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[インタビュー]ゲームを通じて「困っちゃったな」を共有したい――シナリオライター・下倉バイオ氏が語る,創作の原動力と批評の必要性
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印刷2025/09/16 12:00

インタビュー

[インタビュー]ゲームを通じて「困っちゃったな」を共有したい――シナリオライター・下倉バイオ氏が語る,創作の原動力と批評の必要性

画像ギャラリー No.013のサムネイル画像 / [インタビュー]ゲームを通じて「困っちゃったな」を共有したい――シナリオライター・下倉バイオ氏が語る,創作の原動力と批評の必要性
 ニトロプラス所属のシナリオライター・下倉バイオ氏。美少女ゲームにおける代表作として挙げられる「スマガ」「君と彼女と彼女の恋。」「みにくいモジカの子」などのように,その一癖あるノベルゲームは多くのファンを魅了し続けている。

 ほかにも「STEINS;GATE」の構成補佐,「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」および「魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra」内「魔法少女まどか☆マギカ scene0」のシナリオ,近年ではTVアニメの脚本にも関わるなど,業界でも独特の存在感を示す第一線のシナリオライターだ。

 そんな下倉氏がノベルゲームのシナリオ作りについて過去作を題材に方法論をまとめた新書「「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたか」が,星海社新書より2025年9月18日に刊行される。

 どのような意識で創作に向き合い,どこからインスピレーションを受けているのだろうか? 
 発売に先行して話を聞いてきたので,下倉バイオ作品のファンはもちろん,シナリオライティングに関心を持つ読者諸氏にもぜひ一読していただきたい。

:下倉バイオ氏
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「ニトロプラス」公式サイト内の書籍情報ページ

星海社公式サイト内の書籍情報ページ



“ストーリー重視のゲームが苦手”な,異色のノベルゲームライター


4Gamer:
 このたび刊行される「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたかの企画は,いつごろ始動したのでしょう?

下倉氏:
 メールを遡ると,2024年6月に企画についてのやりとりが始まっていますね。 

4Gamer:
 すでに我々は初稿を拝読させていただいているわけですが,企画から1年弱でほぼ完成しているというのはかなりスピーディなのでは?

下倉氏:
 執筆作業は3週間くらいだったと思います。

4Gamer:
 想像より遥かに速いですね……!

下倉氏:
 2023年の「マチ★アソビ vol.27」のイベントで話したことが下敷きにある本なので,構成の完成形が最初からほとんど頭にあったのと,普段からX(旧Twitter)で書いていることが頭の整理に役立った面もあったと思います(笑)。

4Gamer:
 ゲームシナリオの執筆もお速いのでしょうか?

下倉氏:
 たぶん速いほうだとは思います。プロットがきちんと立ってしまえば,書き直しはほとんどなく,ペースを守って仕上げていくタイプですね。

4Gamer:
 「『選択肢』の選択史」では,それぞれのゲームに込めたテーマや批評性などについて解説されていますが,執筆にあまり迷いがないのは,やはりひとつの“核”が決まっているからなのでしょうか?

下倉氏:
 ストーリーのなかで新しい問題が生じても,「テーマがこれだから,ここで描くべきなのはこういうことだな」みたいなところはサクッと見えてくるほうだと思います。理屈っぽいタイプだとは自分でも思っています(苦笑)。

4Gamer:
 なるほど(笑)。最初にお聞きしてみたかったのが,もともとライトノベル作家を目指していたという下倉さんが,「ノベルゲームの物語構造」に着目することになった理由です。なにか,この世界に入るきっかけになったノベルゲームがあったんでしょうか?

