![]() |
「ザ クルー」の終了から130万筆の署名へと発展した「Stop Killing Games」運動だが,企業の知的財産権を盾に法制化を拒んだ欧州委員会により,門前払いとなった。しかし,その一方で米国カリフォルニア州は強力な返金ペナルティを伴う法案で先陣を切り始めた。一度購入したゲームの所有権は誰にあるのかという,デジタル時代のパラドックスに,新たな地殻変動の波が迫っている。
「Stop Killing Games」に叩き付けられた現実
近年,ゲーム業界において深刻な消費者問題として浮上しているのが,オンライン専用ゲームやライブサービス型ゲームのサービス終了に伴い,購入したはずのソフトが一切プレイ不可能になる「デジタルゴミ化」だ。
2024年にUbisoft Entertainmentが10年近くサービスを続けていたオープンワールド型レーシングゲーム「ザ クルー」のサポートを終了した。これに端を発し,ユーザーの権利を守り,文化遺産としてのゲームを保護すべく世界的な草の根運動を展開しているのが,「Stop Killing Games」(ゲームを殺すのをやめてください)だ。ゲーム保存活動家として知られるロス・スコット(Ross Scott)氏が主導し,100万(最終的には130万)筆の署名を得た経緯は,以前に「第831回:「Stop Killing Games」運動でゲーム産業はどう変わる?」でも紹介したとおりだ。
![]() |
この運動は,パブリッシャがゲームの商業支援を終了する際,完全にプレイ不可能な状態で放置することを禁じ,オフラインで動作するパッチやプライベートサーバを構築するためのエンドユーザー向けツールを開放することを義務付けるよう,各国政府や規制機関に法整備を働きかけるものだ。一定数の署名を集めることでEUの行政機関である欧州委員会に政策検討を義務付けられる「欧州市民イニシアチブ」制度を活用し,130万筆という無視できない規模にまで成長した。2026年4月には欧州議会(European Parliament)の公聴会にスコット氏自身がスピーカーとして招かれ,議員らを前に直接証言するなど,法制化に向けた前進を見せていた。
しかし,この動きに対して去る6月16日,行政機関である欧州委員会(European Commission)が下した公式回答は,コミュニティが期待していたものとは異なる,事実上の「ゼロ回答」という冷淡なものだった。欧州委員会は公式文書において,現段階で「サービス終了後のゲームをプレイ可能な状態に保つことをパブリッシャに法的に義務付ける動議」を提出できないと明言した。
その最大の根拠として挙げられたのが,知的財産権(IP)との衝突である。EUの著作権法において,権利者は自らの創作物に対して排他的な権利を有しており,商業運営を終了したあとも永続的にゲームを動作させる仕組みの提供を義務付けることは,企業の権利を過度に侵害する恐れがある,との見解だ。さらに,現行のEU消費者保護法により,契約締結前に終了条件が明示されていれば,法的な要件はすでに満たされていると結論づけた。
この行政側の消極姿勢に対し,スコット氏は失望を示しつつも,即座に「今回の回答はほぼ私の予想どおりだった」と,YouTubeで公開したプレスカンファレンスで述べた。欧州委員会が自ら新しい規制を作る責任から逃れ,既存の法律や裁判所に問題を丸投げした姿勢を,強く批判した。
しかし同時に,同氏は「まったく落胆する必要はない」と支援者を鼓舞している。委員会が動かないのであれば,それは委員会が法制化の"障害物"であると自ら証明したに過ぎない,という認識だ。
スコット氏らはすでに欧州委員会を経由するルートに見切りをつけ,市民が選ぶ立法府である欧州議会の議員たちと直接連携し,欧州委員会が提案を準備している「デジタル・フェアネス法」(Digital Fairness Act=オンライン上の不公正な商慣行を規制する包括法案)の修正案として,ゲームの破壊を禁止するルールを直接組み込むルートへ舵を切った。行政の壁に阻まれつつも,立法機関を通じて法案を書き換えるという,次なる闘争の第2幕が幕を開けた。
![]() |
「AB 1921」の可決と,ゲーム業界へ及ぼす地殻変動
そんなヨーロッパでの行政的な停滞とは対照的に,大西洋を挟んだ米国カリフォルニア州では,デジタル資産の権利保護を巡る歴史的な動きがあった。2026年5月,カリフォルニア州下院本会議において,州下院議員のクリス・ウォード(Chris Ward)氏が提出した法案「AB 1921」(通称:Protect Our Games Act / ゲーム保護法案)が,賛成43,反対16の賛成多数で可決され,州上院での審議へと駒を進めた。
この法案は,Stop Killing Games運動が目指す「サービス終了後の永続的なプレイ権利の確保」を,世界に先駆けて具体的な法的強制力へと昇華させたものとして,ゲーム業界に大きな衝撃を与えた。すでに上院の各委員会へと正式に付託され,6月22日には最初の聴聞会が予定されるなど,上院での可決・成立に向けた機運が高まっている。
ゲーム保護法案の核心は,有料で販売されるデジタルゲームのオペレーターに対し,オンラインサービスの提供を停止してゲームの通常利用(ordinary use)を不可能にする場合,少なくとも60日前までにユーザーへ通知することを義務付け,さらに「終了後もプレイヤーが独立してゲームを遊び続けられる手段」を提供することを求めている点にある。
具体的には,オフラインで動作するスタンドアロン版へのアップデートや,コミュニティが独自にプライベートサーバを構築・運営できるパッチの配布がこれに該当する。そして,もしパブリッシャがこれらの技術的手段を提供できないなら,ゲームの購入者に対して「元の購入価格と同額の全額返金」をしなければならないという,厳しいペナルティを科す。
![]() |
この法案がこのまま正式に法制化されれば,ゲーム業界のビジネスモデルは根本から変革を迫られる。アメリカの1州にしか強制力のない法案とはいえ,購買力の高い4000万人の人口を抱え,ゲーム企業も多いカリフォルニア州が対象であることの意味は大きい。
法案の適用対象は2027年1月1日以降に発売・再販される有料ゲームであり,基本プレイ無料(F2P)タイトルや月額サブスクリプション型のゲームは除外されているものの,いわゆるフルプライスのAAAタイトルでオンライン要素を前提とした作品は,すべて直撃を受ける。
ここで予想されるのが,法律が発効する前の2026年末にかけての,不採算タイトルの一斉終了という駆け込みの波だ。パブリッシャにとっては,法律が適用される前にサービスを終了してしまえば,将来的なオフライン化パッチの作成コストや返金リスクを回避できるため,黒字化が怪しいライブサービスや古いタイトルのサーバを急遽停止する動きが加速する可能性が高い。
終了とまではいかずとも,ゲーム保護法案の抜け穴,たとえば免責条項を利用して,F2Pやサブスクリプション型のビジネスモデルにシフトする手も残されている。
欧州委員会による法制化の見送りは,ゲームの私的所有権を求める消費者運動に冷水を浴びせた。だが,ロス・スコット氏が議会主導の法改正へ即座に照準を合わせたこと,そして何よりカリフォルニア州でゲーム保護法案が成立に近づいていることは,パブリッシャ主導による安易なサービス終了というビジネス的判断が許されない時代への移行を示している。短期的には不採算タイトルの駆け込み終了を招く懸念があるものの,長期的には「終活」を見据えた開発の義務化という,健全なデジタル文化の保存に向けた地殻変動をもたらすだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
※次回の掲載は2026年7月6日を予定しています





















