にしましょう。
タバコは体に悪いということを理解していない人は,おそらくいないと思うんですよ。吸ってる人も,きっと全員理解してる。でもそれは「分かってる」ことじゃないですよね。タバコを吸ってる人が,「タバコは体に悪いって俺知ってるぜ」って言いながらやめないのは,本当に「分かって」ないからです。分かっている人はそんなことはしないんです。
ソーシャルゲームに対することも,それと同じようなものです。「ソーシャルゲームってこれから重要だよね。ネットワークゲームって大事だよね。海外進出って大事だよね」って言ってるだけなんです。知識としては知っているしもちろん理解はしてるけど,本当の意味で分かってないんです。
4Gamer:
きっとそれはカプコンだけに限った話じゃないですね。
稲船氏:
そうかもしれませんね。分かっているなら,じゃあなんで海外展開を本気で見据えないの,とか,なんでソーシャルゲームを本腰入れてやらないの,とかそういう話になるわけです。まぁ聞いたときの返答というのも大体同じで,「だってほかのことが忙しい」「そうはいっても今の仕事が」ですね。
タバコだって一緒ですよね。やめないんじゃなくて,やめられないという自分の弱さに理由をつけて「やめない」に変えてるだけです。出来ない,分からないという弱さを,体よく変えているだけなんです。
4Gamer:
その考え方は,もしかして稲船さんは全部にわたって実践されてるんでしょうか。
稲船氏:
というと?
4Gamer:
映画とか。
稲船氏:
あぁ,そうですね。僕はずっと映画がやりたかったんですけど,それをみんなと話すと「映画なんかやってどうすんの」「俺もやりたいけど忙しくてねー」とかよく言われるわけです。
いや僕だって忙しいけどやりました。何が違うかというと,批判を気にするかどうか,だと思うんです。批判は批判でキチンと受け取るべきですが,必要以上に気にしたらダメです。ゲームでなぜみんな同じタイトルばかり作り続けていくかというと,同じタイトルだと批判されないからです。たぶん僕も,ロックマンだけ作っていれば,社内とかでもそれほど批判されなかったと思いますよ。
それが新しいゲームになると,コケるかもしれない,評価されないかもしれないっていう不安があるわけじゃないですか。ゲームでさえそうですから,映画なんかの新しいジャンルならますますそうですよね。
4Gamer:
恐れすぎている,と?
そう。恐れすぎなんです。もちろん無謀じゃだめですし,やりすぎもだめです。でも恐れすぎはもっとダメです。いつも言ってる日本のゲーム業界がダメだっていう話も,みんな本当は分かってて言わないんですよ。恐れているんですよね。業界の人と話すとみんな言いますもん。「いやぁ,稲船さんの言うとおりですよ」「いやホント全然だめですね。東京ゲームショウのゲームは死んでいます」 ……確かに公の場で言うのは僕だけですけど。
4Gamer:
でもみんな分かっているなら,わざわざ言って嫌われ役を買って出なくてもよかったのでは。
稲船氏:
言わないと,自覚しないじゃないですか。
たとえば,友達がすごい嫌味なことばっかり言う奴だったとしてね「お前ちょっと嫌味すぎない?」「お前トゲありすぎだよ喋り方に」「もうちょっと,言い方変えたほうがいいと思うよ,初対面の人には」とか言ってあげないとダメだと思うんです。
え? まじ? 俺そんなトゲあった? うん,それがお前の悪いクセなんだよ。って言ってあげるのと,「言って嫌われるのも面倒だし言わなくていいや」って言わないのと,どっちが正しいのか,という話です。
4Gamer:
少なくとも稲船さんは,言ってあげるべきだと思っているわけですね。
稲船氏:
僕は黙っていられない人なので。悪いところは悪いんです。多くの人が気付いてませんけど,「日本のゲーム業界はダメだ」「日本のゲームはダメだ」ってもちろん自分のことも入ってるわけです。だから,自分は良くなりたいと思ってるし,勝ちたいと思ってる。僕は勝っているけどみんなダメだなぁ,なんておこがましいことを言うつもりはないです。
僕なりに頑張ってるつもりではありますけど,まだまだなんです。だからこそもっと勉強しなくちゃいけないんです。
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