下倉氏:
 それなんですけど……僕はそんなにノベルゲームをガッツリ遊んできたタイプではないんですよ。話題作にはイチ早く触れておく,みたいな感じでもないですし。実はゲーム全般,ストーリーが少ないもののほうが好きで,ローグライク系のゲームや,「シヴィライゼーション」のようなシミュレーションゲーム,あと「マインクラフト」とか,そういうゲームばかりやっています。

4Gamer:
 メカニクスによって没入させてくれるゲームのほうがお好きなんですね。

下倉氏:
 逆にFPS系のゲームでストーリーに力を入れたものなんかもありますけど,“アクションパートをクリアしないとストーリーが進まない”といった作りには没入できないんです。そういった違和感が大なり小なりあって,正直に言えばストーリーがあるゲームは少し苦手です。

 自分でノベルゲームを作るまでは,「なんでセーブしたところからロードさせられて,ここからやり直さなきゃいけないんだ?」みたいなところからいちいち引っ掛かっていたんです(笑)。それが自分で作るようになって初めて,たとえば「CROSS†CHANNEL」などの作品においてシステムとストーリーの連関に納得する,というような経験をしまして。そういうまわり道をして,ようやくノベルゲームのストーリーの面白さに気付いていきました。

4Gamer:
 そうだったんですね。ちなみに,人生単位で振り返ってみて,とくに印象深かったゲームは何かありますか?

画像ギャラリー No.002のサムネイル画像 / [インタビュー]ゲームを通じて「困っちゃったな」を共有したい――シナリオライター・下倉バイオ氏が語る,創作の原動力と批評の必要性
画像は「タクティクスオウガ リボーン」
下倉氏:
 「タクティクスオウガ」の……ストーリー以外の部分がすごく好きです。みんな「ストーリーがいい」と言っているゲームだと思うんですけど(笑),自分はそちらにはあまり関心がなくて,ひたすら戦闘パートをやり続けていたいんです。

 あとは「不思議のダンジョン 風来のシレン外伝 女剣士アスカ見参!」がめちゃくちゃ好きですね。それから「FTL: Faster Than Light」! 「FTL」はヒマさえあればひたすらプレイしています。


4Gamer:
 面白いですね。ストーリー系FPSや「タクティクスオウガ」の例,それからノベルゲームのセーブ&ロードの話など踏まえると,ゲームの“ストーリーが都度途切れる”性質への抵抗感が大きいのでしょうか? 

下倉氏:
 そうかもしれません。僕は映画も好きなんですけど,ストーリーを伝えるのに有効な媒体だと考えているのが大きいと思います。時間あたりのお金の掛け方もノベルゲームとはぜんぜん違ってくるので,「羨ましいな」と思うことも多いです。ゲームはプレイヤーが体験に没入できることがメリットだというのも分かるんですけど,だからこそ“作り手が用意したストーリーを押し付けられたくはない”という気持ちもありますね。

4Gamer:
 偶発的な出来事も含めて,ゲームプレイそのものがプレイヤーひとりひとりにとっての物語になるローグライクがお好きというのも,それを踏まえると納得感が強いです。

下倉氏:
 「マインクラフト」も,知らない島を訪れて,知らない風景を見るのが個人的にはいちばん面白いんですよね。あんまり同じモノの見方をする人は多くないかもしれませんが。

露悪や逆張りではなく,ただ「ユーザーと顔を見合わせる」みたいなことがしたい


4Gamer:
 映画がお好きとのことですが,最近とくに良かった映画はありますか?

下倉氏:
 最近めちゃくちゃ良かったのはNetflixで配信されている,新しいほうの「新幹線大爆破」です。新幹線の内側と外側で起きるドラマを並行して走らせるとか,そのなかでタイムサスペンスがあるとか,SNSやインターネットによって現代ならではのドラマが組み込まれているとか,エンタメとしてよくできている部分はいろいろあるんですけど……。

 旧「新幹線大爆破」って,学生運動で上手くいかなかった人や,沖縄からの出稼ぎの人,潰れた町工場の元社長などの,いわゆる当時における社会的に虐げられた人たちが,新幹線に爆弾を仕掛けて金銭を要求する,といったストーリーだったんです。Netflixの「新幹線大爆破」は,そういった“社会に対する異議申し立てとして事件が起きた”という精神性を,上手く現代向けにアップデートして作られた脚本が素晴らしかったですね。

 オタク人気の高い映像作品をたくさん作られてきた樋口真嗣さんが監督ですけど,オタク向け作品への批評にもなっていて,興味深く鑑賞しました。

4Gamer:
 いま“批評”という言葉が出ましたが,この言葉は今回のインタビューのテーマになるのかなと思いました。というのも,「『選択肢』の選択史」を読んでいると,下倉さんが手掛けるノベルゲームは,その多くが既存作品が当たり前に採用している構造に対する批評的な視点が,クリエイティブの大きな部分を占めているように感じたんです。

下倉氏:
 ニトロプラスでゲームを作っていると「露悪的なことしやがって」みたいに捉えられがちなんですけど(苦笑),斜に構えてシナリオを書いているとか,「否定してやろう」みたいな気持ちとかはまったくないんですよね。ただ,僕の場合は創作物を楽しむときに,「その表現が内包してしまう原罪」みたいなものに興味が向いてしまうんです。

 あらゆる物語って,多かれ少なかれ対象を記号化するわけじゃないですか。たとえば「このキャラはガリ勉くんです」と描いたら,「じゃあこの子は勉強しかしてないからコミュニケーションは苦手で,運動神経も悪くて……」などの固定観念を,多くの人は持つと思うんです。

 そのイメージを操ってキャラクターを動かすのですが,イメージの範疇に留まった描写しかできなければ,ひとりの人間としての深みが出ませんよね。「ガリ勉ではあるんだけどこういう一面もあって……」みたいな,記号に収まらない人物像を引き出すことが“物語”には必要だと思うんですけど,でもイメージの取っ掛かりとしては記号化が必須になるという,大きな矛盾を孕んでいます。そこがもどかしくもあり,突き詰めて考えるのが好きなところでもあります。

4Gamer:
 批評ってただ「面白かった」ではなく,良し悪しも含めて作品を多角的に楽しめる行為でもあると思うので,「表現の原罪」や「矛盾のもどかしさ」を突き詰めることには魅力がありますね。下倉さんの場合,それが創作意欲にもつながっているのかもしれないと感じました。

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下倉氏のルート分岐への批評性は,シナリオ1作目「月光のカルネヴァーレ」からすでに取り入れられている ©2007 NITRO ORIGIN
下倉氏:
 そうかもしれません。美少女ゲームの構造にも似たようなことが言えます。「ひとりの女性と恋愛して,その人を大切な存在に想う」物語を描いていながら,「たくさんのルート分岐があって,複数人のヒロインに対してとっかえひっかえ恋愛するんでしょ?」とも言えてしまうのは,矛盾みたいなものですよね。

 普段はそんなことを気にせず「楽しいなー」と感じているけど,でもその性質を気にしてみたら,それはそれでまた別の面白さが引っ張り出せるんじゃないかな? みたいな意識が,僕のモノづくりにはありますね。


4Gamer:
 トゥルーエンドという概念に対しても拒否感があったとのことですが,それも「ヒロインごとのルートに優劣をつけちゃだめだ」という話ではなく,「それを採用するとこういうバイアスが生じるよね」と指摘する形にするのは,さらによいものが生まれるために必要なプロセスなのだと感じます。

下倉氏:
 自分からすると「困っちゃったなぁ」って感じなんですよね。「このお話はトゥルーエンドで選択に優劣をつけるべきじゃないよね」「でも,いざお話を描いてみると,トゥルーエンドみたいな綺麗な決着が欲しくなるよね」。それって,困っちゃいますよねぇ。

 いちプレイヤーとして楽しんではいるんですよ。でも,「よく考えたらそれってマズくない!?」みたいな,そういう違和感への「共感」を得たくてゲームを作っているところがあります。だから「お前らは無自覚なまま,こんなに酷いことをしてきたんだ!」みたいに,プレイヤーを断罪したくて逆張りしているわけでは決してないんですよ(笑)。

4Gamer:
 「困ってる」って,なんだかいい表現ですね。

下倉氏:
 いやぁ,困ってるんですよね(苦笑)。でも「困るのって楽しい」んですよ。「困ったねぇ……」ってユーザーといっしょになって顔を見合わせる,みたいなことがしたいのかもしれません。

ルール作りの理想は「カイジ」の“限定ジャンケン”


4Gamer:
 「フッフッフ,苦しんでください……」みたいなサディスティックな意識もあってプレイヤーにストーリーを突き付けたいクリエイターさんもいるんじゃないかと思うんですけど,下倉さんの「“困っちゃう”という気持ちを共有したい」というのは聞いたことがない気がします。

下倉氏:
 コミュニケーションって,同じ目的がないと成立しないじゃないですか。このインタビューも,「記事を実のあるものにしたい」という目的がお互いに共通しているからコミュニケーションを取っているわけで,たとえば「相手を論破してやろう」だとか「相手の意見を否定してやろう」と思ったら,いくらでも詭弁は使えるわけですよね(笑)。

 そうじゃなくて,「こういう設定でお話を作ってみたんだけど,これだとこのキャラクターはこういう行動をせざるを得ないと思うんだよね。どう思う?」という感じで考えています。物語にはコミュニケーションと同じく,そういう“合意形成”の側面があると思うんです。

 「どうだろう?」に対して「いや,それはないと思う」みたいなフィードバックになっちゃうと,お話として失敗ですからね。「ここまで作り手を信じて,いっしょにお話を追ってきたのに,こんなのヒドイや」って読むのをやめちゃったりするわけじゃないですか。

4Gamer:
 なるほど,同意が取れているからこそ,提案と承諾,もしくは批判や,それに対する応答があって……というのは,TRPGの遊び方にも通じるかもしれないですね。

下倉氏:
 TRPGも誰かひとりが「とんでもないことをしてぶっ壊してやろう」と思ったら,いくらでもやれちゃいますからね(笑)。

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“ループもの”と向き合い生まれた「スマガ」 ©2008 NITRO ORIGIN
4Gamer:
 「このルールで進めましょう」と提示したものに対して,すべての参加者,あるいはノベルゲームなら作り手とユーザーの双方の同意がないとうまく作品が成り立たないですね。

下倉氏:
 ループものも増えましたけど,「どういうルールでループが起きているのか?」が明示されないまま,作り手側の都合だけで引き起こされているように見えるものもけっこうあると思うんですよね。


4Gamer:
 ループが起こるルールが説明されているかとか,状況から類推できるかとか,もしランダムということならあまりに作り手の都合で作為的に使われていないか,といった視点で見ると,「これじゃあフェアじゃないよね」という批判はあり得そうです。

下倉氏:
 はい,そういうふうに思っちゃうんですよね。創作のためのルール作りとして僕がいちばん好きなのは,「賭博黙示録カイジ」“限定ジャンケン”なんですよ。カードが配られて,ジャンケンで勝敗が決まる。ただそれだけのルールなのに,そこから何巻も続いていくなかで,最初に提示されたルールにちゃんと則って,フェアなまま引き込まれるストーリーが構成されている。ルールとストーリーの関係性としては,あれが自分のなかでは理想ですね。そういうものを作っていきたいと思っています。
 

コンセプチュアルな部分を突き詰めた「ととの。」,尖ったことができた「モジカ」


4Gamer:
 いま話してくださったことや「『選択肢』の選択史」での言及を踏まえると,「君と彼女と彼女の恋。」(以下,「ととの。」)は下倉さんの問題意識をその時点で一度突き詰めきった作品だったと言えそうな気がするのですが,いかがでしょう?

下倉氏:
 う〜ん,そうですね(笑)。どの作品がより芯を食っているとか,どの作品がより自分の作家性を表現できている,みたいな意識はまったくないんですけど……。「ととの。」は初めて自分がディレクションまで手掛けたので,コンセプチュアルな部分を突き詰めたという意味ではやりきった感がある作品ではありました。

4Gamer:
 一見して記号的に感じられるふたりのヒロインの行動に固有の魅力があって,先程の問題意識にかなり通じる点がある作品だと感じます。

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メタ要素を取り入れた「君と彼女と彼女の恋。」は,初心者にもおすすめ ©2013 NITRO ORIGIN
下倉氏:
 「美少女ゲームがフォーマットとして持っている困難を突き詰めて考えていくと,こんな話になっちゃったなぁ,どう思います?」というのをいちばんわかりやすくユーザーさんに投げかけているのは「ととの。」かなぁと,確かに思います。「最後はこうならないと,話の筋が通らないと思うんですけど,どうですかねぇ?」っていう。決して「苦しめてやろう!」と思ったわけではなくて,結果的にそうなっちゃうしかないよねぇ,という結末なんです。

 メタ的な要素を取り入れたゲーム自体は世の中に名作も含めてたくさんありますけど,“ビックリさせること自体が目的”みたいに思えちゃうものもけっこうあって,そういう意識でやっているわけではないんだよ,というのは伝わるといいなぁと思いながら作っていました。


4Gamer:
 これから下倉さんの作品をプレイしたい人に最初に勧めるとしたら,「ととの。」とはまた別の作品になるのでしょうか?

下倉氏:
 でも「ととの。」は比較的今でも入手しやすいですし,あとストーリーのボリュームも少なめではあるので。あまり長いゲームに慣れていない人にも勧めやすいとは思いますけど……いや〜,でもいきなりプレイするのに向いたゲームかなぁ?

4Gamer:
 ご自身としてもちょっと迷うところではありますか(笑)。

下倉氏:
 まぁでも,「美少女ゲームのフォーマットってこういうものだ」というなんとなくのイメージが皆さん頭の中にあるとは思うので,そのイメージを踏襲しつつ,いい意味で裏切られる体験にはなっているんじゃないかと思います。18歳以上の方はぜひ!

4Gamer:
 では逆に,「最初に触れるのはハードルが高いかもしれないけど,最終的にはこれも楽しんでもらえたらうれしいな」みたいな,言うなれば“下倉バイオ上級編”的な作品はありますか?

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ノベルゲームならではの演出,そして“アダルトシーン”に注力した「みにくいモジカの子」 ©2018 NITRO ORIGIN
下倉氏:
 アダルトゲームとしての最新作である「みにくいモジカの子」は,自分にとってすごく面白いことができたと感じている一作です。詳しくはネタバレになってしまうので伏せますが,ループやメタ構造を使わずにノベルゲームならではの仕掛けが取り入れられました。ストーリー的にも,演出としても尖ったことができたので,ぜひプレイしてほしいですね。

 少し説明すると,主人公は他人の心が読める男で,彼に対して「心の声で嘘をつけるヒロイン」が登場するんですよね。小説って基本的には「地の文は嘘をつかない」前提で書かれるじゃないですか。心の声を表す文章(心文字)で嘘がつける能力を登場させることで,本来はアダルトゲームのテキストであってもなかなか描けないことを表現できたんです。


4Gamer:
 やはり,「ルールをプレイヤーに開示することで,トリックとしてフェアなものにする」点は徹底されているんですね。

いい加減ヒロインの頭をポンポンするのはやめたほうがいい


4Gamer:
 ループものやメタ構造を取り入れた作品はかなり増えましたけど,こういった状況についてはどのように感じますか?

画像ギャラリー No.005のサムネイル画像 / [インタビュー]ゲームを通じて「困っちゃったな」を共有したい――シナリオライター・下倉バイオ氏が語る,創作の原動力と批評の必要性
「STEINS;GATE」のことも「『選択肢』の選択史」には記されている(画像は「STEINS;GATE ELITE」)
下倉氏:
 ループものやメタ構造モノは……もういいんじゃないですかね(笑)。とか言いながら,僕も「こういうネタがあるんだけど」って「魔法少女まどか☆マギカ scene0」を書かせてもらったりしているわけですけど。

 ひとつのジャンルが多くの人に浸透して共通認識になる状況には,裾野が広がったぶんだけ良い作品も出てきやすくなるだろうな,とは思っています。


 「STEINS;GATE」(以下,「シュタゲ」)だって私個人としては「ループもののゲームはかなり広まってるから,一度エンタメに振り切ったものを作ろうぜ」「ループゲーにおけるバック・トゥ・ザ・フューチャーみたいなものを作ろうぜ」みたいな動機で作りましたし,そういう意味では,世間に普及した概念を使ってまた新しい作品が作られること自体は,すごくいいんじゃないでしょうか。

 「失敗して,それをやり直す」という力学の作用が物語においてものすごく強力なのは,よく分かります。だからこそ,そこにループものならループものならではの“新しいなにか”がないと,自分がやる意味はあまり見出せないかなとも思っているんですけどね。

4Gamer:
 それはたとえば,「シュタゲ」に感動して「こういうストーリーを自分も作りたい」と思ったクリエイター志望の人がいたとしたら,作品への批判を踏まえて新しい作品づくりをしてみてほしい,というようなことでしょうか?

下倉氏:
 そうかもしれないですね……はい。自分の場合,「ここはこうしたほうがいいんじゃないかな」といったことを常に考えながらモノを見て,そういった意識をモノづくりに反映してきたので……。だから,あんまりよくできたお話を見ちゃうとイヤになりますよね(苦笑)。

4Gamer:
 あぁ(笑)。

下倉氏:
 「もう俺が作る意味ないじゃん!」みたいな気持ちになる。

4Gamer:
 最近そのように感じた作品はありますか?

下倉氏:
 「こっちはもうこれがあればいいや」と思ったのは「たべっ子どうぶつ THE MOVIE」です。「子ども向けのウェルメイドなエンターテイメントはこれでOK!」みたいな(笑)。悪役キャラの見せ場が始まったときに,後ろの席に座っていた女の子が「え〜ん!」と泣き出して,「これは勝てないなぁ」と思いました。

 でも傑作って,隙のない作品だけを意味するわけじゃないですよね。時代の空気を反映して,今作られる意味があるものなんだけど,その意味を消化し切れていない作品もあると思っているんです。

 そういう作品に対しては「すごく面白い!」という気持ちと同時に,自分なりの“投げ返し”みたいな作品を作りたいと感じますね。その意味では,ここ数年の作品だと「ピースメイカー」と,それからピクサーの「私ときどきレッサーパンダ」も本当に良かったです。

4Gamer:
 「ピースメイカー」は,ジェームズ・ガンが手掛けた映画「ザ・スーサイド・スクワッド」のスピンオフドラマですね。

下倉氏:
 はい。「ピースメイカー」は,男性が自分の弱さと向き合うという重いテーマを,上手くエンタメとして描いていますよね。「ザ・ボーイズ」とか,アメコミでも近年よく描かれるようになったテーマだと思うのですが。そういうものを日本のエンタメの文脈でできないかな? というのはけっこう考えたりします。

4Gamer:
 面白そうですね。美少女ゲームのフォーマットで今“男性による自己批判”みたいなものを描いたら,どんなものができあがるのか気になります。やはり男性キャラクターを描くときの意識も,下倉さんのなかで変化しているのでしょうか?

下倉氏:
 さすがに最近は少なくなってきましたけど,いい加減ヒロインの頭をポンポンするのはやめたほうがいいですよね(笑)。「それでよろこぶか……う〜ん」みたいな。関係性もちゃんと踏まえて考えないとなぁと。

 作品には無意識レベルで作り手たちの倫理観が反映されてしまうので,どうしても難しい面はありますよね。でも,いろいろな人の意見を聞いて調整して,気を付けて作っていきたいなぁと考えています。

4Gamer:
 既存作品への批判精神を作品づくりの原動力にしつつ,ご自身の制作中の作品にも批判を向けるという意識は,以前に比べて高まっているのでしょうか?

下倉氏:
 それはあるかもしれません。今回の新書の元になった「マチ★アソビ vol.27」でのトークイベントでも振り返ったエピソードなのですが,最初に「月光のカルネヴァーレ」を作り終えたときは,マスターアップを終えて「ヤッター!」と舞い上がりながら,みんなで始発の電車を待っている間に,次作となる「スマガ」の企画書を書いたんです。まぁ,あれは徹夜明けでテンションが上がり切っていただけだと思いますけど(笑)。

ノベルゲームとTVアニメの脚本制作の違い


4Gamer:
 下倉さんはノベルゲームの経験を経てアニメの脚本も手掛けていますが,このキャリアを踏んだからこその発見などはありましたか?

下倉氏:
 もちろんチームで動いてゲームシナリオを書いてきた経験はとても役立ったのですが,アニメは現場によって作り方がぜんぜん違うんですよね。

4Gamer:
 それは下倉さんがシリーズ構成として関わった「東京24区」「Buddy Daddies」を比較して,ということですか?



下倉氏:
 その2作もそうですし,いま作っているものもそうだし,ポシャったものもあるし(笑)。誰がイニシアチブを持っていて,誰の意見が重要で,どこまで自分が方向性を決めちゃっていいのか,本当に現場によってぜんぜん違うので,「ここでの自分のミッションはなんなんだろう?」と毎回イチから考えて,距離感をはかりながら作っていました。

 あとは,アニメは公共の電波に乗るものだという点は,作品づくりをするうえで大きかったです。コンプライアンス意識という意味でもそうなんですけど,そもそも観ているのがどんな人なのかが分からないんですよね。だからそれに合わせた作りをきちんと意識しなければならない。

 たとえば「機神飛翔デモンベイン」「CHAOS;HEAD」などの作品は,PCにR-18のレーティングしかなかったなか,自分たちの責任で「15歳以上推奨」という前提で表現をコントロールしました。PCゲームだからこそできたことだとは思うんですが,アニメの場合はたくさん出資者がいて,公共の電波で放送するものです。そう考えると,より普遍的なストーリーや題材にするべきなんだなと強く感じました。

4Gamer:
 それは「窮屈に感じる」とかではなく,「普遍的だからこそやれることがある」という感覚ですか?

下倉氏:
 そうですね。監督や演出家さんのほうでは気を配っているかもしれませんが,自分の段階では「テレビだからやれることが狭まる」と感じたことはないです。なので,監督・演出家さんに対して「見せ方については,そちらの方針に合わせた調整をしていただいて大丈夫です」といった意識で作ってはいます。さまざまな感覚の人が協力し合って作るものですしね。

4Gamer:
 今回の新書にも,制作に関わるそれぞれの分野の専門家の意見をとても尊重しておられることが伝わる記述がありました。

下倉氏:
 はい,だからこそお話のコアの部分はしっかり自分が握っておきたい。そのためにも題材の普遍性はブレないように自分の中に基準を設けておこう,と意識するようになりました。

ノベルゲームの未来に向けて


4Gamer:
 18禁コンテンツ全体がクレジットカードの問題などで伏せ字が増えていったり,18禁とまではいかなくても色っぽいゲームの配信が事務所単位でNGになったり,エロを取り巻く状況が年々厳しくなっている現状もあると思いますが,そのあたりはどのように感じますか?

下倉氏:
 ニトロオリジンでも最近,アダルトゲームってなかなか出せていないんですよね。主にアダルトゲームを出すブランド名に“オリジン”と付いているように,ニトロプラスはアダルトゲーム開発から生まれたんだというアイデンティティが強くある会社です。個人的にも,時代に合った形でアダルトゲームを作る機会は設けていきたいなと思っていますね。

 ただ,「Rusty Rabbit」「Dolls Nest」などの作品はニトロプラスのブランド名でSteamへの展開が始まっているので,ノベルゲームについても模索していく余地がありそうです。まあどうなるにせよ,ゲームでもアニメでも,文化に関わらず自分がおもしろいと感じることを,忖度し過ぎずに作る,でいいのかなと思っています。




4Gamer:
 今日はお話をじっくりうかがってみて,下倉さんの創作意欲がどこからやってくるのか,深く知れたように思います。今後の下倉さんの作家性は,どのように変化していくのでしょうか。

下倉氏:
 そうですね。「こういうことを思いついちゃったけど,世の中にはまだないから,俺が作らなきゃダメだよなぁ」とか,「この作品,ここはすごくいいんだけど,ここが物足りなくて,こうしたら面白くなるのになぁ」とか。そういう部分が見えると,それがモノづくりのモチベーションになるというのは今後も絶対に変わらないような気はしています。ただ,世の中の流れを見据えつつ作品を作る,という姿勢は意識していきたいですね。

4Gamer:
 これから作ってみたい作品の構想はありますか?

下倉氏:
 ローグライクのようなノベルゲームですね。完全にローグライクとは言わないまでも,プレイするたびに,プレイヤーごとにまったく違った経験ができるノベルゲームは,なんとかして作りたいです。過去作でも挑戦し続けてきたことではあるんですけどね。今はそれに近いコンセプトで,新しい企画に取り掛かっている最中です!

4Gamer:
 では,ここまで読んでくれた方には,「『選択肢』の選択史」のほうも読んでいただいて,これから世に出る新作がどんなものになるか,ぜひ想像してみてください――みたいな感じで締めとしましょうか?

下倉氏:
 いやぁ,誰も想像できないようなものが作りたいですねぇ(笑)。

4Gamer:
 必ず想像を裏切る?

下倉氏:
 もちろん……いや,どうなんだろうなぁ(苦笑)。でも,そうですね。そういうものができるように頑張ります。

 今回の新書を読んでくれた方には,僕がこの本を書いたのと同じように,「自分はどういう気持ちで,どんなモチベーションで,どういう発見があってゲームを作ろうと思うのか?」を書き記してみてほしいです。

 僕はそれがわからないままノベルゲームを作りはじめました。実際に作っていくなかで作品の構造的な課題や,それに対する応答が分かってきたんですね。皆さんも,まだ文章にはしていなくても,「ここにこういう問題意識があるから,こういうものを作った」あるいは「作りたい」というものを持っていると思うんです。ほかの人のそういう話を聞いてみたいんですよね。

4Gamer:
 確かに,今後もっとゲームシナリオに関するテキストは世に出てきてほしいですね! これからシナリオライターや作家になりたくてこの本を手に取った若い人に,もう一言なにか伝えたいことはありますか?

下倉氏:
 自分が面白いと思ったものを磨くことがすごく大事だと思います。「これが売れてる」とか「こういう状況だから」とかじゃなくて,「こういうことがあったら絶対面白いと思うんだよね」っていう1点があるかないかで,周囲に説明するときの説得力とか,作品が持つ力がぜんぜん違ってくるはずです。

 周りの人はいろいろ言うかもしれませんけど,「でも自分はこれが面白いんだ」と感じるコアのアイデアを掴むことを心掛けてやってもらえたらいい。僕もそういう想いから生まれた作品が見たいです。ぜひ頑張ってください。

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「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたか
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著者:下倉バイオ(ニトロプラス)
版元:星海社
書籍レーベル:星海社新書
発行:2025年9月18日
定価:1850円(税別)
ISBN:9784065399750

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